赤塚不二夫保存会/フジオNo.1

『トキワ荘グループ テーマ競作選』全5編

『トキワ荘グループ テーマ競作選 ボクの視姦 あゝ受付嬢』(競作漫画)「受付嬢」
週刊サンケイ別冊 コミックWOO 1985年12月号

『トキワ荘グループ テーマ競作選 ボクの視姦 あゝ社長秘書』(競作漫画)「社長秘書」
週刊サンケイ別冊 コミックWOO 1986年1月号

『トキワ荘グループ テーマ競作選 ボクの視姦 あゝ経理の娘』(競作漫画)「経理の娘」  
週刊サンケイ別冊 コミックWOO 1986年2月号

『トキワ荘グループ テーマ競作選 ボクの視姦 あゝお花見』(競作漫画)「あゝお花見」
週刊サンケイ別冊 コミックWOO 1986年4月号

『トキワ荘グループ テーマ競作選 あゝゴールデンウィーク』(競作漫画)「あゝゴールデンウィーク」
週刊サンケイ別冊 コミックWOO 1986年6月号

連載回数/掲載誌/サブタイトル/単行本
読切/コミックWOO/1985年12月号/受付嬢/①
読切/コミックWOO/1986年1月号/社長秘書/未収録
読切/コミックWOO/2月号/経理の娘/未収録
読切/コミックWOO/4月号/あゝお花見/未収録
読切/コミックWOO/6月号/あゝゴールデンウィーク/未収録

・解説
赤塚不二夫の自伝的作品を集めたアンソロジー『まんが 赤塚不二夫伝 ギャグほどすてきな商売はない!!』が、 光文社の“知恵の森文庫”レーベルから2023年12月12日に発行される。

この新刊は、『トキワ荘物語』や『ギャグほどすてきな商売はない!!』など、赤塚不二夫が自身を漫画化した「自伝的漫画編」、デビュー前習作や「漫画少年」採用作など、赤塚史と関連深い作品を集めた「記念碑的漫画編」の2章立てとなっており、これまで単行本へ収められたことのない作品も多数収録されている。

今回はそのうちのひとつ、単行本未収録の自伝的漫画(?)『トキワ荘グループ テーマ競作選』へ発表された『受付嬢』を取り上げながら、短命に終わった掲載誌と、その誌上で公募された漫画賞について深堀りしてみたい。



『受付嬢』が掲載された、週刊サンケイ別冊 コミックWOO」は、扶桑社の「週刊サンケイ」(現・「SPA!」)が1985年から翌年にかけて発行した青年漫画誌で、石ノ森章太郎、永井豪、池沢さとしらの連載と共に『トキワ荘グループ テーマ競作選』が創刊から8号にわたって掲載されていた。

『トキワ荘グループ テーマ競作選』とは、誌上で公募する漫画賞「トキワ賞」と連動した、トキワ荘出身者による競作企画である。かつての少年漫画誌によくあった競作漫画を連想させるが、青年漫画誌らしく艶っぽい、いやがっつり下ネタがテーマ(“ボクの視姦”は最早アウトだろう)なのがミソだが、寺田ヒロオの起用は衝撃的だ。一部にトキワ荘と無関係の部外者が混ざっているのはご愛嬌である。

ちなみに、藤子不二雄コンビのデビュー作『UTOPIA 最後の世界大戦』を発行した鶴書房を前身とするツル・コミック社が、1972年から翌年にかけてに刊行した海外コミック専門誌「WOO」とはまったくの別物である。同社は『ピーナッツ』や『ポパイ』の邦訳版を刊行する傍ら、「WOO」でスーパーヒーローからアングラに至るまで、幅広く海外コミックの動向を紹介していた。



