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アルゼンチンに接近する中国―その狙いは南極支配だ 【特別企画】42年前のフォークランド紛争から学ぶ⑤完結編

2024-08-06 14:56:25 | 【特別企画】42年前のフォークランド紛争から学ぶ

【特別企画】42年前のフォークランド紛争から学ぶ⑤完結編

アルゼンチンに接近する中国―その狙いは南極支配だ

 

山本徳造(本ブログ編集人)

 

 

外れたキャプテン・クックの予言

「南極? そこからは何も利益を受けないだろう」
 そう言い切ったのは、ジェームズ・クックである。そんな人物は知らないという人には、別の名前というか、通称を教えよう。その名は「キャプテン・クック」。日本人なら誰でも知っているに違いない。そう、大英帝国が誇る海洋探検家というと、キャプテン・クックしか思い浮かばないくらい有名な人物である。
 1728年生まれのクックは商船の船員だった。それから海軍の水兵となってから、人生が変わる。1756年から1763年までヨーロッパ全土を巻き込む「七年戦争」に従軍したとき、綿密な海図を作成した。これが評価され、小型軍艦の艦長として南太平洋に派遣されることになったのだ。
 クックは三度の大航海でベーリング海峡や南極付近を含め、太平洋の全貌を明らかにし、ついでにオーストラリアを英国の植民地にする。しかし1779年、クックはハワイ島で原住民に刺し殺される。いかにも探検家らしい最期だった。
 
 さて突然、キャプテン・クックと南極の話が出てきたので、戸惑う方も少なくないだろう。それも無理はない。フォークランド(マルビナス)諸島と南極をどう結び付くのか。誰もが思うに違いないからだ。
 私は1982年のフォークランド紛争時、ブエノスアイレスとその周辺に1カ月近く滞在した。主に情報戦の取材だったので、アルゼンチン軍の元情報関係者ら数人に接触し、裏話などを聞き出している。そんな彼らが一様に口にしたのが、南極大陸だった。その中のひとりがアルゼンチン陸軍P退役少佐である。

「今度の戦争は地政学的に説明した方がいいだろう」
 P少佐はオフィスの壁に貼ってある世界地図を指さして説明を始めた。
「ここがマルビナスだ。そのすぐ下に南がある 英国が人を南大西洋に送って、マルビナスを再びアルゼンチンから盗ったのは南極の資源が欲しかったからだ」
 P中佐は続ける。
「アメリカもソ連も南半球を21世紀の戦略目標に置いている。その手始めが、フォークランド中心とする南大西洋の制圧だった。南太平洋を軍事的にコントロールできれば、南半球で戦略的優位に立つことは言うまでもない」
 そんな発言に私は当初、いぶかしがったものである。が、彼の話を聞き、帰国後も南極大陸のことを調べるうちに、フォークランドをめぐる紛争が、「単なる島の争奪戦」でないと思わざるを得なくなった。南極大陸こそ、21世紀の繫栄を約束する大陸なのかもしれないからである。冒頭にキャプテン・クックの予言を紹介したが、見事に外れたようだ。

南極は「資源の宝庫」だった

 南極大陸――。
 そう聞くと、年配の日本人なら、日本の観測基地「昭和基地」、初代南極観測船「宗谷丸」、観測隊員たちが残してきた南極犬の「タロ」「ジロ」を思い起こすことだろう。そうそう、映画『南極物語』では、タロ、ジロと観測隊員たちの感動溢れる再会が描かれていた。
 しかし、そんな情緒的でノスタルジックなイメージをぶち壊す話をしよう。ほぼ全域が氷で覆われた南極は、地球上の他の大陸とはまったく異なる環境が広がっている。なにしろ、驚くような「資源の宝庫」なのだ。
 金、銀、銅をはじめ、プラチナ、クローム、マンガン、コバルト、モリブデン、そしてウラン。それだけではない。石油天然ガスも豊富に埋蔵されているという。また石油はアラスカ油田をしのぐ埋蔵量だとも言われている。いずれも重要な戦略物資であるのは言うまでもない。

