備忘録として

タイトルのまま

神島

2009-08-17 09:33:17 | 万葉
月よみの 光を清み 神島の 磯廻(いそみ)の浦ゆ 船出すわれは   遣新羅使人 (巻15-3599)

お盆休みを利用して岡山県笠岡市神島(こうのしま)にある神島神社へ行った。犬養孝が上の写真を撮った年がわからない。本には玉島から船で西航20km、神島に着いたといい、さらに昭和45年神島大橋架橋とあるので、少なくとも写真は昭和45年以前のものだと思われる。下の写真の今と比べると、昔は①鳥居の前に海岸パラペットがなく砂浜が見える、②大きな松の木がある、③狛犬が大きい
海岸は石積みで固められ砂浜はなくなっていた。変わらないのは、鳥居と遠望の島々の形状だけである。



「こんにち島は半農半漁ながら外浦(南側)には神島化学の工場もあり、神島・笠岡間の干拓も計画されているから、いずれは大いに変貌をとげることだろう。」と犬養孝が危惧したとおり、神島の北側は完全に埋め立てられ本州と一体化し、讃岐の沙弥島とまったく同じ状況である。
昭和30年代以前はパラペットがなく鳥居の目の前が海岸なので、波浪の大きい日の社殿は波に洗われたに違いない。鳥居脇の狛犬は新しく、平成18年奉納の文字が彫られていた。古い狛犬はなぜ撤去されたのだろうか。

ネット(http://www.geocities.jp/kibi_setouchi/kounoshima/kounoshima.htm)で探してきた古い狛犬--これが犬養の写真に写っている狛犬だと思う。

神島神社は、神社縁起によると726年創建で、神日本磐余彦命(神武天皇)と皇后の興世姫尊(おきよひめのみこと)を祀る。神武は日向から大和への東征の途中、吉備に8年間滞在しており、興世姫は東征に同行せずこの神島にとどまり亡くなった。






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