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遠くまで・・・    松山愼介のブログ   

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須賀敦子『ユルスナールの靴』を読んで     

2024-09-29 22:24:48 | 読んだ本
         須賀敦子『ユルスナールの靴』        
                                               松山愼介
 須賀敦子(1929~1998)について考えてみると、カトリック関連の作家として、高橋たか子(1932~2013)、 遠藤周作(1923~1996)が思いあたる。須賀敦子はちょうど、遠藤周作と高橋たか子の間の年齢になる。
 遠藤周作は1950年にカトリックの留学生として、渡仏している。須賀敦子はフランス政府保護留学生である。遠藤周作も須賀敦子も船旅である。約40日かかったという。自費ではないといえ、相当の熱意と覚悟がいったものと思う。例えば、遠藤周作は戦争により対日感情が悪いので、フィリピンへの上陸は止められている。
 ヨーロッパのキリスト教については、やはり現地へ行ってその空気を感じないと肌感覚にならない。ウィーンかブタペストか忘れたが、教会の外壁にわりと大きなキリストの磔刑像があったのには驚いた。
 私は65歳頃から海外旅行(ツアー)に出かけたが、フランス(主目的はモン・サン・ミッシェル)ではリヨンとシャルトルの大聖堂も見ることができた。イタリアは弾丸ツアー(?)で、10日くらいでイタリアを縦断した。ミラノから入って、教会で「最後の晩餐」を見て、フィレンツェ、ローマ、ナポリ、ポンペイまで行った。一応、遠藤周作、須賀敦子関連の街を垣間見たことになる。
 須賀敦子や遠藤周作、高橋たか子を考えると、イタリア派とフランス派に分かれる。遠藤、高橋はフランス派である。私はどちらかというと、フランスよりイタリアの方が好みである。フランスは気取っているというか、自国の文化に自信を持ちすぎて、他国人を寄せつけないところがあるのではないだろうか。イタリアの方が庶民的な印象がある。ただ、イタリアは日独伊三国同盟を結んでおきながら、ムッソリーニが失脚すると、連合軍に寝返っている。
 須賀敦子の作品は、この『ユルスナールの靴』1冊しか読んでいないので、大した感想は書けない。ただ、人物描写が上手いと思う。ユルスナールの人物像を靴に象徴させ、自分もそのような靴を履きたいと締めくくるところの構成も見事である。
 ある読書会の知り合いにプリーモ・レーヴィ関連の本を翻訳した二宮大輔さんがいるが、イタリアで5年間ほど勉強したという。今でも、たまに数カ月イタリアに滞在したりするらしい。それくらい現地に溶け込まないと、語学も文化もわからないだろう。須賀敦子は、ほとんどイタリア人の感性を持っているようである。
 このほとんど日本では知られていないユルスナールを、眼前に浮かぶような須賀敦子の筆致はたいしたものであるが、ユルスナールという作家の名前さえ初耳なので、どうしようもない。コロナ前には、須賀敦子が行ったというギリシャのパルテノン神殿とコルシカ島に行きたかったのだが、いまや体力的に無理かも知れない。
La culture du lin (p44)を、はじめ「リネンの文化」と訳しかけて、「亜麻草の栽培」とするのだが、リネンをイネと考えれば日本にも通じるところがあるという個所は面白かった。英語でリネン、仏語でリンネルとなるそうだが、ネットで見るとコスモスのような形の青い花であった。その長い茎から繊維をとるのだそうだ。エジプトのミイラにも使われたという。
 リンネルはマルクスの資本論の価値論に出てくる。リンネルと上着の交換から使用価値、交換価値を理論展開するのだが、講義で聞いていてもリンネルは謎であった。
 須賀敦子の作品は、それほどでもないが、ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』は読みたいと思った。
                   2024年2月10日

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