🏴薬師如来大祭
令和6年10月27日(日)10:00-12:30
常行院
◇今日は、薬師如来御開帳、無病息災などを
祈願しました。
直接参加された方は、50名ほどでしょうか。
天気は☁で絶好の日和でした。
暑くもなく寒くもなく、風もなく。
準備万端整えて

令和6年10月27日(日)10:00-12:30
常行院
◇今日は、薬師如来御開帳、無病息災などを
祈願しました。
直接参加された方は、50名ほどでしょうか。
天気は☁で絶好の日和でした。
暑くもなく寒くもなく、風もなく。







盆施餓鬼会 墓経
令和6年8月14日17:30-19:00
常行院
◇今日は、新亡者の初盆供養と墓経が行われました。
5年ほど前からは、14日のみとなりましたが、以前は
2日間にわたり、15日も墓経は行われていました。







令和6年8月5日(月)9:00-12:10
常行院
◇今日は、盆施餓鬼会です。
施餓鬼(せがき)とは、法会(ほうえ)の一つで、文字通り、餓鬼に施しを行うことを意味します。餓鬼(がき)とは、生前に悪行を行い地獄に落ちた魂や生前食べ物を粗末にしたり、俗世で供養してもらえなかったりして無縁仏となってしまった霊が、地獄に落ちて鬼となってしまったもののことです。餓鬼の世界のことは「餓鬼道(がきどう)」と言い、六道の一つとなります。餓鬼は地獄で、常に飲食をすることができないため、飢えと渇きにもがき苦しんでいるため、食物や飲み物をお供え物として捧げ、法要を執り行います。言い換えると、地獄にいる餓鬼に対して施しを行い、この世にいる自分たちの極楽往生を願うのが施餓鬼となります。
由来はお経の中に次のように説かれます。
——あるときお釈迦(しゃか)さまの弟子の一人、阿難尊者(あなんそんじゃ)が修行をしていると、焰口(えんく)という餓鬼が現れ、「お前の命はあと3日だ。そして死後、我々と同じ餓鬼の世界に生まれ変わるだろう。生き長らえたければすべての餓鬼と修行者に食べ物や飲み物を施し、そして仏とその教えと教えを信じる人々を供養せよ」と告げました。驚いた阿難はすぐにお釈迦さまのもとへ行き、どうしたらよいか尋ねると、お釈迦さまは、餓鬼が食事をできるようにする作法と、少量のお供えも無限に変じる呪文を授けます。阿難がその通りにすると餓鬼たちは救われ、その功徳により阿難の命も長らえたと伝えられています。
これにならい、施餓鬼会では食べ物を供えた祭壇を設け餓鬼を供養し、その功徳をご先祖さまや大切な方に振り向けているのです。菩提寺の施餓鬼会へ足を運んだ際には、大切な方々への‟ご供養”とともに‟施し”の気持ちを持って法要に臨みたいもの。



令和6年6月9日(日)8:00-12:00
常行院
◇永代供養をあげた方の供養を行う法会




■永代祠堂とは、そのお寺が続く限り位牌を置き供養する事→位牌を置かなくてもお寺が続く限り供養することとなっています。
■一般的には、そのお寺が続く限り永代に供養する事を「永代供養」、供養する霊を「永代祠堂」、そしてその資金を「永代祠堂金」と言います。
■お寺では、永代祠堂金を元に、年に一回以上供養するのですが、夏の施餓鬼会時に永代供養を行う寺が多い。

令和6年4月29日(月)8:30-9:00
松月寺(豊田市小原)
◇いわゆる稚児行列、稚児まつりですが、
稚児行列はなかったですね。それと
お披露目、改修あるいは改築などのお披露目も
なかったようです。
参加費用は一人1万円だったようです。
着付けサービス等もありません。
返礼品は、珠数ブレスレットとお菓子でした。





令和6年3月10日9:00-12:00
常行院
◇今日は御忌会です。
*法然上人が浄土宗を開いてから、お念仏の教えはそう時間を要することなく、各地に広まりました。「誰にでも」というやさしい教えであったことはもちろん、きっと上人のお人柄にじかに触れ、あるいは耳にして、という人も少なくなかったに違いありません。そんな上人を、滅後も慕い、恩に報いたいとの思いが人々の心に芽生えたのはごく自然のことだったでしょう。建暦2年(1212)、上人は80歳で往生されます。御廟所(墓所)には大勢の弟子や上人を慕う人々が集い、毎月・毎年の忌日には法要「知恩講」が勤められました。これが「御忌」のルーツともいえるでしょう。
上人の忌日法要を正式に「御忌」と呼ぶようになったのは戦国時代の大永3年(1523)、後柏原天皇が知恩院に送った詔書に「毎年1月、京都とその周辺地域の浄土宗僧侶を集め、〝法然上人御忌〟として7日間勤めよ」とあることによります。「御忌」は天皇や皇后、また高僧などの年忌法要を指す語でしたが、江戸時代になると〝「御忌」といえば法然上人の忌日法要〟と一般に定着、春の季語としても親しまれるようになります。



◇大晦日のことを除日(じょじつ)といい、その夜に行うため「除夜の鐘」と呼ばれます。
「除」という言葉には古いものを捨て新しいものに移るという意味があり、心穏やかに新年を迎えようという願いが込められています。

108回つかれることが一般的ですが、希望者がつけるよう108回以上つくところもあります。
一般的には煩悩の数が108あり、それを祓うためにつかれるといわれている除夜の鐘。
一年を表す月の数(12)、二十四節気(24)、七十二侯(72)、それぞれを足した数という説もあります。さらに、四苦八苦(4×9と8×9を足した数)を表す数という説も存在しています。
旧年(大晦日)のうちに107回をつき、最後の1回を新年につくのが正式。
お坊さんがつく場合もありますが、多くの寺院では一般の参詣者も鐘をつくことができます。その希望者が多い場合は108回以上つくことも。

令和5年12月10日(日)10:00-12:00
常行院
◇今日は、仏名会と月並総回向です。
仏名会とは、古くは陰暦一二月一五日より、後には一九日より三日間、禁中および諸寺院で仏名経を誦し、三世十方の諸仏の名号を唱えて罪障を懺悔する法会。月並総回向とは、そもそも回向とは、お経などをあげることで積んだ「徳」を故人に回し(与え)、故人が浄土へ行けるようにすると同時に、お経を唱えた人にも浄土への道を開くという意味。主に大乗仏教における考え方で、追善供養のこと。
準備などで、1時間前から集合しています。
法会は10時からで、仏名会は30分くらい、
総回向は、1時間半くらいでしょうか。
終了後、当日参拝されなかった人へ、お返し
を配布してます。今回は線香でしたね。




令和5年10月29日(日)10:00-12:00
常行院
◇大祭自体は、その通りですが、
準備や片付けなどを入れますと、
8:00-14:30 というところでしょうか。
今日は天気がよくて、
風もそんなにありませんでしたから
良かったですね。参加してくれた人は
およそ50人というところでしょうか。
年に一度の御開帳、ということもあって
如来像をしっかり見ていく人もいましたね。合掌。






令和5年10月28日(土)14:00-16:00
常行院
◇明日は「薬師如来大祭」です。
そこで、寺役が明日の準備に入ってます。
無病息災の旗を立て、明日の手順を
確認してます。
当日は当日で、準備があるようです。

