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気まぐれ本読み日記

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蝸牛庵聯話

2025-07-13 22:02:15 | その他
『蝸牛庵聯話』幸田露伴著 中央公論社,昭和18. 国立国会図書館デジタルコレクション 
この本によると、神戸市の須磨寺に、武蔵坊弁慶が書いたとされる制札が残っていて、これについて露伴は、当時は文字の仕事を僧侶が担うことが多く、木曽義仲には太夫坊覚明という僧侶が参謀でいたことを挙げて、弁慶や常陸坊海尊は本来、義経の参謀的な存在だったのではないかと考察しています。
 
また弁慶の制札のことに関連して、三国志で有名な猛将張飛が能筆家で、真偽は別にして張飛の書いたとされるものが今に伝わっているそうです。張飛にそのような才能があったということを初めて知りました。
 
露伴は、「水悪しき地には良泉佳井の名を得るもの多き」として、その代表例として鎌倉をあげています。
 
呉の陳遺という人のお母さんが、焦げ飯を好んで食べたという世説新語に出てくる話を紹介したうえで、露伴は「其の好まざるものより謂へば、鍋底の焦飯の如きは、本より食ふに堪へず」と書いていますが、どうも焦げ飯が嫌いだったようです。
 
最後に南宋初めの武将である張俊が紹興21年(1151)10月に、自らの邸に皇帝・高宗の行幸を仰いだ時の記録を詳しく紹介しています。張俊は南宋中興に貢献した四人の将軍の一人で、あとの三人は劉光世、韓世忠、岳飛です。張俊は北宋滅亡の時に高宗擁立に貢献し、各地で軍功を立て、高宗が彼と韓世忠を左右の腕と表現するほど信任厚い武将でした。岳飛は最初、張俊の部下だったそうです。しかし岳飛が次々と手柄を立て始めると、宰相の秦檜と組んで岳飛を失脚させ死に至らしめるのに一役買ったそうです。そして張俊は清河郡王の爵位をもらい、位人臣を極めたそうです。張俊はこの行幸において、山海の珍味で高宗や秦檜らをもてなしたのはもちろんのこと、莫大な金銀財宝を一行に献上しました。張俊は平素から権力を背景に、蓄財に励んでいたようです。
それにしても、博識で知られる露伴ですが、なんでこんなことを事細かに取り上げているのか、最初は理解できませんでした。最後に張俊や高宗を批判する文言が出てきてはじめて、やっと理解ができました。この本が出版されたのは昭和18年(1943)で、日米開戦により、ますます国民は忍耐を強いられるようになった時代でした。そんななかで露伴が軍部の横暴を批判するつもりで、こういう事を取り上げたのかなと思いました。露伴はこのときすでに文化勲章を受賞し、学士院会員・芸術院会員になっていましたが、日本の現状をみて、筆を取らずにはいられなかったのだと思います。
 


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紙の道 ペーパーロード

2024-10-08 14:26:35 | その他
『紙の道 ペーパーロード』陳舜臣著 集英社
この本は、紙が絹と同じように、中国からアラブ世界を通ってヨーロッパに伝わった史実を踏まえて、シルクロードにならって紙の道ペーパーロードという表題がついています。

この本によると、後漢の蔡倫が紙を発明する以前から、中国において紙が存在していたということです。縑帛(けんはく)という細かく織った絹が紙と呼ばれていました。
縑帛は非常に高価で、縑帛1匹の値段が米6石に相当したということです。1匹は50cm×900cmの大きさで、A4サイズでいえば72枚分くらいになります。1石は120斤と同じで、漢代の1斤は約4.388kgとなるらしく、1石をkgに換算すると526.56kgとなります。6石だと3159.36kgとなります。現在の米の値段は、昨今の米不足の影響で10kg6000円くらいになっているので、米6石の値段を換算すると1,895,616円となります。A41枚分の縑帛の値段は26,328円となるわけです。
これでは一般の人が日常的に使うのには無理なので、蔡倫が樹皮、麻、ぼろきれ、魚網を用いて紙を作ることを考案したそうです。そして蔡倫が発明した紙は蔡侯紙と呼んで、縑帛と区別をしたということです。蔡倫は後漢中期の宮廷に仕える宦官でした。後漢の第4代皇帝・和帝擁立に功労があり、龍亭侯に封じられたため、蔡侯と呼ばれます。第6代皇帝・安帝のときに和帝擁立の功が仇になり、自害に追い込まれました。