 戦略・外交音痴のアメリカだが、こと南極大陸に関しては違った。珍しいことに、アメリカは第二次大戦直後から南極大陸に埋蔵される資源の争奪戦が起こることを想定していたのだろう。
 アメリカの予想は当たった。第2次大戦後、南極での領有を主張する国々の競争が激化する。すでに米ソの冷戦は始まっていた。南極がソ連に支配されるのを恐れたアメリカは1948年、南極を国連統治下に置くことをアメリカは提案する。
 ところが、各国の同意は得られなかった。それから11年後の1959年、南極地域の領有権の凍結とその平和利用、そして科学的調査のための枠組みを定めた南極条約が締結される。参加国はというと、アメリカをはじめ、アルゼンチン、イギリス、オーストラリア、チリ、日本、ニュージーランド、ノルウェー、フランス、ベルギー、南アフリカ、ソ連(今のロシア)の12カ国だった。うち7カ国は南極の領有権を主張していた国々である。
 つまり、同条約は領有権を巡る争いを停止することも目的としていたので、条約の有効期間中に行われた行為や活動について、締約国がそれまで主張していた領土主権を支持あるいは否認するものではないと定められた。
 この南極条約は1961年に発効し、現在は57カ国(2024年6月現在)が参加している。同条約は南極大陸を「平和目的のみ」に使用することを義務付けており、新たな領有権主張は認められていない。早い話が、一切の軍事行動が禁じられたのである。
 そのため、南極大陸で行われた科学的調査は他のすべての国々と共有されることになっているのだ。しかし、それはあくまでも表向きの話である。
「一体、南極は誰のものなのか?」
 その疑問に答えられる国は、今のところいない。だから、こんなことも言える。
「最初に奪った国のものなのだ!」
 いささか乱暴な表現かもしれないが、弱肉強食が顕著な世界の現実をまざまざと突きつけられると、けっして見当はずれな言葉ではないだろう。その南極大陸には今、70カ所以上の観測基地が置かれている。

フォークランド紛争の影に見え隠れする南極争奪戦

 フォークランド紛争が起きた当時、世界は、アメリカとソ連(今のロシア)という二大国が対峙する米ソ冷戦下だった。アルゼンチン軍の情報関係者たちが注目していたのが、フォークランド諸島と南ジョージア島に関する米ソの動きである。
「アメリカは海軍補給基地とエリント(電子偵察)基地を設けたがっていた。一方、ソ連は核ミサイル原潜が寄港できる基地を設置する計画だ」(西側の軍事筋)とみていたからだ。
 米ソ両国とも南極の資源を争奪するために、フォークランド諸島と南ジョージア島に橋頭堡を築こうとしていた。しかし、反共国家のアルゼンチンはソ連を相手にしなかったので、なすすべもなかったと言えよう。それどころか、ソ連は1991年に崩壊し、パックス=ルッソ・アメリカーナ(米ソによる平和)の時代が終わりを告げた。
 こうしてソ連抜きのパックス=アメリカーナ(アメリカによる平和)の体制になったと誰もが思ったに違いない。ところが、この世界秩序は短期間で終わってしまう。いつのまにか中国が世界の檜舞台に躍り出たのである。

 ロシアがウクライナで手を焼いているのとは裏腹に、中国は地球規模で勢力圏の拡大に積極的だ。驚異的な経済成長に伴うかのように、軍事力も強化し続ける中国だが、あと数年でアメリカを凌駕するのではないかと予測されている。

 中国が支配下に置こうとしているのは、なにも東シナ海、南シナ海だけではない。ジブチには巨大な基地を建設し、借金漬けにしたスリランカからは海軍基地を手に入れ、インド洋を睥睨しようとしている。
 世界のあらゆる海洋に進出し始めた中国は、何を目指しているのか。かつての米ソがそうであったように、南大西洋をも視野に入れ始めた。南大西洋に軍事補給基地を持ち、南アメリカ東岸とアフリカ大陸西岸の国々に睨みをきかせ、その軍事プレゼンスを誇示するだろう。
 南半球を軍事的にコントロールすれば、南極も制覇しやすくなる。2004年にはアルゼンチンのブエノスアイレスに南極条約事務局(ATS)が設置された。そして今、フォークランド諸島を舞台に再び紛争が起きるかもしれないというキナ臭い話が軍事筋の間で囁かれている。なぜかと言うと、中国とアルゼンチンが急接近しているからだ。一連の動きを追ってみよう。

