ぶらり一人旅と趣味の世界

気まぐれ日記
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長浜にて

2012-08-22 | 歴史

直流と交流に関して・・・鉄道スクエアー

 

明治政府は、敦賀-長浜間の鉄道建設を急いだその理由は、北陸と関西の物流もあるでしょうが、恐らく、対ロシアの関係があるのでは?

明治の鉄道建設の優先順位は、経済上と軍事上であったのだと思います。経済上では、大都市間のみならず、資源確保の観点から、石炭などの輸送経路として、優先的に建設されたものもあるようです。 

 

 

直流と交流・・・昔は交流・・・最近は直流!

問題は長距離列車で、交流と直流の区間を運行する場合・・・ディーゼルにするか、交直両用の機関車にするか?

大阪から敦賀まで、新快速が延長・運行になりましたが、これは、直流区間が敦賀まで延長されたから。 だそうです。そういゆう、具体的なことは一般の人は知りません。ただ、サービス向上のダイヤ改正ということで。

ちなみに、どうして、JRでは新快速とか、快速とかいうのか?

それは、特急とか急行とかいうと、特急・急行の運賃が発生してしまうんです。国鉄時代からの延長でしょうが、特急や急行はその特別運賃が決まっています。ですから、実質は特急や急行と同じレベルなんですが、新快速・快速などと言っているんだと思います。・・・私的見解。・・ 

 

 

 

長浜の発展に寄与したのは、秀吉・・ということらしいです・・・富国神社もあり。

安藤家には櫓山人が滞在。