中国最古の漢字字典で、蔡侯紙と同時代に成立した『説文解字』には紙のことを、絮をさらしたものと書いてあるそうです。絮というのは低質の真綿だそうです。この絮を使いやすくするため、水で撃って白くしていたそうですが、この作業のことを「漂」といい、女性がこの作業に行っていたため「漂母」と呼ばれていたそうです。「その水仕事の線上に、紙づくりがあるとすれば、人類文化の向上に尽くした女性の力は、じつに大きいといわねばならない」と著者は力説しています。

またこの本によると、古代エジプトにおいてパピルスが紙の原料に使われましたが、パピルス紙は書きにくく、もろかったということです。
古代インドでは、ターラと呼ばれる木の葉を紙の代わりに使っていたようですが、玄奘三蔵が仏典をインドから持ち帰る時、ターラのまま持ち帰ったそうです。そして玄奘三蔵の三蔵というのが、すぐれた仏典の翻訳者に与えられる敬称であることをこの本で初めて知りました。

中国の紙は、751年のタラスの戦いを機に中央アジアに伝わり、中央アジアからアラブ世界、ヨーロッパへと伝わっていきました。十字軍のころまでは、ギリシャ・ローマ文化の継承者は東ローマ帝国であり、東ローマ帝国からアラブ世界へと先に伝わり、そこからヨーロッパへと伝播していったようです。ヨーロッパでもイベリア半島は、後ウマイヤ朝をはじめとするイスラム政権が8世紀から700年余りにわたって支配しました。そのため9世紀ごろのコルドバの町はヨーロッパの首都といってもいいくらいの繁栄を遂げていたということです。

この本によると、ペルシャ語とトルコ系の言語は同じ文字で書かれているため、区別することが難しいそうです。またソ連時代の中央アジアやモンゴルは20世紀になってそれまでのウイグル文字が廃止され、ロシア文字で表記するようになったそうです。

また、この本を読んでわかったことですが、中国で水車が発達したのは三国時代からだそうで、その理由として三国時代の戦乱によって人口が激減し人手不足になったからだそうです。また、マルクスの『資本論』の中に「すべての機械の基本形態は、ローマ帝国が水車において伝えた」ということばがあるそうです。古今東西を問わず、人口減少によって技術革新がもたらされるようで、人類にとって喜ぶべきなのか悲しむべきなのか複雑な思いがしました。


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蔵書一代

2024-08-12 06:58:54 | その他

『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』紀田順一郎著 松籟社

この本は、著者自身の蔵書の処分の経緯と、個人の蔵書が公共の図書館に受け入れてもらえないことについて論じています。

私自身、蔵書の整理が、このブログを始める理由でした。数にして千冊にも満たない本しか持っていませんので増車と呼ぶのもおこがましいほどですが、どう整理して、どう処分しようか頭を悩ませているくらいですから、数千、数万という蔵書を持つ人が悩むのは当然だと思います。

著者は書籍関係の評論家であり、3万冊に及ぶ本を持っていたそうです。蔵書家のすごい人になると、桁が一桁ちがう人もいるのですが、すごい分量であることは間違いないと思います。ところが老年期に入り、著者が病気で倒れ、家族も膨大な本の管理ができないとなると、いくら本好きでも、本の処分を考えるようになります。2015年、著者80歳のときに、手許に600冊を残して残りをすべて古本屋に売ったそうです。

この本では、日本の図書館の歴史にも触れられており、日本最古の図書館は奈良時代後期に石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)の作った芸亭(うんてい)であることを初めて知りました。また菅原道真の言葉として「学問の道は抄出を宗となす。」というのを初めて知りました。
昭和の蔵書家として井上ひさし・草森紳一・山口昌男・布川角左衛門・渡部昇一・立花隆の各氏が紹介されています。江戸川乱歩が戦時中に蔵書を疎開させ、戦後も蔵書を維持して、死後、遺族によって立教大学に蔵書が寄贈された事例が載っています。
本の収集というのは飽くまで自分一代の趣味で、しかも自分が元気な間に処分していって周りに迷惑をかけないように注意することが大切なんだなと、この本を読んで痛感しました。私自身も本の整理を進めなければと思いながらよく怠けるので、これではいかんと反省しました。

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知的人間関係

2024-08-09 18:04:32 | その他
『知的人間関係』フィリップ・ギルバート・ハマトン著 渡部昇一・下谷和幸共訳 講談社
この本の訳者まえがきに次のような文章が載っています。

 ハマトンは十九世紀後半から第二次世界大戦の前までは、最も広く読まれたイギリスのエッセイスト(随筆家)の一人である。(中略)別の言葉でいえば、ハマトンは泰平の時代の、知的な傾向のある個人の静かな生き方を流麗な筆致でのべたものと言えるであろう。観察は細やかであり、判断は穏健であり、いい意味でのイギリス紳士の稟質が出ている。日本では明治時代から旧制高校、旧制大学の英語の教科書としてハマトンの著作は使われ続けてきた。彼の英語の文章がくせの少ない、典雅な名文であるために、戦後も教科書として用い続けられたのである。

