ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『千と千尋の神隠し』の主題歌、「いつも何度でも」

2017年07月18日 | 音楽
“宮崎駿”について書き留めておきたい。

ビデオデッキ(ベータ版)を始めて購入した時、会社の後輩が『風の中のナウシカ』(宮崎駿監督、1984年)を貸してくれた。
だから、この作品がビデオ再生の第1号で、時は1985年頃だったか。
宮崎駿の名もその時に初めて知った。
それ以後、宮崎監督作品は意識して観るようになり、『もののけ姫』(1997年)や『千と千尋の神隠し』(2001年)は家族みんなで観に行ったりした。

宮崎作品は、映像や、その内容もさることながら、主題歌がまた、内容にマッチしていてやたらとよかったりする。
例えば『千と千尋の神隠し』の場合は、木村弓の「いつも何度でも」。
木村弓の歌がすばらしい。

しかし、同じ歌でもナターシャ・グジーが静かに訴える内容は、今聞いても強烈なメッセージを伴う。
それは、日本が「3.11」を経験し、その後のこの国の流れも見ての、後ろめたさを含めての心の揺れ動かしもあるからか。

(なお、この動画はクリックすることでYouTubeに誘導されます)
ナターシャ・グジー Nataliya Gudziy - Itsumo Nando Demo (Always With Me)


より具体的なメッセージ付きも同時に、YouTubeから貼り付けておこうと思う。
ウクライナ美女が 千と千尋~ 主題歌を熱唱 Nataliya Gudziy sings Spirited Away
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ペレス・プラードの『マンボのビート』

2017年07月09日 | 音楽
20年ほど前のことで、妻の実家に行った時の話。
その市の駅前デパートへ買い物について行ったら、階のコーナーに、ワゴンセールのような形でCDがいっぱい並べてあった。
そのCDをくまなくチェックすると、中に、ペレス・プラードのヒット曲以前を含めた5枚組があった。
いい値段なのでためらったが、妻の了承のうえ買ってしまった。

その中にある一曲、『マンボのビート』。
それはそれはご機嫌な曲で、「トーク・バラエティ番組」でも使用されていた曲である。
これがいつの作品なのか、CDにはそもそも何の解説もなく、よくわからない。
でも聴けばそんなことを忘れて、やっぱりいい。

前回に続いてこんなことを書いていると、映画がおろそかになりそうでまずいかなと思うけど、YouTubeから貼り付けてしまう。
Al compas del mambo
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

懐かしの曲・5〜『セレソ・ローサ』

2017年07月07日 | 音楽

『海底の黄金』(ジョン・スタージェス監督、1955年)という映画があった。

内容は、キューバ沖の海底で、スペインの古い沈没船を発見した潜水夫のドミニクとジョニーが黄金を見つけるという海底冒険もの。
ジョニーの妻テレサは、ジェーン・ラッセル。
監督は、後に『荒野の七人』(1960年)、『大脱走』(1963年)を作るジョン・スタージェス。

この作品を、高校の時にテレビで観た。
これを、どうしても観たくって観たのは、主題曲がペレス・プラードの『セレソ・ローサ』だったため。
今では、作品の内容はほどんど覚えていないが、曲が流れるシーンだけははっきりと覚えている。

当時を思い返してみると、それ以前からペレス・プラードに夢中だったな、と懐かしさが甦る。

Perez Prado - Cereso Rosa
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

懐かしの曲・4〜『デリカード』

2017年07月04日 | 音楽
10代からラテンとイージーリスニングが好きだった。
となると、必然的に「パーシー・フェイス・オーケストラ」にも行き着く。
この楽団の好きな曲はいっぱいあるが、中でも全米ヒットチャート1位になった『デリカード』がとってもいい。
この曲のハープシコード(チェンバロ)が何とも言えない。

しかしこの曲に関しては、にがい思い出もある。
高校1年の時、友人にラテン音楽を聞かせようと、学校に“パーシー・フェイス”と“ザビア・クガート”のレコードを持って行った。
そして、机の中に入れたままにしておいたら、放課後にそのレコードを盗まれてしまった。
まさか、学校で人の物を盗むとは夢にも思わなかったので、ショックは大きかった。
趣味の者には宝でも、興味のない者には無用の物のはずなのに、あれを盗んで、その曲を聞いた感想はどうだったのか。

成人になって、「パーシー・フェイス・オーケストラ」が3度目の来日をした1973年に、そのコンサートを聴きに行った。
生で聴く演奏は、やはり感激そのものであった。
そのパーシー・フェイスも、それから3年後には亡くなってしまった。
それでも、演奏し録音した数々の曲は今後も永遠に残っていくと信じている。

PERCY FAITH`S DELICADO
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

懐かしの曲・3〜『コーヒー・ルンバ』

2017年06月27日 | 音楽
上映されたら絶対行かなくちゃと思っていた作品が、今上映されている。
しかし、どうした訳か映画館に足が向かない。ちょっと、まずいなぁとの意識はある。
そればかりか、DVDで観た作品も途中まで記事を書いて、ほったらかし。

なので気分転換に、懐かしの曲。
やっぱり、アルパと言えば『コーヒー・ルンバ』(ベネズエラ、1958年)。
作曲はホセ・マンソ・ペローニ。そして演奏は、作曲者の甥のウーゴ・ブランコ。

