『懶惰の説』谷崎潤一郎著
この作品は、中公文庫や角川文庫の『陰翳礼讃』に収録されていますし、アマゾンキンドルでも読むことができます。
懶惰とは怠けることであり、著者が懶惰について古今東西の事例を引き合いに出しながら話を進めていく随筆です。
ペリー来航のときに、彼らが一番に日本人について感心したのは、他のアジア人とちがってきれい好きのところだったそうです。そんなきれい好きの活動的な日本人でも、年中あくせくと働く人を冷笑する一面があると、著者は言います。
またロシア人の多く泊まっているホテルのトイレは、中国の汽車のトイレと同じく非常に汚いといい、ロシア人が西洋人の中では一番東洋人に近いことはこのことでもよくわかるそうです。
著者は、物ぐささや億劫がるのは東洋人の特色であるとして、東洋的懶惰と名付けています。そしてこれは、東洋の気候風土性質に由来するもので、こういった土台から老荘思想も生まれたのではないかと推察しています。
それに対して西洋人は日常生活においては物ぐさでもなければ億劫がることもないといいます。
プラグマティズムで有名なアメリカの哲学者ジョン・デューイの言葉を引き合いに出して、「怠ける」とか「何もしないでいる」というのは西洋人から見れば悪徳中の悪徳なのだろうと著者は推察します。
そして著者はキリスト教の救世軍に対して敬意こそ抱け、決して悪意は持っていないが、救世軍の活動ぶりを見ると、「われわれは足元から追い立てられるように忙しい気持ちがするばかりで、少しもしんみりした同情心や信仰心が湧いて来ない」といいます。
また著者は当時のハリウッドスターの写真を見て、みんな白いきれいな歯を出して笑顔を作り、そのくせ目は笑っていないと述べ、アメリカ人のきれい好きに言及が及び、きれいな白い歯を見ると、「西洋便所のタイル張りの床を想い出す」そうです。
著者の祖母の時代までは、裕福な家の御隠居さんといわれる女性は、「一日ぺったりと据わったきり座布団の上を動きさえしない」感じだったそうです。
そしてその食事がおかゆ、梅干し、つくだ煮、煮豆などをごくわずかな量しか食べなかったそうです。それでも多くの場合、活動的な男性よりずっと長生きしていたということです。
著者はいいます。「世の中には「怠け者の哲学」があるように、「怠け者の養生法」もあることを忘れてはならない」
私もどちらかというと怠け者の部類に入ると思うので、この作品で大いに勇気づけられました。