アルゼンチンに接近する中国

 まず2010年2月、フォークランド諸島沖合で英国が油田開発を行っていることに、アルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル(以降=「クリスティーナ」に統一)大統領が「英国がアルゼンチンの海域で石油の盗掘をしている」と非難した。
 このときアルゼンチンを支持したのが中国である。そのお礼なのか、アルゼンチンは南シナ海における領有権について中国を支持すると表明した。クリスティーナのアルゼンチンは2014年、中国と宇宙協力協定を締結した。この協定によって、中国はアルゼンチン国内に建設された天体観測施設だけでなく、周囲の200ヘクタールの土地を50年間も借り切ることになったのだ。
 分かりやすく言うと、敷地内はアルゼンチンの主権が及ばない。つまり、治外法権になっているのである。表面上、天体観測施設は中国衛星発射測控系統部(CLTC)が運営しているが、実質は中国人民解放軍の指揮系統に入っているのは明らかだ。

 クリスティーナは2015年2月、中国を訪問した。中国から056型コルベットを導入し、「マルビナス級」と命名している。それだけではない。FC-1戦闘機やVN-1歩兵戦闘車などを購入する契約にも調印しているのだ。
 この年、パタゴニアのネウケン州に建設された人工衛星追跡基地が中国人民解放軍の管轄に置かれていることが判明する。同基地の目的は何なのか。
 アルゼンチン軍が再びフォークランド諸島を占領する際、中国が衛星情報を提供するのが、同基地の目的であったと推測される。もし中国の積極的な支援で第二次フォークランド紛争が起きた場合、イギリスは手も足も出せないだろう。しかし、政権が代わった。2017年11月、クラウディオ・ボナディオ連邦判事はクリスチーナ前大統領の逮捕を命じる。一体、何の容疑だったのか。
 1994年7月のある事件に遡ろう。ブエノスアイレスにあるユダヤ人共済協会の建物が何者かによって爆破され、85名が死亡した。この事件に関与した疑いのあるイラン人テロリストをクリスティーナが免責して事実を隠蔽しようとしたというのだ。
 事件を担当したアルベルト・ニスマン検事が、イラン政府とレバノンのヒズボラが関与していたことを突き止める。そして2006年10月、首謀者としてイランの元大臣2名、政府顧問1名、ブエノスアイレスのイラン大使館参与らにも逮捕命令を出す。インタポールもこの事件に関心を持ち、関係者の逮捕に動く。
 時が流れた。2013年、爆破事件の解決に向け、イランとアルゼンチンの間で二国間覚書が締結される。しかし、ニスマン検事は二国間協定締結の裏に当時の大統領だったクリスティーナとイランとの間に密約があったことを突き止めた。
 2013年にフェルナンデス大統領はイランと覚書を交わして両国の政治、貿易、地政学の面において相互の関心を発展させることで合意が結ばれた。そこには年間100万ドル相当のイランとの取引が約束されていたのであった。
 当時不況とインフレそして外貨不足に苦しむフェルナンデス大統領にとっては都合の良い覚書である。そしてニスマン検事は命の危険を顧みず、大勝負に打って出た。2015年1月、クリスティーナとその側近らを告発したのである。告発の5日後に議会公聴会が開かれることになっていた。
 その公聴会でニスマン検事はすべてを暴露することになっていたのだが、前日18日に自宅の浴室で遺体となって発見される。拳銃で頭部を撃ち抜かれていた。当初は自殺と思われていたが、検視などの結果、他殺説が固まった。ところが、ニスマン検事の死で真相は闇に葬られたままである。

「中国人」と呼ばれる黒幕の正体は?

