ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

高校生のころ・8〜『無防備都市』

2015年12月29日 | 戦後40年代映画(外国)
手元に、観た映画のメモ帳が一冊ある。
高校1年が終わる頃から22歳の後半までの記録で、題名・監督・主演者と劇場が書いてある。
そのメモの一番初めが『無防備都市』(ロベルト・ロッセリーニ監督、1945年)である。
そして、その三日後が先日書いた『自転車泥棒』(ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1948年)となっている。
当時は当然、ビデオもDVDもないから映画館以外で観ようとすれば、ほとんどがテレビとなる。
と言うわけで、この『無防備都市』もテレビで観た作品のひとつである。

第二次世界大戦の後半期、ナチス占領下のローマ。
レジスタンスの軍事リ-ダーであるマンフレディは、ナチス・親衛隊の追跡を逃れて同志のフランチェスコの家に逃げ込んだ。
彼は、500人の仲間のための軍事資金を調達しなければならないが、身動きが取れない。
そこで、シンパのピエトロ神父を橋渡しとして、資金調達はどうにか成功することができた。
翌日、フランチェスコと子連れのピナの結婚式の日。
マンフレディとフランチェスコがいる一帯のビルが親衛隊に包囲され、フランチェスコが捕まった事を知ったピナは、その護送車を追って・・・・

ピナが護送車を必死に追いかけ、無残にも射殺されるシーン。
映画後半の、捕えられたマンフレディに対する拷問。
それでも沈黙を守ったマンフレディ。
それを見続けるよう強制されるピエトロ神父。
そのドアの向こう側で、アルコールを飲んでカードをしているナチスの面々。
人が、自分のために執念を絡めて他人の命を弄ぶ。
ラスト、銃殺刑にされるピエトロ神父。
それを金網越しに見つめる子供たち。そして、無言のまま坂を下って行くこの子供たち。

再度観て、当時、脳裏に焼き付いたままの映像が、そのままここにあった。
神父の最期の言葉「神よ、彼らをお許しください」
しかし、この光景を見た子供たちはこの現実を許すことができるだろうか。
この子たちと共に、私も一緒になってこの作品を記憶し続けなければいけない。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ドイツ零年』を観て

2015年12月27日 | 戦後40年代映画(外国)
ヴィットリオ・デ・シーカと共に、イタリア映画のネオレアリズモを一躍世界に広めたロベルト・ロッセリーニ。
この監督の「戦争三部作」の三作目『ドイツ零年』(1948年)が未見だったので観てみた。

第二次大戦で廃墟と化したベルリン。
崩れ落ちた跡が残るビルの一室で、少年エドムントは病弱な父と兄、姉の四人で、間借りして暮らしている。
父親は病身でベットから起き上れないし、元ナチス党員の兄は告発されるのを恐れて家の中に閉じこもり、職に就かずにいる。
そして、姉は一家の家計を助けるため、夜にクラブへ出かけ、外国人からのわずかな煙草を手にしたりしている。
エドムントも、今日の食べ物にも事欠く有様の家族のために、何とかして少しでも生活の足しになる仕事はないかと探している。

ともかく一家は、三人分の食糧の配給で四人が食べていかなければならない。
だから、父親は常に「死にたい」と口にしたりしている。

ある日のこと、エドムントはかつての小学校の担任だった教師と街で出会う。
元教師は、やましそうな仕事の他に、連合軍相手にヒトラーの演説レコードを闇で売りさばいたりしていて、
エドモンドにもそのレコード売りの仕事を与える・・・・

物語の内容作りがやや粗く、もう少し筋立てた描写をしてくれてもよさそうにと恨めしく思う。
だがロッセリーニは、ドイツを舞台に素人を使いながら貧困にあえぐ一市民をぐいぐいと描く。
弱者は強者によって滅ぼされる。生き延びるには、弱者を犠牲にする勇者が必要であると、ナチズムの信奉者だった元教師はエドムントに吹き込む。
このような思想の持ち主が、純真な子供たちに教育をしていた結果はどうなるか。

少年は父親の飲み物に劇薬を入れる。
その行為の果てに、エドムント自身も廃墟のビルに上がって悲劇を迎えることになる。

ドキュメンタリー・タッチで即物的に淡々と描くこの映画は、観る者に感傷を許さないし、感情移入もさせない。
私は思う。
戦勝国だろうと敗戦国だろうとそこに生きる人たちは、たまたまその国民であったというだけではないか。
ただ、その時代から現在に至るまで、本人がどのように物事を考え、それをどう対処しようとしていたかが問われると。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『靴みがき』を観て

