木の下で話しましょう

ソトコトとは、木の下で話しましょう、というアフリカ語源の福祉用語です。

おひとり様

2018-04-22 | Weblog

「M様が亡くなりましたので次回のシフトが無くなりました」

「えっ!?いつですか?」

「モニタリングで訪問したら布団の中で亡くなっていて、今、警察と救急車を呼びました」

他者の夕方の介護の移動中の唐突な連絡だった

 

新規の利用者で腰痛のために生活予防型の掃除片付けの独身男性(70歳台前半)である

二年前に腰痛を発症し自身で買い物は出来るが居室が急な上階のため福祉用具を検討していた

初回の訪問介護で二年間の残飯の食器を洗うように指示された(アオカビがびっしりと発生し漬け置きしなければとれず、洗剤でかろうじてとれる分だけ洗った)45分介護なのでそれだけでその日は終了し次回へ繰越した。週2回の予定だったが本人の希望で1回に変更をした。

あまりの汚さに当方がカビ伝染病になりそうなので次回の仕事は断ったら代わる人が見つかればすぐに変えます、と言われ翌週は壁、電気傘に積もった埃を掃除機で吸い込んだ ”掃除機が旧いので売ってる紙パックが無いから、もう、えゝわ”と云うのでその日は終了した

最期に入った日は台所の掃除で白く錆びた水道管を洗剤でこするとぴかぴかになり水道管らしさが戻った。利用者との会話は、話好きであれば出自から今日に至る迄を長々と話したがるが、逆の場合はひとことも交わさずに黙々と仕事に専念する。適度な会話は相互に精神的なゆとりをもたらし近年、コミュニケーション学が出来たほどで体調にも影響を及ぼす

 

彼は、生涯独身で新聞社の営業をしていて現在は公的扶助を受けている、大体の男性独身は世の中と相容れずに生き方が下手というか微妙に正義感が強く頭脳は明晰だが鷹揚ではないので金銭第一主義の結婚は出来ないけれどもマメなので自炊も厭わず性的にも淡泊で女性には無頓着な者が多い。会話は知的だったし本来は綺麗好きだけれども腰痛でこのようになってしまい、道をつければ(この汚さに)あとは自分で出来るからとりあえず申し訳ないけどお願いします、と、頭を下げられた。私は誰が評してもちゃらちゃらと軽い方なので「はいはい」とそれを調子よく受けた

「今から眠剤を多めに服用して寝るわ」

「睡眠薬の量は調剤通りにしないと死んでしまいますよ」

「それでもええねん」

「そうですか、お大事にありがとうございました、帰ります」

「はい、ご苦労さん」

帰り際に交わした挨拶が最後になろうとは思わなかった、前回は、次回は何日やな、と言っていたのが今回は眠剤を多量に服用する、と投げやりだった。彼は厭世的な会話はしなかった、他方、くどくどと”生きていてもなにもええ事がない死にたい”を連呼する高齢者は自分では死ねない

おひとり様の潔癖さ、残さない生に対する大胆さ、は、あらゆる執着心が消え失せた場合、空になる

最初の顔合わせでケアマネが「Mさん、長年たくわえた顎髭も剃り一瞬、誰かと見間違えました」とあいさつをしたときから彼は覚悟をしていたような気がしてならない。