 2015年の大統領選挙にクリスティーナは出馬せず、正義党党首のダニエル・シオリを大統領候補に、副大統領候補にはアルベルト・カルロス・ザニーニを立てる。ザニーニという人物に注目してもらいたい。

 

▲当時のオバマ大統領と言葉を交わすクリスティーナ。中央が毛沢東主義者のザニーニ


 1954年8月生まれのザニーニは、アルゼンチンの弁護士兼政治家で、2003年から2015年までネストル・キルチネル大統領とクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領の下で大統領府の法務や技術長官を務めた「影の実力者」である。。
 クリスティーナの亡くなった夫は、2003年5月から2007年12月まで大統領を務めたネストル・カルロス・キルチネルだ。この夫婦の知恵袋というのが、ザニーニだった。ザニーニは政府の要職に就き、キルチネル夫妻の演説原稿すべてに作成したという。
 気になるのは、その思想である。自他共に認める毛沢東主義者であることから「エル・チーノ(中国人)」という愛称で呼ばれていた。正真正銘の真っ赤な人物である。それも中国共産党べったりの。
 しかし、シオリとザニーニのコンビは敗退し、中道右派のマウリシオ・マクリが大統領の座に就いた。こうして12年間続いた反米左翼政権に終止符が打たれたのである。クリスティーナは政治の中心から一時退却せざるを得なかった。それどころか、次々と逆風が襲う。2016年12月に大統領在任中の汚職の罪で、また翌年4月にはマネーロンダリングの罪で訴追された。さらに同年12月にも反逆罪で訴追される始末である。

 マクリ政権はパタゴニアのネウケン州にある人工衛星追跡基地の深宇宙ステーションを民間利用目的に限定することを中国と合意して協定を修正した。またクリスティーナ政権で購入が決まった056型コルベット、FC-1戦闘機、VN-1歩兵戦闘車の導入を白紙に戻すなど、ネストルとクリスティーナ夫婦の親中政策を大きく変更した。
 大統領に就任した翌年11月には、安倍晋三首相がアルゼンチンを公式訪問し、マクリ大統領と首脳会談を行う。日本とアルゼンチンの首脳同士が一対一で会談したのは、なんと57年ぶりであった。そのときの日本の首相というのが、くしくも安倍首相の祖父・岸信介氏である。
 ところで、安倍首相がブエノスアイレスを訪れたのは、このときが初めてではない。その3年前の2013年、東京五輪の開催が決まったIОC(国際オリンピック委員会)総会に出席するため、ブエノスアイレスを訪れているのだ。
 面白いことに、当時大統領だったクリスティーナとは会談をするどころか、顔も合わせなかった。反米親中の左翼政権と距離を置きたいという日本の意思を示したものとして世界の外交関係者から注目されたものである。
「これ以上、アルゼンチンに深入りしないでもらいたい」と北京に釘を刺し、世界に日本の存在感を示したものだった。ことあるたびに北京に忖度する日本の歴代首相には珍しい振舞いである。まさに「外交の安倍」の面目躍如といったところか。

短命に終わった「反中」のマクリ政権

 しかし、マクリの対中強硬路線は長続きしなかった。いくら西側からの投資が急増したと言っても、それまで12年も続いたポピュリスト左翼政権の「負の遺産」はあまりにも大きかった。アルゼンチン経済の苦境は続き、中国の援助を頼るしかなかったようだ。結局、90億ドル(約1兆円)規模の通貨スワップ協定を締結するに至る。


▲片時も離れないクリスティーナとザニーニ(中央、2015年6月)

 