2015年12月21日 | 戦後40年代映画(外国)
前回にヴィットリオ・デ・シーカ監督の『自転車泥棒』(1948年)を記事にし、その関連で久し振りに『靴みがき』(1946年)を観直してみた。

終戦から少し経ったイタリア。
占領軍のいるローマで、仲の良いパスクアーレとジュゼッペは路上で靴みがきをしながら、貸し馬屋から1頭の馬を買い取る夢を抱いている。
値段は5万リラ。後わずかで目標が達成できるところまで来ている。
そんなある日、ジュゼッペの兄の仲間が、女占い師の家に毛布2枚を売るよう依頼した。
依頼された仕事は、実は女占い師を騙すための手口だったが、このことで二人は目標の金を手にした。
念願の馬を買って得意気にその馬を乗りまわしていた翌日、女占い師を同行させた警官に見つかって、二人とも共犯容疑で捕まってしまう。
その結果、少年刑務所に入れられる羽目になり、しかし犯人の名だけは絶対言わないと二人で誓い合った。
だが、取り調べ室の隣室から聞こえる悲鳴に、パスクアーレはジュゼッペが拷問を受けていると思って耐えられなくなり、とうとう供述してしまった。
そして、それを境に二人の友情にひびが入っていった・・・・

孤児のパスクアーレと、それに近い状態のジュゼッペ。そんな二人でも最初は、希望を持って明るい。
それが少年刑務所に入る羽目になり、そうなると二人から明るさが消えていく。
友情もあんなに固かったのに、相手を思いやる気持ちが裏目に出て裂けていく。
裂けるだけならまだ良いが、脱獄したジュゼッペに馬を独り占めされると思ったパスクアーレは、密告までして憎しみを持つ。
そして、最後は悲惨な結果。

誰が二人をこのような状況に陥らせたのか。
少年刑務所に入っている大勢の子供たちだって、大半が浮浪罪だろうと思える。
ということは孤児である。となると、このような社会は誰が作ったのか。
戦争の後遺症とひとくくりにして、簡単な言葉で済ませるわけにはいかない。

孤児で思い出すのは、先日逝った野坂昭如氏の『火垂るの墓』(新潮文庫)。
戦後の焼け跡での兄妹の姿が、印象が強すぎて忘れることができない。
最近の日本の状況を考える時、この『火垂るの墓』やネオレアリズモを記憶の底から消え去らせてはいけないと思う。
というわけで、ここ暫くはネオレアリズモのおさらいをしようと思っている。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校生のころ・7〜『自転車泥棒』

2015年12月19日 | 戦後40年代映画(外国)
高校の頃、初期は娯楽映画を中心にいろいろ話題作を観ていた。
しかし情報と言えば、映画制作会社、配給会社の宣伝しか知らない。
その宣伝に乗って観に行くと、随分とガッカリさせられる作品が多い。
だから「映画なんてつまらないな」と勝手に思い込み、もう観るのはやめようと思ったりした。
それでもやはり観たくって、満足できる作品を観るにはどうしたらよいだろうと思っていた時、「キネマ旬報」を知った。
そして、その「キネ旬」で過去のベスト・テンを観る興味を覚えた。
そんな時期、テレビだったが『自転車泥棒』(ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1948年)を観た。

戦後からまだ数年のローマ。
失業していたアントニオは、職業安定所の紹介で市役所のポスター貼りの仕事を得たが、自転車が必要だと言われる。
自転車を質に入れていた彼は、代わりにベッドのシーツを質にし、自転車を取り戻す。
息子のブルーノと共に、出勤するアントニオ。
しかし仕事の初日、ポスターを貼っている最中に自転車を盗まれてしまう。
その自転車がなければ職を失うし、新しい自転車を買う金もない。
途方にくれるアントニオは、自力で自転車を探し始めるが・・・・