この本は、1884年に出版されました。1873年に出版されたハマトンの著作である『知的生活』の続編になるそうです。私は古本屋で『知的生活』とこの本を2冊まとめて買いましたが、読みやすいなと思ったのは『知的人間関係』の方でした。
この本は26章にわかれています。各章それぞれに著者の鋭い洞察が展開され、いちいち納得させられます。一例をあげると、「第10章 身分の違いと財産の違いについて」では次のような一文が載っています。
 
 「要するに、富と身分というのは服従を要求するものだということです――それも卑しい奴隷のような態度を要求するというよりはむしろ、ものを考える人間にはとても我慢できない知的な服従を要求するのです。身分の高い人間ほど他人が自分に反論することを、あるいは面前で持論を述べることすら、無作法なことと看做します。これはものを考える人間には耐え難いことです。知的な人間には、金持で高貴な身分であればその人の言うことはなにからなにまですべて的を得た正しい見解に相違ないという金持の理屈がわかりません。」

日本は身分制社会ではないですが、会社であれ役所であれ何らかの組織に属していれば、身分制社会の一員と同じことになります。組織のトップや上司の言うことを、心の中では違うと思いながら、表面上は賛成したり沈黙を守るような場面が必ず出てくると思います。そういうことを積み重ねるとどうなるか、著者は次の一文で締めくくっています。

 「徐々に、自分の考えや知識を捨てていくと、挙句には無気力に譲歩するのが習慣になりかねません。そうなれば、強靭な精神も柔弱なものとなってしまいます。」

また、「第21章 高尚なボヘミアニズム」では、ボヘミアンについて次のように定義しています。

 「ボヘミアンというのは、乏しい財産で富のもたらす知的な面の利点、すなわち、思索、読書、旅行、知的な会話のための余暇を得ようと望み、得るべく工夫する人間のことです。」

他にも感銘を受けた点は多々ありましたが、生涯にわたって大事に手元に置いておく一冊だと思っています。



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灰色の月・万暦赤絵

2023-10-02 07:05:47 | その他

『灰色の月・万暦赤絵』志賀直哉著 新潮文庫

この本は表題作のほか、21の短編を収録した随筆集です。私は特に志賀直哉に興味があったわけではなく、それまでも志賀直哉の作品を読んだことがありませんでした。この本も、本屋でたまたま万暦赤絵という題名につられて買ってみたという本です。

全編通していえることは、作者の飄々とした人柄が文章に現れているなということです。そして作者の私生活を垣間見ることができます。

兎という短編では、作者とその娘のこんなやり取りが出てきます。

「兎、飼っていい?」「大きくなったら食うよ、それを承知なら飼ってもいい」「それでもいい。・・・・飼って了えお父様きっとお殺せになれない。だから、それでもいい」

この文章から、昭和のはじめには、食用で兎を飼っていたことがわかります。また、作者は以前兎を放し飼いしていた時に、近所の畑を兎が荒らすので、農家から苦情が出て飼っていた兎を他所にやってしまったそうです。

また、朝顔という短編では、作者が朝顔を植えていたことを書いていますが、朝顔を植えた理由というのが「花を見るためというよりは葉が毒虫に刺されたときの薬になるので、絶やさないようにしている。蚊や蟆子(ぶよ)は素より蜈蚣(むかで)でも蜂でも非常によく利く。葉を三四枚、両の掌で暫く揉んでいると、ねっとりした汁が出て来る。それを葉と一緒に刺された個所に擦りつけると、痛みでも痒みでも直ぐ止り、あと、そこから何時までも汁が出たりするような事がない。」ということです。朝顔の葉にそんな効能があるとは、この本を読むまで全く知らなかったので、勉強になりました。

盲亀浮木という短編では、盲亀浮木という言葉自体初めて知りました。仏教の経典に出てくるめったにないことの例えだそうです。またその中で、ポルトガル人で徳島に住み、孤独のうちに亡くなったモラエスという文人の話が出ていますが、モラエスの事も初めて知りました。

志賀直哉が白樺派を代表する文豪であることは前から知ってはいましたが、この本を読んでいると、その考え方やものの見方は奥が深いなと思いました。日常の何気ないことを書いていても、そこに作者の思想や教養がにじみ出てくるというのは、作者の生きざまを見る思いがします。すばらしい本だと思いました。

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