 2019年10月、マクリ政権の任期満了に伴う大統領選が行われ、左派のアルベルト・フェルナンデス元首相が現職を破って勝利した。なんと副大統領にはクリスティーナが就任する。ザニーニは法務長官として政権の中枢に入り込む。クリスティーナが再び不死鳥のように蘇ったのだ。これも筋書き通りだったのか。
 フェルナンデス政権でも副大統領のクリスディーナが政権を支配した。実質的な大統領と言われたほどである。アルゼンチンは再び中国との経済関係をさらに重視するようになった。中国の習近平は、クリスティーナの操り人形とも言うべきフェルナンデス大統領としばしば電話会談を行う。親書も交換した。
 そして2020年春、新型コロナ・ウイルスが世界中を襲う。中国にとっては、アルゼンチンをはじめとする中南米諸国に食い込む絶好のチャンスだったに違いない。中国はアルゼンチンに新型コロナ対策で大型支援を行った。もはや中国の言いなりである。フェルナンデスのアルゼンチンは同年9月、中国人民銀行との間で新たな通貨スワップ協定を結ぶ。
 さらに10月、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加盟する法案がアルゼンチン国会で可決する。12月には、アルゼンチンの鉄道建設・整備プリジェクトに対し中国が総額47億ドルの資金協力を行う協定が結ばれた。
 2021年に入ってから両国の経済関係は一段と加速する。リチウムイオン電池と電気自動車製造にアルゼンチンと中国企業が合意した。その結果、中国企業によるアルゼンチンの鉱山会社買収も相次ぐ。サンタクルス州では中国の協力で水力発電所を建設することも決まった。
 2023年6月、中国はアルゼンチンとの間で結んでいる通貨スワップ枠を従来より2倍も多い700億元(約1兆3800億円)にすることを、北京訪問していたアルゼンチンのマサ経済相との間で合意する。 
 安泰と思われたクリスティーナだが、2022年8月、アルゼンチンの検察は、公共事業に関する汚職の罪で禁錮12年を求刑した。同年9月1日、拳銃の銃口を向けられる暗殺未遂があった。ブエノスアイレスの自宅前で支持者にあいさつをしていたところ、群衆の中から突然、銃口がクリスティーナに向けられた。しかし、不発に終わって犯人は取り押さえられた。どうやら同情を買うためのヤラセだったようだ。

▲顔に銃口が向けられたが…なぜか発砲されなかった

 

  アルゼンチンの裁判所は同月6日、大統領時代の汚職の罪に問われたクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領に対し、6年の禁錮と公職からの追放を言い渡した。とはいっても、副大統領は在任中であることから一時的に免責され、収監されなかった。
 クリスティーナの力が弱くなってきたのか、それともフェルナンデス大統領の経済政策の失敗が国民の不満を呼んだのか、2023年11月に行われた大統領選挙で国民の人気が高い右派が当選した。新しく大統領に座に就いたのは、経済学者のハビエル・ミレイである。

「アルゼンチンのトランプ」と言われたミレイ大統領

▲ミレイがアルゼンチンを変えるのか

 

 ミレイは大統領選挙中、アルゼンチン中央銀行を廃止して、米ドルをアルゼンチンの通貨に制定しようと主張していた。ミレイの言葉を借りるなら、中央銀行は「地球上に存在する最悪のゴミだ」であり、ペソは「排せつ物以下だ」だからである。
 テレビの討論番組でも相手を徹底的に罵倒し、過激な主張を連発した。ミレイは昨年9月、アメリカの保守派ジャーナリスト、タッカー・カールソンとのインタビューで、こう言い切った。
「中国とは取引をしないだけでなく、どの共産主義国とも取引をしない。私は自由、平和、民主主義の保護者だ。共産主義はその中には入らない。中国人はその中に入れない。プーチンもその中に入らない。(ブラジル大統領)ルラもその中に入らない」
 さらにこのインタビューの数日後、ペルー出身でマイアミを拠点に活躍するテレビ司会者、ハイメ・ベイリーとのインタビューにも応じ、ベネズエラ、キューバ、ニカラグア、北朝鮮、イラン、テロリストのハマスやヒズボラなどと一緒に非難している。
 そんなことから、ミレイは「アルゼンチンのトランプ」と呼ばれていた。中国やロシアになびく指導者が多かった中で、新大統領のミレイは特別で、西側から大いに期待されていた。
 焦った習近平は11月21日、アルゼンチンの次期大統領に決まったハビエル・ミレイに電話し、「アルゼンチンとの関係発展を非常に重視している」と述べ、協力拡大に意欲を示した。もちろん、アルゼンチン中国離れを阻止するために、さまざまな工作をしたことだろう。