『トキワ荘グループ テーマ競作選』シリーズ
「週刊サンケイ別冊 コミックWOO」1985年12月号~1986年7月号

1985年12月号『ボクの視姦 あゝ受付嬢』赤塚不二夫・つのだじろう・ 石森章太郎・寺田ヒロオ・鈴木伸一・藤子不二雄(藤子不二雄Ⓐ)・長谷邦夫
1986年1月号『ボクの視姦 あゝ社長秘書』つのだじろう・寺田ヒロオ・鈴木伸一・赤塚不二夫・ちばてつや
1986年2月号『ボクの視姦 あゝ経理の娘』石森章太郎・赤塚不二夫・寺田ヒロオ・つのだじろう
1986年3月号『ボクの視姦 あゝ通勤電車』園山俊二・鈴木伸一・藤子不二雄(藤子不二雄Ⓐ)・石森章太郎・ 松本零士
1986年4月号『ボクの視姦 あゝお花見』赤塚不二夫・つのだじろう・寺田ヒロオ・鈴木伸一
1986年5月号『あゝフレッシュOL 』園山俊二・寺田ヒロオ・石森章太郎
1986年6月号『あゝゴールデンウィーク』つのだじろう・藤子不二雄(藤子不二雄Ⓐ)・鈴木伸一・赤塚不二夫
1986年7月号『あゝ6月の花嫁(ジューンブライド) 』石森章太郎・鈴木伸一・寺田ヒロオ



上記のとおり、赤塚はこの企画に計5回登場。どれも2ページと短い作品で、赤塚と受付嬢の攻防戦(?)を描いた『受付嬢』のみが赤塚を主人公としており、今回の新刊に採録されたようだ。『レッツラゴン』の武居記者や『天才バカボン』の漫画家と編集者シリーズの延長線上にあるが、決して「自伝的漫画」ではない。

だが、漫画賞「トキワ賞」が赤塚史に大きく関わってくるのだ。審査員は赤塚不二夫、つのだじろう、石森章太郎、寺田ヒロオ、鈴木伸一、藤子不二雄コンビ、園山俊二。男性ばかりで、トキワ荘唯一の女性メンバー・水野英子がいないのは惜しいが、そうそうたる面々であることに間違いないだろう。大賞であるトキワ賞に入賞すれば、トキワ荘1年貸与(トキワ荘出身漫画家の共同負担による)と賞金100万円が与えられる。作品募集記事より、赤塚のコメントを転記しよう。

なによりも、ロマンを持った作品!こぎれいで、どこかで見たことのあるような漫画ではなく、あくまでオリジナリティに富んだ漫画の中の漫画を、期待しています。ページは少なくとも、大きな世界を持った漫画を、待っています。 赤塚不二夫
―「週刊サンケイ別冊 コミックWOO」1985年12月号

「トキワ荘1年貸与?その頃にはもう解体されていたんじゃない?」と疑問を持たれる御仁もおられるだろう。赤塚ら巨匠漫画家たちが青春を過ごしたトキワ荘は、1982年に老朽化を理由に解体されるも、同年のうちにバス・トイレ・赤塚不二夫直筆の「トキワ荘」表札付きアパートに新築されているのだ。一時は観光バスのルートに入っていたそうだが、それも1996年頃にポストバブル経済後の地上げに巻き込まれ解体される。現在の跡地には日本加除出版の社屋が建っている。

在りし日の“第一”トキワ荘を再現した「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」が建てられたのは、跡地にほど近い南長崎花咲公園だ。現在、特別企画展「ふたりの絆 石ノ森章太郎と赤塚不二夫」を開催中。

鳴り物入りで始まったトキワ賞だが、大賞該当作品はなく、佳作3編の中から村上勝洋に“トキワ荘1年貸与”の権利が与えられた。村上は1990年代半ばまでの「特選麻雀」や「週刊漫画ゴールド」などのマイナー劇画誌に作品を発表していたようだ。以降のトキワ賞は雑誌の廃刊で立ち消えたが、審査員と賞品の両面でこれ以上にない漫画賞だったことは確かだろう。

トキワ賞の選評を終えた審査員たちが揃い踏みした座談会より、赤塚の発言を紹介して記事を締めよう。

最近の若い人は、自分の気持ちばかり、表現しようとして漫画を作品として考えない、 だから、自分の感情をそのまま出す、いわば私小説だよね。作品っていうのは、全然ちがうんじゃないの、そういうこと考えてほしい。私小説じゃつまんない。
作品を創るって意識が大切。ただ好きなことを描けば、それが作品になるって思ってたらまちがい。
―「週刊サンケイ別冊 コミックWOO」1986年5月号

キャラが想いを発散することで、周囲を巻き込む大きなアンサンブルが生まれるのが赤塚漫画だが、内に秘めたる想いを原稿に染みこませたっていいのだ。若い世代とのズレを吐露しながらも、赤塚はプロ意識という面においては至極全うな意見を述べていた。1980年代半ばのことである。

・単行本
①光文社・知恵の森文庫・『まんが 赤塚不二夫伝 ギャグほどすてきな商売はない!!』・2023年12月20日発行
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