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行きにくいが見ごたえのある清酒発祥の古刹 ~正暦寺

2017年11月17日 | お寺・神社・特別公開

山あいの小さな境内に紅葉が映える

 

 

正暦寺(しょうりゃくじ)は、奈良の春日山から少し南の山あいにある。山あいとは言え、奈良駅からは車で25分ほどの距離であり、さほど遠くはない。渓流沿いに小さな堂宇が静かにたたずんでいて、川の流れの音や鳥の鳴き声がとても清らかに聞こえる。秋には渓流が見事な彩りを見せ、奈良県内でも有数の紅葉の名所として知られる古刹である。

 

平安時代から江戸時代初期にかけては、現在よりはるかに多い堂宇が渓流沿いに立ち並んでいた。長らく興福寺傘下の有力寺院であったため、平重衡の南都焼討の際には奈良中心部から離れているにもかかわらず襲われており全焼している。往時の伽藍はまもなく復興されたが、江戸時代になって興福寺の関与が薄れ、ほとんどの堂宇を失った。今に残る堂宇は福寿院と本堂の2か所だけだが、長い石垣や白塀の規模から、かなり大きい伽藍が昔はあったことがしのばれる。

 

 

 

長い白塀は紅葉の彩りとよく合う

 

 

正暦寺はまた「清酒発祥の地」としても知られている。平安時代から寺院で作られた酒である「僧坊酒」が高級酒として知られるようになり、中でも奈良の寺院が造る酒は「南都諸白」(なんともろはく)と呼ばれる最高級ブランドであった。正暦寺は奈良の酒を造る寺院の中でも筆頭格で、室町時代に濁り酒ではなく澄んだ「清酒」の製造技術を日本で最初に確立したと考えられている。

 

正暦寺は江戸時代に酒造りは行われなくなった。かわって摂津・伊丹の酒蔵が江戸に販路を拡大し、「下り酒」として広くその名を知られるようになった。豪商として知られる鴻池家は伊丹の酒蔵から繁栄の礎を築いた。実は「清酒発祥の地」の碑は伊丹市内にもある。奈良とどちらが先なのか困惑するが、製造技術の確立は奈良、市場開拓によるブランド化は伊丹、というのが実態のようだ。

 

2か所残った堂宇のうち福寿院の客殿が先に見えてくる。1681(延宝9)年の建築で、江戸期の数寄屋風の佇まいが美しい。庭園からは背後の山の四季折々の彩りが楽しめる。山あいの渓谷にあり、普段は訪れる人も多くない。木々の葉の香りが漂ってくるような静寂がある。ここでしか味わえない。

 

客殿には、光背の孔雀模様が興味深い孔雀明王像や、狩野永納がくねった木にとまる白鳥を描いた戸襖も見応えがある。戸襖は茶色地が浮き出ており、鳥の白さとの対比が美しい。

 

 

【公式サイトの画像】 福寿院客殿

 

 

 

福寿院から上流へ進み石段を上がると本堂がある。元あったほとんどの堂宇が焼失しているため、大きな空間になっている。開放感があり、高台からの渓谷の眺めも見事だ。

 

紅葉シーズン以外は不定期公開となるが、本堂内の重文の本尊・薬師如来はとても興味深いお姿をしている。お顔は表情がないように見えてとても神秘的な典型的な白鳳スタイルで、蓮華の花に腰かけた姿で両膝を立てている「倚像」(いぞう)だ。倚像は2017年に国宝になったばかりの東京・深大寺の釈迦如来像が知られるが、多くはない。座っていることで、いかにも遠い異国からやって来た仏様という雰囲気を醸し出している。公開期間をご確認の上、ぜひお会いになってほしい。

 

 

 

本堂も紅葉が美しい

 

 

正暦寺では平成になって有志で室町時代の清酒の製造法を復活させ、奈良県内の複数の蔵元で造るようになった。「菩提酛」(ぼだいもと)という、正暦寺で造っていた「酒母」(しゅぼ、発酵のたね)の名前を前面に押し出し、新たな奈良産の清酒ブランドにしようと取り組んでいる。濃厚な口あたりで、戦国武将たちが好んだと考えられる酒を現代に味わえる。とても興味深い。

 

 

【公式サイトの画像】 正暦寺の酒母の仕込み「菩提酛清酒祭」

 

 

 

日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。

 

 

江戸初期から続く酒蔵が造った「菩提酛清酒」

 

 

正暦寺

http://shoryakuji.jp/

原則休館日:なし

※仏像や建物は、公開期間が限られている場合があります。

※公共交通機関の運行は、期間が限られている場合があります。

 

 


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