 さて、ミレイが大統領に就任してから対中関係は変わったのか。答えは{ノー」だ。中国とアルゼンチンの貿易は微塵も変わらなかった。ミレイは言う。中国との貿易は「共産主義者との同盟」ではないとしている。
 さらにミレイは今年4月5日、通貨スワップ協定についても変えるつもりはないと述べた。その8カ月前、ミレイは大統領に就任すれば、中国との関係を抑制すると公約していたはずである。しかし、ミレイの心変わりを責めるのも酷かもしれない。
 2015年から19年まで政権を率いたマクリ大統領も中国との関係を弱めようとしていたが、その試みはことごとく失敗に終わった。無理もないだろう。それもこれも、アルゼンチンはブラジル同様、中南米の他のどの国よりも中国に依存しているからだ。
 いずれにしても、アルゼンチンを覆う中国の影は、われわれの想像以上である。なにしろ貿易やエネルギー、それに金融といった経済のあらゆる分野で中国が大きな地位を占めているのだ。
 中国は、北部のボリビア国境沿いのリチウム鉱山からアルゼンチン南端の港湾建設計画に至る幅広いプロジェクトに関わっている。中国からの投資もバカにならない。電池に使われるリチウムの生産プロジェクトにも投資している。
 またアルゼンチンの輸出先として中国は現在、隣国ブラジルに次いて2位で、アルゼンチンにとっての主要な輸入元でもある。経済の安定化とドル化政策を掲げるミレイ大統領にとっても、中国の支援と通貨スワップは欠かせないようになっていた。

対中強硬から現実路線に変更?

 大統領就任後に対中強硬路線を弱め、現実主義に転換したのは、アルゼンチンだけではなかった。ブラジルもそうである。「ブラジルのトランプ」と呼ばれたボルソナロ前大統領も同じ道を歩んだ。大統領に就任する前は反中国の言動を繰り返し、台湾も訪問していた。ところが、大統領に就任後のボルソナロは、あのファーウェイ(華為技術)がブラジルの5G移動通信ネットワークに参加することを認めたのである。
 中国の関与は、それだけではない。パタゴニア地方に中国が建設した宇宙基地も厄介な問題を孕んでいた。アメリカに対抗するため、中国は中南米やアフリカに宇宙状況監視(SSA)局も設置するのに積極的だ。
 アルゼンチンは2014年、中国と宇宙協力協定を締結する。この協定によって、中国はアルゼンチン国内に建設された天体観測施設だけでなく、周囲の200ヘクタールの土地を50年間も借り切ることになったのだ。
 分かりやすく言うと、敷地内はアルゼンチンの主権が及ばない。つまり、治外法権になっているのである。表面上、天体観測施設は中国衛星発射測控系統部(CLTC)が運営しているが、実質は中国人民解放軍の指揮系統に組み込まれているのだ。

 アルゼンチンでは協定を結んだ後に政権交代が実現したこともあり、この協定を見直そうという動きもあった。しかし、借款など中国からの経済支配を受けていることから、結局、見直しは実現しなかった。
 中国の中南米進出に警戒心を抱くアメリカは、同基地が米国と同盟国への脅威となると懸念を表明したのは当然だろう。アルゼンチン政府も査察に向けた中国との交渉を始めると、ミレイ大統領は明らかにした。
 そしてミレイ大統領は1月にダボスで開催された世界経済フォーラムで、社会主義や中国のような国家偏重を批判し、西側諸国にもたらす危険を指摘している。経済では仕方なく譲歩するが、こと安全保障の面では西側と共同歩調をとる意思を示したのだ。
 アメリカも左翼路線から方向転換したミレイ政権に好意的である。しかもアルゼンチンとの関係を強化することで、中国を牽制できるではないか。2月24日にはアメリカのブリンケン国務長官がブエノスアイレスを訪問した。ミレイ大統領はイスラエルとの関係改善にも積極的だ。同国の大使館をヘルサレムに移す意向も明らかにしている。

