今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

ローマ字の日

2007-05-20 | 記念日
今日(5月20日)は、「ローマ字の日」
財団法人日本のローマ字社(NRS)が1955(昭和30)年に制定。
ローマ字国字論を展開した物理学者・田中舘 愛橘(たなかだて あいきつ)の1952(昭和27)年5月21日の命日に因み、きりのいい20日を記念日としたそうである。
田中舘愛橘、 (1856年10月16日〔安政3年9月18日〕 ~ 1952〔昭和27年〕5月21日)は、陸奥国二戸郡福岡(現在の岩手県二戸市)の南部藩士の家に生まれた地球物理学者であり、東京帝国大学教授である。1944(昭和19)年に文化勲章を授章している。
ローマ字とは、ラテン文字アルファベットを用いて日本語を表記したものである。
第二次大戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)のもと民主化政策の一環で招かれた第一次アメリカ教育使節団が昭和21年(1946年)3月31日に出した第一次アメリカ教育使節団報告書は、日本語に使用される文字数(特に漢字)が異常に多いために日本語の習得は困難であり、それは、日本の民主化を遅らせると考え、文字数を大幅に減らして日本語の習得を早くできるようにするために、日本語の主たる表記をローマ字とすべきだという主張をした。以下参考に記載の「詞の玉垣」の中にある以下のものを参照。
昭和21年4月7日 米国教育使節団報告書 (国語改革)
http://kstn.fc2web.com/1946_sisetudan.html
そして、当時の新聞社にも賛成のものが多かったそうで、それは印字が楽になるからであろう。1945(昭和20)年、読売報知(今の読売新聞)は「漢字を廃止せよ」と題された社説を掲載した。以下参考に記載の 「詞の玉垣」の中の以下参照。
昭和20年11月12日 社説 漢字を廢止せよ (讀賣報知=今の読売新聞)
http://kstn.fc2web.com/s20_kanjihaisi.html
このように主張する人達をローマ字論者という。また、類似の主張にカナ書き論もある。中には、1946(昭和21)年4月、志賀直哉は雑誌『改造』に「国語問題」を発表し、日本語を廃止して、世界中で一番美しい言語であるフランス語を採用することにしたらどうか・・・などというふざけた提案さえ行っているのである。以下参考に記載の「言葉 言葉 言葉 」の中にある以下のものを参照。
志賀直哉の日本語廢止論
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/rekishi/ShigaNaoya.html
戦後に行われた国語改革は、漢字をめぐる政策の内、今日の日本語に対する影響が最も大きいもののひとつであるとされている。
GHQはその後、日本の識字率の調査を行った結果、識字率が高かったため、結局、漢字全廃とローマ字論は実行に移されなかったが、それまでの使用漢字当用漢字現代仮名遣いが制定された。
日本語の表記法として漢字を用いることの是非は、少なくとも幕末以来度々議論の対象となってきたとされる。このことについての詳細は、主な政策論議の歴史 を参照されたい。その中で、漢字廃止論者の中で、漢字に変わる文字としてローマ字論を主張するローマ字派は明治時代初頭からあり、それを推進する団体として「羅馬字会」(ろーまじかい)が1885(明治18)年創立された。羅馬字会はローマ字綴りとしてヘボン式ローマ字を採用したが、会員の一人であった田中館愛橘が、五十音図に基づくローマ字綴り(のちの「日本式ローマ字」)を提案。結局、会では採用に至らず、田中館は羅馬字会を離れた。ヘボン式と日本式との長い対立は、ここから始まっている。
そして、ヘボン式と日本式という二様のローマ字綴りの存在する問題を解決すべく、昭和初期に「臨時ローマ字調査会」が設置され1936(昭和11)年答申が出され、この答申に盛り込まれたローマ字綴りは、内閣訓令第3号として制定されたことから「訓令式ローマ字」と呼ばれている。第二次大戦後、米国統治下でふたたびヘボン式が勃興して混乱が生じたため、1937年の内閣訓令第3号は廃止、1954年に内閣告示第1号として新たに公布しなおした。(内閣告示第一号参照)
1989年には国際標準化機構(ISO)が訓令式(厳密翻字は日本式)を採用、ISO3602として承認した。(国際規格/ドキュメンテーション―日本語(仮名書き)のローマ字表記参照)
国外では英語を中心とするラテン文字言語において日本語を表記する際に用いる。発音表記としての意味も担うことが多い。使用はもっぱら日本語の単語や語句を引用する場合に限られ、日本語の文章全体がローマ字で表記されるのは稀である。
私も国語が苦手なので、漢字が難しいと思う人のことはよく判る。夏目漱石は「自分は英文と漢文を修めたが、漢文ほどに英文を理解出來なかつた」と云ふやうな事を言つて、漢字廃止論を批判している者もいるが、私には、漢字だけで書かれた漢文を十分に理解するだけの能力もないが、しかし、漢字には夫々意味があるので、ある程度は、理解することが出来る。漢字は、日本の歴史的な背景のもとに出来たもので、日本の文化そのものであり、大切にすべきだと思う。だから、難しい言葉や語にはルビを振ったり注釈をつければよいのである。学校で最低限どこまでのことを教えるかは、別に論議すればよいが、それは別として、漢字そのものの使用に当っては、出来るだけ多くの漢字が使える方が良いと思う。判らなければ、辞書などを使って調べればよいのだし、誰にで読んでもらいたいと思えば、文章を書く人が使用する字を選んで書けば良いことではないかと思う。漢字が難しいからと言って、カナ文字使用や、ローマ字を使用するなどと言うのは、余りにも、乱暴な話であろう。しかし、明治時代の歌人・詩人・評論家石川啄木は、1909(明治42)年、就職活動が実り、3月1日、東京朝日新聞の校正係となり、その才能を正当に評価され、それに報いる仕事を残す事が出来るようになるが、その年の4月3日よりローマ字で日記を記している。4,5,6日分。7日より16日の間、新しいノートでそれまで苦労をかけた家族を迎えるまでの苦悩を『ローマ字日記』に記している(以下参考に記載の「啄木の息」「ローマ字日記」・目次で日記を読むことが出来る)が、ここを見ると何故ローマ字で日記を書いたのかも良くわかるので参照されると良い。このような個人的なことから、ローマ字で日記を書くのなら、それはそれなりの意義があり、私も面白いな~とは思うが・・・。
〔画像は石川 啄木「ROMAZI NIKKI 」桑原 武夫 編訳、岩波書店

参考:
"Zaidan-hôzin Nippon-no-Rômazi-Sya
http://www.age.ne.jp/x/nrs/
田中舘愛橘記念科学館
http://www.civic.ninohe.iwate.jp/aikitu.html
ローマ字論- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%AD%97%E8%
AB%96

詞の玉垣
http://kstn.fc2web.com/
国語国字問題- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E5%9B%BD%E5%AD%97%E5%95%8F%E9%A1%8C
言葉 言葉 言葉
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/
日本式(訓令式)ローマ字の拡張表
http://xembho.s59.xrea.com/siryoo/roomazi_no_hyoo.html
作家別作品リスト:石川 啄木
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person153.html
漢文 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E6%96%87
ローマ字博覧会
http://www.geocities.jp/masa_nip/
Toki wa uturu
http://www.cityfujisawa.ne.jp/~roomazi/Imamono/tokiwa.html
啄木の息「ローマ字日記」・目次
http://www.page.sannet.ne.jp/yu_iwata/romajimokuji.html