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サンチョパンサの憂鬱

批判と称賛の流儀

自分の事……何れだけ理解してますか?

自分がどんな感情に基づきどんな質の言動・行動を演っているか?注意深く知ろうとする態度が必要だと思う。

特に他人に対して批判の意を表明する時には、自分に対して注意深く分析しておかなきゃならない。
でないと自分の稚拙で幼稚な感情を、憚る事なく世間様にご開帳する事に陥るからである。

他人を褒める時には、誰も傷付けない。其が如何に稚拙な判断であろうとも罪はない。

批判は、ともすれば人の権利や利得を著しく害する。だからこそよほど自分に厳正さを求めなきゃ、自分を下品な卑劣漢に貶めてしまうからである。

批判はとても手軽な欲求不満解消の方法である。
何の努力も必要なく、簡単に良い気持ちになる事が出来る。

批判している自分は、何一つ立派な事をする必要もなく、とても優位な立場であるかの様な錯覚をくれるのである。

批判は覚醒剤の様に……簡単に自分が快感を得る方法だけど、癖になるのも良く似ている。

自分は何一つ上に上がってないのに目の前で人を貶めて下げれば相対的に自分がエラクなったかの様に……思えてしまう。

人の批判の仕方には、否応なしにその人の品性や理性の本質が表現されるのである。
まさに……『汝自身を知れ!』なんだと思う。

アキンドの処世訓の様で嫌なんだけど……批判はその人を前に正面から指摘せよ!
逆に誉める時は関係ない第三者にその人の事を口を極めて誉めちぎれ!というのがある。

コレをアキンドの技術論としてじゃなく……人を評論するならば自分の矜持として、生きるスタンスとして行うべきだと思う……。

それが自分に恥をかかせることなく、プライドを磨く事に繋がるのだと思う……。
陰での批判は……卑劣漢の専売特許と心得るべし。人を落としてその何倍も自分のプライドを貶める事になるからである。
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