
紅葉の頃でした。
その子は赤い紅葉の樹の下でジッとモミジを見てました。
「もみじ姫、たむける神のあればこそ、秋の木の葉の幣(ぬさ)と散るらめ」
いつまでも紅葉を眺めてる愛娘に、「もう帰ろう」となかなか言えない父の話が、今昔物語にあります。
それは、少女から青年期を迎えようとする我が娘の「女性の持つ美しさ」に、魅入ってしまった父の寂しさを表しているのでしょうか。
「傘を忘れてごめんなさい」
「いいんだ。父さんが車に積んでおけば良かったね」
その子の束ねた黒髪が、紅いモミジに浮き立って、考え込むように広がっていた灰色の雲は、音もたてずに消えて行く。
これから白い冬が始まる頃、黒髪のおくれ毛が幽かに揺れるように、また1つ歳を重ねます。