毎日新聞
安倍晋三内閣が16日、総辞職する。第2次政権発足から約7年8カ月にわたる歴代最長政権は、政治や社会の在り方をどう変えたのか。安倍政権が進めた安保法制整備に「自由と平和のための京大有志の会」の一員として反対の声も上げてきた、歴史学者の藤原辰史・京都大准教授(43)=農業史・環境史=に聞いた。【聞き手・福富智】
――安倍政権とは、どのような政権だったのでしょうか。
◆安倍政権にとって重要なのは「生きる権利」を守ることではなく、経済を最優先することだった。長く政権が続いたのは、株価が落ちず、うまくいっているように見えたからだが、我々の膨大な税金が経済を安定させるために使われ続け、何とか保たれていたに過ぎない。その結果、暮らしは限界にまでボロボロになった。
――具体的には、どのような課題が顕在化したのでしょうか。
◆小泉純一郎政権以降、非正規雇用が増加し、市井の暮らしは依然として苦しい。端的な例が(子どもたちに無料や低額で食事を振る舞う)「子ども食堂」の激増だ。NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」の調査では、2016年の319カ所から、19年には3718カ所にまで増えた。これは市民の自治力とともに政治の失敗をも意味する。国に頼っていても駄目で、自分たちでコミュニティーを作り直し、バラバラになった個々人をつなぎ合わせなければいけないと市民が感じ取った結果だろう。
――安倍首相の突然の辞任表明で、政権の残したさまざまな課題が議論されず、置き去りにされているとの指摘もあります。
◆政治を受け止める世論が十分に育っておらず、そのために必須の情報が制限されている。ニュースは政局の話しかしない。加えて、ワイドショーは非常に「政治的」になっている。一つは、政局が動いている時に芸能人の麻薬や不倫の話ばかりしている。政治的局面で政治を語らないことはある意味、政治的だ。もう一つは「(病気による退陣で)安倍さん、かわいそう」という空気が醸し出されている。「視線誘導」は露骨なのに、視聴者は見事に誘導されている。
――安倍首相は憲法改正も目指していました。
◆(12年にまとめられた)自民党の改憲草案と現行憲法を比較すると、「個人」という単語が「人」に変わり、現行の「拷問を絶対に禁止する」という条文からは「絶対に」という文言が消えた。緊急事態条項も含め、国民主権を弱め、基本的人権を制限しやすくすることにつながる改変だ。政府の暴走を抑えるのが憲法の本来の役割だが、草案は国民の暴走を抑えるものになっている。人間的理念が「ゼロ」の草案と言わざるを得ない。
――現在の日本の現状をどう見ますか。
◆ドイツではナチス政権当時、かなりの人が消極的にヒトラーを支持した。現在の日本でも、傍観者的に安倍政権を見ている人が、政権を支えてしまっている気がする。自分たちが主権者であるという気持ちがない。傍観者であることに慣らされてしまっているところは、当時のドイツと空気が似ている。
――我々は今後、どう政治に関わるべきでしょうか。
◆安易な楽観はやめるべきだ。特定秘密保護法や安保法制の成立過程に見られた立憲主義の「破壊」は、安倍政権以前からあった日本政治の抱える課題が、分かりやすい形で露見した格好となった。そのおかげで、私は今の社会に違和感を持っている人たちにたくさん出会え、今とは異なる社会の在り方を考える機会も急速に増えた。自分の問題として政治に「違和感」を表明し続け、仲間を増やしていくことが重要だろう。
ふじはら・たつし
1976年生まれ。京都大人文科学研究所准教授。同大学院人間・環境学研究科博士後期課程中退。博士(人間・環境学)。著書に「分解の哲学」「ナチスのキッチン」「給食の歴史」など。
(写真はネットから借用)