 そんなミレイ政権の動きに中国は焦った。攻撃する材料はないかと、重箱の隅をあさるように調べ上げたことだろう。そして、ミレイと台湾とのつながりを見つけ出す。大統領選挙戦中に台湾がミレイ陣営に資金を提供していたということが判明したのだ。さらにミレイ政権が誕生後の1月、ディアナ・モンディーノ外相が台湾の代理人と会談を持ったということも判明する。これが北京の逆鱗に触れた。
 さっそく中国はアルゼンチンとの通貨スワップ取引を清算するだけでなく、これまでアルゼンチンから買っていた大豆とトウモロコシを減らし、ブラジルからの輸入量を増やすことを示唆する。牛肉もオーストリアとウルグアイからの輸入を優先的に行う意向を表明した。
 外貨不足に悩むアルゼンチンにとって、中国がアルゼンチンからの輸入を制限するとなれば、深刻な打撃を被る。なにしろアルゼンチンの貿易相手国はというと、ブラジルと中国で35%を占めているからだ。

 かといって、ミレイ政権が親米・新西側路線を全面的に放棄することはないだろう。自由至上主義者(リバタリアン)を自認するミレイは、長年の左翼政権下ですっかり疲弊したアルゼンチン経済を立て直すには大規模な改革が必要だと主張してきた。
 ミレイが大統領に就任した昨年12月に議会に提出され、半年にわたって議論が重ねられた。
そして6月28日、一連の改革をまとめた法律が成立した。全238条で構成され、大統領への一時的な立法権の付与や大型投資に対する税優遇策などが盛り込まれている。
 ミレイ大統領は7月6日から7日にかけ、ブラジルのサンタカタリーナ州を訪問した。大統領就任してから初めてのブラジル訪問だったが、ブラジルのルラ大統領との首脳会談は行われなかった。
 その代わり、ミレイ大統領は親交の深いボルソナーロ前ブラジル大統領が開催した保守派の政治イベント「保守政治行動会議」に参加して演説、チャベス元ベネズエラ大統領、モラレス元ボリビア大統領など反米左翼を名指し、社会主義が中南米に悪影響を与えていると非難した。これにはルーラ大統領も不愉快だったに違いない。
 ミレイ大統領は7月8日に開催された第64回メルコスール首脳会合を欠席、モンディーノ外相が代理で出席した。同会合後、記者団からミレイ大統領が参加しなかったことを尋ねられたルラ大統領は、もう我慢できずに不満を漏らす。
「アルゼンチンのような重要な国の大統領がメルコスールの会合に参加しないのは大変愚かで、アルゼンチンにとって悲しいことだ」

 ミレイ大統領はブラジルから帰国したばかりの7月9日、トゥクマン州の州都サン・ミゲル・デ・トゥクマンで18の自治市・州の首長たちと「5月協定」に署名した。国家再建に必要な取り組みについての連邦政府と州知事との基本合意がなされたのだ。
 私有財産の不可侵、財政収支均衡の常態化、公共支出を歴史的水準、税負担を軽減、国際貿易への開放など10カ条の項目について法案をまとめ、国会に提出する役割を担わせることも盛り込まれた。
 ミレイ大統領は、政界や経済界、労働組合のリーダーを式典に招待していたが、フェルナンデス前大統領やクリスティーナは欠席している。上下院議員、最高裁判所判事らも欠席が目立った。

 はたしてクリスティーナとザニーニの逆襲はあるのか、それともミレイ政権が長続きするのだろうか。いずれにしても、11月の米大統領選挙の結果次第である。トランプが勝利すれば、ミレイにとっては心強いに違いない。ハリスが勝利? 再び中南米に中国共産党の「進軍ラッパ」が鳴り響くことだろう。

 南米の大国、アルゼンチンを意のままに動かすことが、中国の長期戦略だった。近い将来、第二フォークランド紛争が勃発すれば、中国は間違いなくアルゼンチンを支持するに違いない。支持どころか、軍事的支援も躊躇しないのは明白だ。

 もしフォークランド諸島がアルゼンチンの領土となった場合、中国はアルゼンチンの関係は一層強固なものとなる。さらに他の中南米諸国も赤い色に染まることだろう。アルゼンチンと中国が軍事同盟を結べば、南極に近いアルゼンチンの港を中国海軍が自由に使うこともできるではないか。 

中国が南極に軍事基地を設けた?