第二次世界大戦後のイタリアで作られたネオレアリズモ映画の傑作。

自転車がなければ明日からの糧がない。どうしたらいいのか。
散々歩き回って、やっとのことで犯人を見つけるが自転車はどこにもない。そして、盗んだ証拠もない。
絶望にかられたアントニオは、魔が差したように他人の自転車に手を伸ばし、逃げる。
追い付かれ、大勢に囲まれるアントニオ。それを目撃するブルーノ。
子の前で悪事に手を染めたことによるアントニオの心の傷。
そして、父親に寄り添いながらも、事を見てしまったブルーノの心の傷。
何が、このように人を追い詰めてしまうのか。

当時、この作品を観て、何物かが心に深く突き刺さってくるような衝撃を受けた。
アントニオとブルーノがローマの街を、ただ当てどもなく歩き、自転車を探すだけの物語だが、
アントニオの絶望を交えた焦りが、ひしひしと胸に迫ってくる。
それと、表情には出さないブルーノの必死さが、何年経とうと脳裏から離れない。

アントニオの家族だけが貧しいのではない。犯人だって失業しているし、周りの人だってそうだ。
社会が貧しいと言うだけでは、事は済まない。
突き詰めれば、先の戦争に原因があることをデ・シーカは静かに訴えてやまない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『道元禅師』(立松和平著)を読んで

2015年12月15日 | 本(小説ほか)
『道元禅師』(立松和平著、新潮文庫)を読み終えた。
実はこの本、我が家の宗派でもある日本曹洞宗の開祖・道元に興味があったので、5年前に購入した。
だが、なんせ全体で1500ページ近くもあり、読むふんぎりが中々つかなかった。
今年になって、そろそろ読もうかと思い、喫茶店に行くついでに携え少しずつ読み出した。
だから、読み終えるのに半年程もかかってしまった。

1200年、道元は、久我家の源通具と松殿基房の子の伊子との間に生まれた。
だが不幸なことに、母親の伊子が道元8歳の時に逝去。
13歳になった文殊丸(道元の幼名)は、元服をするとなれば、摂政関白家の藤原松殿家を背負っていくことになる。
しかし、その元服の直前に俗世間を捨てて出家し、叡山で修行僧としての学道に邁進する。
そして、道元は疑問を持つ。

「本来、衆生が皆、もとより仏なら、なぜ、衆生は難行苦行して初めて仏になろうとするのか」

この疑問に対して、叡山の天台教学では答えが得られず、臨済宗の祖栄西を訪ねるも疑問は解けない。
道元は真の師、正師を得て正法を知るために、入宋への思いを強くする。
道元24歳の時、やっと、念願であった入宋を明全和尚ほかと果たす。

宋に渡り、正師を求めて半年後、ついに天童寺の住持、如浄和尚を得る。
その如浄和尚の修行方法は、ただひたすらの座禅、只管打坐(しかんたざ)を実践することである。
道元は、如浄和尚の正法を持ち帰って、日本にその教えを広めようと決意を新たにした・・・・

この本は、道元の出生から、「永平寺」を建立し1253年に入滅するまでの長編小説である。
(最も実際は、父母についての異説もあるとのことである。)

立松和平は9年の歳月をかけ、道元に寄り添うようにして物語を進めていく。
道元が俗世を捨て、権力に交えず仏教一筋に生きる姿が目に見えるように流れていく。
穏やかで静謐な文章に、知らず知らずのうちに心が洗われる思いがする。

特に、道元のさとりについての教えが印象深い。

「すべての現象の中に自己のあるべき姿をもとめるのが、さとりなのです。
さとりを得た人がまさにさとりを得た人である時には、自分はさとりを得ていると意識することはありません。
その人はさとりそのものであるからです。
その人はすべての普遍的な原理を知っているのであって、迷いの中にさらにさとりを求めるのですよ。
そして、さとりというのは自分には認識されないままに現れていくのです。」

「人がさとりを得るのは、水に月が宿るようなものなのだ。月は濡れず、水は破れない。
月は広く大きな光だが、わずかな水にも宿り、月全体も宇宙全体も、草の露にも宿り、一滴の水にも宿る。
さとりが人を破らないことは、月が水に穴をあけないのと同じことだ。
人がさとりのさまたげにならないことは、一滴の草露が天月を映すさまたげにならないのと同じことだ。」

ここまで道元の気持ちに成りきって小説を書き上げたことに、自然と頭が下がってしまう。
この小説は、泉鏡花文学賞と親鸞賞を受賞している。正しく、それに相応しい本である。
立松和平は、この小説を書き上げた2年後に、62歳で亡くなってしまった。
まだまだ、活躍できる年齢なのに、本当に残念なことである。合掌。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『黄金のアデーレ 名画の帰還』を観て

