『ロシア精神の源 よみがえる「聖なるロシア」』高橋保行著 中公新書
この本は、ロシアの精神文化の源が、どこから来てどう発展していったかを解説しています。
ロシアの精神文化の元になるのは、ビザンチン帝国からもたらされたギリシア正教でした。西暦9世紀のキエフ大公国のウラジミル大公のときでした。
ビザンチン帝国は、ロシアにギリシア正教を普及させるために、あらゆる便宜をはかりました。たとえばロシアが現在も利用しているキリル文字は、ビザンチン帝国のギリシア正教の伝道師キリルが発明したものでした。
ビザンチン帝国千年の歴史の中で、自分たちの精神文化について、大きな2つの区分を行ってきました。それは「外なる智恵」と「内なる智恵」の2つでした。外なる智恵とは、ギリシアの古典に代表される知識をもとにした知性であり、内なる智恵とは、ギリシア正教会の神学や思想でした。そしてビザンチンの文化において「内なる智恵」は「外なる智恵」に優先するという鉄則を持っていたそうです。「知性は高級な技術であり、人間の精神性や文明を高める道具になるものの、精神性に代わるものにはなりえない」そして「研ぎすまされた知性の底知れない力は、人にとって精神性を高める道具とならない限り、まかり間違えば刃物のように、全力をもって人を破壊するものになりうるということである。」と著者は語っています。
ロシアはビザンチン文化のうち「内なる智恵」は導入しましたが、「外なる智恵」を導入しませんでした。その結果、ビザンチン帝国が滅び、ビザンチン文化が消え去っていく中で、西欧社会と出会い、その文化に圧倒されて、西欧に追い付け追い越せというピョートル大帝の近代化につながっていったようです。もしロシアが対等な立場でヨーロッパと接していたら、ピョートル大帝の近代化もロシア革命もなかっただろうと著者は言います。
イヴァン雷帝 アンリ・トロワイヤ著 工藤庸子訳 中央公論社
この著者は、『大帝ピョートル』『エカチェリーナ2世』『アレクサンドル1世』などロシア皇帝の伝記をよく手掛けています。
イヴァン雷帝ことイヴァン4世は、帝政ロシアの基礎を気付いた人物で、また後継者の息子を殴り殺したことでもよく知られています。
この本で一番印象深かったことは、ドモストローイ(家庭訓)という本が紹介されていることです。
ドモストローイは、イヴァン雷帝の初期の補佐役であったロシア正教の司祭シルヴェストルが書いた本です。
当時はもとより、その後も長い間にわたって、日常生活の手引きになったとされるこの本には、料理の作り方や家計管理のやり方、対人関係のマナーや、旅行をするときの注意点など、多岐にわたる内容が網羅されていたようです。
日本語訳の本が出ていないかネットで探しましたが、残念ながら見つかりませんでした。
ロシアの歴史や文化は、アジアともヨーロッパともちがう複雑怪奇な感じがして、それはそれで魅力的ではありますが、イヴァン雷帝の生涯については、何か後味の悪い印象を受けました。