▲軍事化が疑われる中国の「秦嶺基地」

 中国の南極観測40周年に当たる今年2月7日、南極ロス海のイネクスプレシブル島に南極観測基地「秦嶺基地」を正式に開設した。すでに中国は南極に中国はキングジョージ島の長城基地、ラーズマンヒルズの中山基地、内陸部には崑崙基地と泰山基地の基地を持つ。秦嶺基地は中国にとって3カ所目の常駐観測基地となった。

 アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)は昨年4月、この秦嶺基地に衛星地上局を備えた観測施設が設置されることを察知、アメリカの同盟国であるオーストラリアとニュージーランドの通信が傍受されるとの懸念を発表している。つまり、アメリカは秦嶺基地を軍事的な色合いの強い基地とみなしているのだ。
 この懸念に対して、中国外務省の汪文斌副報道局長は「基地建設は国際規則にのっとっており、各国研究者との調査協力の場となる」と主張して軍事目的を否定した。しかし、誰もその言葉を信用していない。

 2011年12月31日、オーストラリアの日刊紙「オーストラリアン」が、キャンベラにあるオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の警告ともいうべき見通しを掲載した。中国、インドなどの諸国が、南極大陸に最近開設された研究拠点を利用して、宇宙インフラへの依存を高める軍隊の衛星通信を改善しようとする可能性がある、という記事である。同研究所の研究員は言う。

「こうした動きは南極条約に抵触するが、同条約による検査制度があまり実施されていないため、こうした活動が見落とされる可能性がある。もし南極大陸に設置された拠点が軍事的意味を持つと、平和地帯としての南極が不安定化する可能性がある」

 はたして秦嶺基地はどういう性格を持っているのか。中国共産党は2017年に「一帯一路」政策の一環として北極と南極の開発に積極的に関与する方針を打ち出す。その4年後の2021年3月に発表した最新の5カ年計画には、北極と南極に関する政策が盛り込まれた。中国の将来に、北極も南極も欠かすことのできない存在なのだ。

 さて、参考までに、南極条約の第一条を見てみよう。

1)南極地域は、平和的目的のみに利用する。軍事基地及び防備施設の設置、軍事演習の実施並びにあらゆる型の兵器の実験のような軍事的性質の措置は、特に禁止する。
2)この条約は、科学的研究のため又はその他の平和的目的のために、軍の要員又は備品を使用することを妨げるものではない。

 しかし、中国にとって、南極条約の条文は、単なる紙切れに過ぎないのかもしれない。

 一方、共産主義の兄貴分だったロシアも動きも気になる。ロシアの地質学者が、南極海を構成するウェデル海の英国領南極地域の水域内で大量に埋蔵する石油を発見したことが、英国議会下院環境監査委員会の文書から明らかになったという。これが事実だとすれば、南極をめぐる争いに大きな渦を起こすことになるかもしれない。南極条約そのものが白紙に戻される恐れさえあるのだ。

 国立極地研究所・総合研究大学院大学名誉教授の神沼克伊氏は、東洋経済ONLINE(2020年10月16日)で次のように警告していた。

「イギリスは植民地省が南極を担当していました。21世紀の今日の状況は知りませんが、少なくとも20世紀まではそうでした。南極条約の範囲外ではありますが、フォークランド諸島も植民地として維持されているのです。南極半島の領有権主張も同じです」さらに神沼氏は続ける。

「日本で南極に関する基本政策を考える場として、南極庁などという機関を求めるつもりはありませんが、せめて南極に関する共通認識が得られる常設の会議は『あってもよい』、あるいは『あるべき』と私は考えます。日本としてきちんとした国家的方針がないと、国際的には問題が起きたとき適切な処理や対応ができず大損をする可能性があります。」

 この特別企画「42年前のフォークランド紛争から学ぶ」では、私が現地取材した1982年のフォークランド紛争から紐解き、その後のアルゼンチンと中国の関係、そして中国の南極戦略などに触れてきた。

 南極にかかわる国すべてが参加する南極条約協議国会議(ATCM)が毎年開かれている。2026年の開催地はどこか。日本である。南極の明るい未来のために、今こそ日本のリーダーシップが問われているときはないだろう。いつまでもアメリカの属国でいる時代は過ぎた。世界平和のためにも日本は自立すべきである。立ち上がれ、日本!(完)


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