2015年12月11日 | 2010年代映画(外国)
評判が良さそうなので、名古屋へ行って『黄金のアデーレ 名画の帰還』(サイモン・カーティス監督、2015年)を観て来た。

1998年、ロサンゼルス。
ユダヤ人のマリア・アルトマンは、お互いに数奇な運命を共にした姉・ルイーゼの葬儀に出席した。
ルイーゼは生前、ナチスに没収された伯母アデーレの肖像画の返還を求めようとしていた。
その肖像画とは、ウィーンのベルベデーレ美術館が所蔵するクリムトの名画「黄金のアデーレ」である。
姉の遺志を継ぐと決めたマリアは、友人の息子で弁護士のランディ・シェーンベルクに相談を持ちかける。
ランディとマリアはオーストリアに飛び、審問会に諮ったが、結果は返還却下。
残る道はオーストリア政府を相手取り、裁判を起こすしかなく・・・・

よく出来た良質の映画だった。筋の構成がしっかりしていて、配役もいい。
安心して観れて満足したが、大きな感動がなかったのはなぜだろう。

ポスターを見ると、右側に、クリムトの『黄金のアデーレ』(「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」)が出ている。
そのイメージから、クリムトがアデーレの肖像を描くエピソードや、クリムト本人のことなどの話題もあって、
と勝手な先入観を持っていたら、内容は返還裁判を中心に、マリア、および家族のユダヤ人としての過去だけ。
どうも、話が一本調子だった。

マリアと夫が、両親に別れを告げ、追うナチスの兵から逃げるシーン。
スリリングでハラハラするけれど、よく考えてみると、現実なら一発で射殺されるんじゃないかな。
やっぱり、実話の映画化と言いながら、映画的だなと少し冷めてしまう。
おまけに、マリアが両親を置いて亡命したことを後悔する。
個人的には当然そうだろうけど、ナチスに対する深い憤りがなければ、映画としての拡がりが閉じられてしまう可能性がある。

マリア役のヘレン・ミレン。
気品があってうまいなあ、どこかで見たなあと思ったら、やっぱり『クィーン』(スティーヴン・フリアーズ監督、2006年)で、
エリザベス女王を演じた人だった。(最近、俳優の名前をとんと覚えなくなってしまったと痛感する。)
逆に、マリアがしっかりし過ぎでないかな、などと余分なことを思ってしまう。

こういう、オーソドックスで会話主体のケチが付けれそうもない映画って、案外早く、印象が薄れてしまうかもしれないな、と思ってしまう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ロスト・リバー』、このつまらない作品を観て

2015年12月08日 | 2010年代映画(外国)
『ドライブ』の主演、ライアン・ゴズリングが監督した作品ということで興味をそそられ、『ロスト・リバー』(2014年)を借りてきた。

経済破綻によって、住人たちがほとんど去ってしまったゴーストタウン。
ボーンズは廃墟だらけの街でクズ鉄を集めながら、なんとか日々を暮らしていたが、生活は苦しくなるばかり。
すでに自宅は差し押さえ寸前で、街を去るか否かの選択を迫られていた。
そんな中、ボーンズの母ビリーは、まとまった金を稼ぐために、怪しげなショーを行う店で働くことを決意。

一方、ボーンズは幼馴染のラットからある噂を聞く。
この街が衰退した原因は、貯水池を造るために街の一部を水の中に沈めた時、
一緒に“あるもの”を沈めてしまったことで、呪いがかけられたからだというのだ。
真偽を確かめようと、湖底の街“ロスト・リバー”を探索するボーンズだったが、それを快く思わないギャングのブリーに目を付けられてしまう……。
( Movie Walkerより)

正直、つまらない映画だった。
脚本が未熟なせいか、話がちょっとも前に進まない。
そればかりか、物語りの背景が安易で、内容が薄っぺらなまま。
だから、観ていると飽きて来そうになるが、映像の思わせぶりにまた期待を膨らませて、最後まで観てしまった。
が、結末は安直な出来。何が言いたいのかわからなかった。
ひょっとして、作り手も訴える方法が分かっていないか、もっと悪く言えば、そもそも訴えそのものがないのか。

