以前のブログで自分のエネルギーについて、分散と真ん中に集まる感覚、という切り口で書いた。ということは、『ひと』『人間』ていうのは…というわたしの仮説のはなしが、今回のテーマ。
ひとはエネルギーで、できている。
感情もエネルギーで、その揺れ幅に違いがある。
エネルギーはまとまる事はできるけれど、たぶん分散もしやすいのだと思う。
流動的?だから、平たくなるとかなりの範囲に分布?できる。でも分散していると受け取る器は小さく、そのエネルギーもまた小さくなってしまう。結局うす〜くいろいろエネルギーが刺激を受けているね、位にしかならない可能性がある。
ひとが肉体を持った理由は、身体という器にエネルギーをいれることで、五感を使って強くわかりやすくエネルギーの揺れを感じるためなのではないか、と思った。
でも、ひとは神様?が思っていた以上にあれこれ時空を超えて思い返す事をする。あの時に〜とかあの人は〜とか。ここ以外にも思いを馳せている。だからここに集中して今を感じなさい、的な話が巷でも言われるのかもしれない。
せっかくエネルギーが分散しないように、エネルギーの揺れをわかりやすく感じられるように身体という器を用意したのに、ここに集中しない人間。神様?はもったいないとやっぱり思うのだろう。
でもこういうイレギュラーがあるからこそ、ひとはおもしろいなと思っていそうな気もする。
わたしのチャネリングの最初のお題は、アセンションだった。これはマスター(今わたしがスピリチュアルを学んでいる師匠です。師匠は師匠というよりは、マスター✨なイメージなので、マスターとよんでいます。マスターヨーダから拝借しています😅)が提案したお題だった。
その時に、身体とエネルギーはくっついていなくて、溝があると大天使さまが言っていた。実はこの溝、大切なのではと思っている。
エネルギーが身体にみちみちに入っていると揺れないのでは?と思った。
この溝はエネルギーの揺れをわかりやすく五感が感知できるようにするためにも、必要なものなのでは、と思っている。
わたしは昔、感じることが嫌だったときがある。
感じてしまうとその感情に振り回されてしまっていたから。自分で自分の機嫌がとれず、ずっとその感情に気分が左右されていて、自分でもどうしていいのかわからなかった。
感じないようにしよう、とある日決めてホントにそうした。今となってはどうやるんだよと思うけど、徹底的にいいか、悪いかだけに縛られると上手くできていた気がする。もともとの二極化星人に磨きをかけた感じ。
でも、そうしたらどうしたらいいのかわからない!という新たな問題に遭遇するようになるのでした、という話も今度書こうと思う。
感情は強いエネルギー。扱いにも苦労する。でも、感じることはホントに大切なんだよね。
そのためにエネルギーを入れる身体をもって、誕生してきたのだ!