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気まぐれ本読み日記

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メッテルニヒの回顧録

2025-08-05 14:03:18 | ヨーロッパ史
『メッテルニヒの回顧録』
クレメンス・W・L・メッテルニヒ著
安斎和雄監訳 安藤俊次・貴田晃・菅原猛共訳 恒文社

この本は、「会議は踊る」という名言で知られるウィーン会議を主催し、1848年の革命によってその地位を追われるまで、30年以上に渡ってヨーロッパの外交を主導したオーストリアの宰相メッテルニヒ大公の回顧録です。
この本によると、メッテルニヒが最初の妻と結婚した場所がアウステルリッツだったそうです。三帝会戦のちょうど10年前にあたる1795年9月だったそうです。

この本を読んで初めて知りましたが、フランスの第一帝政時代に8月15日は聖ナポレオンの日という祝日だったそうです。もともとこの日は聖母被昇天の日でしたが、ナポレオン1世がローマ教皇ピウス7世にたのんで、自分の守護聖人の聖ナポレオンの日にしてもらったそうです。

この本のなかで、次のような一文がありました。
「私は、あとからくる人びとに、時代の嵐に抵抗する手段を、それも良心的な人間にとって唯一の抵抗手段を指摘するのが、私の権利であり義務であると思うようになった。その手段を私は、《法こそ真の力》という一つの銘にまとめてみた。」
フランス革命とナポレオン戦争という、ほぼ四半世紀にわたる激動の時代を生き抜いた人物の言葉だけに、「法こそ真の力」には深い意味が込められているなと感じました。現代もまた、フランス革命時に勝るとも劣らない激動の時代だと思いますので、この一文に出会えただけでも、この本を読んでよかったと思いました。




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検閲帝国ハプスブルク

2025-05-07 11:51:39 | ヨーロッパ史
『検閲帝国ハプスブルク』菊池良生著 河出ブックス
この本によると、イギリスの出版物に英語が主流を占めるようになったのは、16世紀に国王ヘンリー8世が、イギリス国教会樹立のために多くの修道院を解散させたからだそうです。修道院が解散したことにより、それまで出版物の主流を占めていたラテン語の教会出版物が売れなくなったため、ラテン語から英語に代わっていったということです。
 
また、ハプスブルク帝国の全盛時代を築いた神聖ローマ皇帝カール5世は、フランス語圏である現在のベルギーで育ったため、フランス語に堪能であっても、ドイツ語は得意ではなかったそうです。ヨーロッパ君主にはこの手の話がしばしばあって、自国の言葉を理解していなくても、君主は務まるようです。

三十年戦争の時代に、ハプスブルク帝国内でカトリック化がすすめられたそうで、非カトリックの書籍は発禁処分を受け、政府と教会が一体になって国民に対する検閲を強化したそうです。ハプスブルク帝国はドイツの東部にあって、東からの強敵を一手に引き受ける立場だったことから、それまでは全ドイツから物心両面の支援を受けていたそうですが、三十年戦争以降のカトリック化と検閲によって、ハプスブルク帝国は少しずつドイツから離れていくことになったそうです。
 
スペインとオーストリアのカトリック化がハプスブルク家の政策によるものだとは知りませんでした。これはこの本を読んで初めて知りました。
 
また現在日本では、国会図書館の納本制度というものがあって、国内のあらゆる出版物は国会図書館への納本が義務付けられていますが、これは戦前の内務省令が元になっているそうです。これも初めて知りました。
 
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