たまに、このような中途半端な作品を観ると、良い作品とは何か、と言うことの勉強になる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ドライブ』を再度観て

2015年12月05日 | 2010年代映画(外国)
以前に、『ドライブ』(ニコラス・ウィンディング・レフン監督、2011年)がいいと友人から聞いたことがある。
そしたら今度、違う友人からも是非観るように言われた。
そんなに言うのならと、早速レンタル店で借りて来た。
観出して、主役の男、相手の女性、なぜか見たことがあるなと思っていたら、この作品は二年ほど前に一度観ていた。

自動車修理工の"男"は、映画のスタントマンをしながら、夜に強盗犯の逃走手助けドライバーもする。
ドライバーの腕前は一流なのである。
マンションのエレベーターで、男は可憐な女性と乗り合わせた。
隣りに住んでいるアイリーンである。
ある日、スーパーで買い物をしていると、幼い男の子を連れたアイリーンを再び見る。
彼が買い物を済ませて外に出ると、彼女の車がオーバーヒートしている。
男は、二人を家まで送っていき、話を聞くと、アイリーンには服役中の夫がいるという。
それでもいつしか、男とアイリーンの間に恋が芽生え、二人は親しくなっていく。

一週間後、夫が刑期を終えて出所してきた。
しかし、夫は服役中に多額の借金を作ってしまっていた。
それを聞いて男は、アイリーンのために一肌脱ごうとするが・・・・

ドライバー役のライアン・ゴズリングがクールでとってもいい。
そしてアイリーン役の、憂いを帯びたキャリー・マリガンが無茶苦茶に素敵である。
二人在っての映画。

この二人の関係をベースに、徐々にサスペンスが盛り上がっていく。
そして終いには、バイオレンスだらけの映像に変化していく。

良く出来た映画である。
だが、ロマンチックな恋愛ストーリーを期待なんかすると、奈落の底に落とされることになる。
特に女性の場合、後半過ぎで、もう観るのはいいとなってしまうかもしれない。
それほどバイオレンス場面が強力で、それがまた、とてもいい。

印象強いと思ったこの作品を、私は観たことさえ忘れてしまっていた。
ボケの始まりか。でなければ、加齢による単なる記憶力の低下か。
それとも、劇場より家のテレビ画面で観る方が、作品の印象に対する忘却率が高いということだろうか。
私にはよくわからない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『光のノスタルジア』 と 『真珠のボタン』 を観て

2015年12月03日 | 2010年代映画(外国)
『光のノスタルジア』(2010年)と『真珠のボタン』(2015年)を観た。
チリのパトリシオ・グスマン監督によるドキュメンタリー映画である。

『光のノスタルジア』
チリ・アタカマ砂漠。
標高3,000メートルの高地、空気も乾燥しているため天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まってくる。
だが一方でここは、政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まるピノチェト軍事政権下の弾圧の地でもあった。
生命の起源を求め天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜し、砂漠を掘り返す女性たち・・・・
(Movie Walkerより)

『真珠のボタン』
チリ南部に位置する西パタゴニアは無数の島や岩礁、フィヨルドが存在する。
世界最大の群島と海洋線が広がり、かつて水と星を生命の象徴として崇めた先住民が住んでいた。
その海底で発見されたボタンが、植民者による先住民大量虐殺、ピノチェト独裁政権下で海に投げられた犠牲者たちの歴史を繋ぐ。
(Movie Walkerより)

片や、チリ北部の砂漠で天空の過去からの情報を受け取り、宇宙の起源を知ろうとする天文学者たち。
そして、もう一方の作品は、生物にとって一番大事な水をテーマとして、チリ南部を舞台に追及する。
その両作品に共通するのが、人間の過去についてである。
それは、ピノチェト将軍の政権下で政治弾圧を受け、生き残った人の証言であったり、砂漠で当時の遺骨を探す女性である。
また、先住民が迫害されてきた歴史や、軍政権により殺害された人達が海に捨てられた証言である。

テレビや新聞等で、いろいろと外国についての情報が流れている。
しかし、日本から遠く離れた地球の裏側のこの小さな国のことを、私たちはどれ程知っているのだろうか。
余程、主体的に意識して情報を集めなければ、チリのことは伝わって来ないのではないだろうか。
宇宙と光、水、そして自然のなかの人間。これらのことを、美しい映像で鋭く映し出すこの作品を観て、そう思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする