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「ウイスキー飛行」の幸せ 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道⑩ 

2023-06-24 05:17:36 | 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道

【連載】藤原雄介のちょっと寄り道⑩ 

「ウイスキー飛行」の幸せ

ロンドン(イギリス)

 


 昨年9月に小学校5年からの幼馴染みだった妻に先立たれました。現実が受け入れられず、情緒不安定で、ただただ虚ろなまま時に流される日々が続きました。当然このエッセイを書く気力など湧いてくるはずもありません。そんな私を見かねて、このブログの編集人であり、親友でもある山本さんが繰り返し、背中を押してくれました。
「早く立ち直って、エッセイを再開して欲しい。きっと良い気分転換にもなるし、生活のリズムを取り戻すきっかけにもなるはず。雄ちゃんの読者も待ってくれているよ」
 そんなわけで、恐る恐るエッセイを再開しようと思います。復帰第一弾は、1年程前に書いた原稿に少し手を入れた物ですが、アタマが錆び付いているようで、いくら考えても思うような文章が書けません。勘を取り戻すにはしばらく時間がかかりそうです。忍耐強くお付き合いいただければ幸甚です。(藤原雄介)

           *
 2010年から2014年まで、ロンドンに駐在した。物好きにも、私を英国に送り込むことを考え付いた役員H氏から言われた。
「英国に行くからには、是非シングルモルトウイスキーの世界を極めることをお勧めする」
 英国には、学生時代も含め、既に10回以上足を踏み入れていたが、いつも数日の短い滞在で、せいぜいロンドン市内の有名な観光地とパブ巡りをするぐらいが関の山であった。
 だから、本で仕入れた英国ネタを知ったかぶりして人に話すことはあっても、上っ面の知識しかなかった。早速、『ウイスキー大全』という分厚い本を買い込みウイスキーに関する勉強を始めた。
 もともと、酒は大好きである。学生時代には、アーネスト・ヘミングウェイの本に出てくる様々な酒やカクテルを片っ端から試してみた時期もあった。現在のように、ネットでなんでも調べられる時代ではない。
 ヘミングウェイの『海流の中の島々』(新潮文庫上・下)に登場するジン・トニック、ダイキリ、モヒート、トムコリンズ、クバリブレ等のエキゾチックな響きのカクテルに憧れて、どんなカクテルなのか妄想を膨らませていた。例えば、ジン・トニックについては、こんな具合だ。

《トマス・ハドソンはバーに入った。中は涼しくて、珊瑚土のまぶしい照り返しに慣れた目には、真っ暗に見える。ジン・トニックにライムの薄切りを一枚、それにアンゴスツラ・ビターズ(筆者注:現在では、アンゴスチュラ・ビターズと表記することが多い)を数滴落としたのを一杯飲んだ。(中略)
「トム、あんた本当にその酒をうまいとおもっているのかね?」ボビーが聞く。
「そうさ。嫌いなら飲まん」「俺、いつか間違って一本封を切っちまってね。キニーネみたいな味がしたぞ」「事実、キニーネが入っている」「気狂いだね、人ってものは。どんな酒飲んでもかまやしない。払う金はある。楽しみで飲む----なのに、よりによって、上等のジンを、インド風だか何だか、キニーネ入りの訳の分らんものの中に割って台無しにするとはな」「私にはうまいのさ。キニーネの味がレモンと一緒になったところがいい。胃袋の毛穴だかなかんだか知らんが、開いたような気がしてな。ジンを入れる酒の中じゃ、これが一番いけるな。良い気分になれる」

 うー、たまらん! このジン・トニックが飲みたい。

 沼澤洽治氏の訳だが、翻訳文の後半で何故かライムがレモンに変わっているのが気になる。ま、追及するのは止めておこう。

 今から50年も前の話である。当時、このジン・トニックを再現することはできなかった。まず、ライムが手に入らない。キニーネ入りのトニックウォーターなどどこにも売ってはいない。そして、アンゴスチュラ・ビターズに至っては、何それ?といった感じだった。今では、幸せなことに、少々値は張るが英国のFEVER-TREEというキニーネ入りトニックウォーターもライムもアンゴスチュラ・ビターズも簡単に手に入る。

 今も昔も、英国人が愛してやまないのがジン・トニックだ。英国には、様々な種類のジンがあるが、普通のPubで供されるのは、ゴードンズやビーフィーターなどの安いジンで、個性の強いクラフトジンを楽しみたいなら、ちゃんとしたBarに足を運ぶ必要がある。
 エリザベス女王がこよなくジンを愛していたのは有名な話だが、英国王室御用達のジンは、以外に庶民的なゴードンズとタンカレーだそうだ。

 ところで、Whisky Flightsをご存じだろうか。要はウイスキーの飲み比べだ。通常、飲み口がすぼまったチューリップ型のテイスティンググラスで、3~5種類のウイスキーがシングル(1オンス=30ml)より少ない20mlで供される。

 なぜフライトなのかと言えば、小さなトレーに乗せられた数種類のグラスが一度に運ばれてくる様子が、編隊飛行のように見えるからだと言われている。しかし、私には、どう首を傾げても、目を細めてみても編隊飛行を連想することなどできない。
 何種類ものウイスキーを飲めば当然、酔っ払う。酔っ払えば、気持ちよくなる。ウイスキーを飲んで空を飛ぶ心地になる、だから、whisky flights(ウイスキー飛行)なのである、と言うほうが少なくとも私には説得力がある。まぁ、物の由来などと言うものは、だいたいがいい加減だ。

 それはさておき、一番簡単な疑似フライトを楽しんでみては如何。

 世界5大ウイスキーと言われるスコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、そしてジャパニーズの飲み比べなどはどうだろう。それぞれに独特な個性を持った酒なので、比較しやすい。銘柄は問わず、大体同じグレードの各地のウイスキーを一本ずつ手に入れて、それぞれ先ず、ニート(ストレート)で味わってみる。
 次はミネラルウオーターを数的垂らすワンドロップ (one drop)、そしてその次はウイスキーと水が1対1になるように加水する トゥワイスアップ(twice up)。ウイスキーも水も総て常温だ。そして最後は、オンザロックスを試してみる。飲みなれたウイスキーにきっと新しい発見がある。
 何年か前から、サントリーのマーケティング戦略にまんまと乗せられて、日本ではウイスキーというと、ハイボール一辺倒である。私もハイボールは大好きだけれど、たまには、ウイスキーそのものと向き合ってみるのも悪くはない。

 Whisky flightsはクセになるほど、楽しくて、奥が深い。それ故、つい滞空時間が長くなり、私は何度も墜落している。それでもまた、飛びたくなってしまう。困ったものである。

 ところで、英国人は皆ウイスキーに一家言を持ち、美味しいウイスキーを嗜んでいるのでは、と思われる方もいるかも知れない。が、それは妄想という物である。まったくそんなことはない。
 普通の英国人がパブで飲むのは大抵エール (IPA=India Pale Ale) と呼ばれるホップの香りと苦みが効いた、余り炭酸の強くない、ほどほど(7~13℃)に冷やしたビールだ。

 勿論、キリリとよく冷やして(5~9℃)供されるラガーもあるが、英国のパブで飲むのなら、断然地元のIPAを英国人のようにつまみなしで、チビリチビリとけちくさく、時間をかけて楽しむことをお勧めする。

 

英国人は冬でも外で飲むのが好きだが、5月になって気候が良くなると、昼間から外で飲む人が「虫のように湧いてくる」

私がよく通っていた近所のパブ'The Holly Bush‘

▲'The Holly Bush‘の内部


 英国人は、パブでもたまにウイスキーを飲むこともあるが、ジンと同様、カティサーク、ホワイトホース、ティーチャーズ、ジョニーウォーカーの赤のような安いブレンデッドウイスキーばかりだ。だから、シングルモルトウイスキーが飲みたければ、ホテルのバーかウイスキーハウスと呼ばれるウイスキー専門のバーに行かなければならない。
 スコッチウイスキーと言っても、ハイランド、ロウランド、アイラ、スペイサイド、キャンベルタウン、アイランズと6種類に分かれ、更に各地方の蒸留所(Distillery)毎に独特の個性を主張する名酒が犇めき合っている。
 中でも、日本人の評価が最も分かれるのが、アイラ島のシングルモルトであろう。アイラ島の英語表記は、Isle of Islayで、アイルオブアイラと読む。白状すると、私は長い間Islayをイスレイと読んでいた。ああ、恥ずかしい。
 アイラ島 はスコットランドの西海岸の西25kmの海に浮かぶ、厚いピート層に覆われた島である。このエリアのウイスキーはスモーキーで強烈なピート香が特徴だ。ヘビーで独特の癖がある。
 昔の小学校のトイレに、琺瑯の洗面器に入った白濁した液体、強烈な匂いの消毒液があったのを覚えておいでだろうか。正に、あの匂いである。だから、飲む前からウエーっとなる人も多い。
 しかし、慣れてくると日本の優しい味と香りのウイスキーとは似ても似つかぬその凶暴とも言える味わいの虜になってしまう私のような物好きもたまにはいる。失意の夜など、アイラ、例えばアードベッグ(Ardbeg)かタリスカー (Talisker) あたりをストレートで一杯あおると、頭にガツンと一発食らったような感じで、萎えた心に灯がともり、気合が入ること間違いない。

 ちょっとパブのことを書いてみたくなった。パブは英国人の生活に欠かせない社交の場だ。どんな田舎町にでも必ず、1軒はある。古いパブにはドアが2つあって、内部も中産階級用のsaloon barと労働者階級用のpublic bar に仕切られていた。現在、仕切りは取っ払われているが、2つのドアを昔のまま残している店も多い。

 パブで飲む際には、いくつかの決まり事がある。まず、基本的に立ち飲みである。そして、「いらっしゃいませ!」などと言って注文を訊いてくれることはないので、仲間の誰かがみんな飲み物の希望を訊いて、カウンターに行って注文し、勘定も済ませる。
 みんなが最初の1杯を飲み干す頃、別の誰かが、’Another round?’ と言って次の1杯を買いに行く。こうして、大体3ラウンドで、一区切りになるのだが、金曜の夜などは、スイッチが入ってしまい、ついグラスを重ねてしまうこともある。

 夕食は、家で食べることが多いので、基本的にはつまみはなしだ。英国人が大好きなサワークリーム味のポテトチップス(英国ではcrispsと呼ぶ)の小袋一つでもあれば幸せだ。
 その夜、みんなにおごる機会を逸したときは、次の回に繰り越しとなる。友人を失わないためには、次回は自分から最初の1杯をおごること、そして、他の仲間が金を払うとき、飛び抜けて高いウイスキーなどを注文しないことが重要だ。
 週末のパブはとにかく騒々しい。そのやかましさと混沌は、おそらく皆さんの想像の及ぶところではないだろう。大音量の音楽、店全体が満員電車のように混み合った店内で、人々の話し声が共鳴してワーンと響く。会話するには、相手の耳元で叫ばなければならない。

 酔っ払って、そうするのがだんだん面倒くさくなり、その内、何の話をしていたのかどうでも良くなる。更には、呂律の回らない見知らぬ怪しげな輩から話しかけられることもある。何を言っているのか分からないけれど、何故かお互いに大爆笑して盛り上がったりする。こうしてロンドンのパブの素晴らしい夜は、更けてゆく。

 パブに誘うには、’Would you like a pint?’が決まり文句だ。パイントとは、568mlで、少ない量ではないが、肉体労働者の中には、liquid lunch(液体ランチ)と称して、3パイント引っかける輩もいるらしい。私は、やはりsolid lunch(固体のメシ)がいい。

 

 

  

【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
 昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。

 


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