この曲を始めて聞いた時の、何とも言えない新鮮な驚きが今だに印象に残っている。
衝撃と言ったらいいのか。
しかしよく考えると、カバー版の西田佐知子の歌とウーゴ・ブランコでは、どちらを先に聞いたのかは漠然としている。

時は過ぎて、今ではコーヒーの自販機でこの曲が流れたりして、本当に息の長い曲だなとニンマリしてしまう。

下は、YouTubeより拝借。
Moliendo Cafe :Hugo Blanco / コーヒー・ルンバ :ウーゴ・ブランコ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

懐かしの曲・2〜『ひき潮』

2017年05月26日 | 音楽
昨日に続いての、懐かしの曲。
前回がアルパだったので、その関連でハープ曲。
曲は『ひき潮』。
1953年、ロバート・マックスウェル自身の作曲、そして演奏。

Ebb Tide - Robert Maxwell, His Harp And Orchestra
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

懐かしの曲・1〜『カスカ-ダ』(ディグノ・ガルシア)

2017年05月25日 | 音楽
毎年のことになるが、気候が良くなってくると映画から遠ざかってしまう。
観たい作品がないわけではない。
それでも足が向かわなくなるのは、自分としてはやはり良くないことだなと思ったりする。

そんな思いのなか、昔、夢中になった曲がやたらと懐かしくなったりする。
というわけで、今でも持っているレコードの、気になる曲をYouTubeで探してみた。

曲は、パラグァイのアルパ名手・ディグノ・ガルシアの『カスカーダ』。
題は「滝」の意味で、1952年のアルパ(インディアン・ハープ)の大ヒット曲。

Cascada - Digno García


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ハリー・ベラフォンテの『サクラ・サクラ』

2015年10月24日 | 音楽
ブログを書き出して3カ月が過ぎた。
当初、私にとっての映画遍歴を時系列に書こうとやり始めたが、そうなると、どうも収まり切れない話も出てきた。
それに、書きたい映画のことについて、まだ順番が来ていないと据え置いていたりもする。
だから、ちょっと窮屈な思いもしてきたので、基本はそのままにもう少し話題を拡げて行こうと思っている。
と言うわけで、ブログの概要も少し修正してみることにした。

今日午後7時からBSで、盲目のピアニスト・辻井伸行が佐渡裕の指揮でオーストリアでの演奏模様を放映していた。
生憎、中盤からしか見なかったが、後半、辻井を迎えて村の人たちが辻井作品をコーラスした。
そして、『さくら さくら』も歌った。

中学の時の音楽。
歌唱テストがあって、私はオンチのためもあってか歌うとき緊張したりした。
ペーパー・テストはそんなに悪くはなかったけれど、歌のために成績はあまり良くなかった。
だから、今でも唱歌はあまり好きではない。

しかし後年、ハリー・ベラフォンテの歌う『サクラ・サクラ』を聞いた時は驚いた。
余りにも素晴らしいのである。
この曲がこんなにもいいのかと改めてつくづく思い、当時、そのシングル盤のレコードを買った。
これが今でも持っている唯一の唱歌のレコードである。

ハリー・ベラフォンテの「サクラ・サクラ」をYouTubeから貼り付けてみた。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

高校生のころ・5〜フランク・プゥルセルの『急流』

2015年10月20日 | 音楽
高校の頃は、身近に音楽がないと気分も落ち着かないほどだった。
当時、日曜日の正午台に軽音楽のローカル番組があり、番組の最後にリクエスト・アワーがついていた。
このリクエストにメッセージを付けて応募するのが私の楽しみだった。
運よく、ラジオから自分の名と共にリクエスト曲が流れると、私自身が電波に乗って知れ渡り、有名人になったような錯覚に陥る。
その時は、最高のひと時である。

そして、採用されるとシングル盤のレコードがプレゼントされる。
ただ、曲名は送られて来るまでわからない。それがまた、ワクワクドキドキである。
そのようにして手に入れたレコードが現在3枚ある。
『ダイヤモンド・ヘッド/朝日のあたる家』(ベンチャーズ)、『恋心』(エンリコ・マシアス)、『雨に唄えば』(ジーン・ケリー)である。
当時、シングル・レコードは330円(丁度、米価で1ドル)したので、学生の私には貴重な財源として嬉しかった。
あまり嬉しかったので、学生仲間に言いふらし、同級生に「お前の名でリスエストしてやる」と請け負って、投稿してやった。
そしたら、見事採用されたのはいいけれど、その同級生はそんなに興味もなさそうでその番組も聴いていず、
私の気持ちとしてはレコード盤を1枚損してしまった。

このリクエストが採用されるには、リスナー側も一工夫がいる。
誰もがリクエストしそうな曲は避けて、成程いい選曲だと納得して貰う方法でないといけない。
そのような方法で、今でも記憶に残っているリクエスト曲がある。
フランク・プゥルセル楽団の『急流』である。

その『急流』をYouTubeから貼り付けてみた。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

高校生のころ・4〜ペレス・プラードの『ボンゴ・コンチェルト』

2015年10月02日 | 音楽
        ペレス・プラード楽団  「ボンゴ・コンチェルト」のLPジャケット
         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

高校の頃は、ラジオが主体でテレビを熱心に見ることは余りなかった。
ラジオを聞くとしても、洋楽の番組が中心だった。
そんな中、これはいいと強烈な印象を受けた曲がある。
ペレス・プラード楽団の『花火』である。



『エル・マンボ』『マンボNo.5』などは当然知っていたけど、これを聞いて初めてこの楽団を意識した。
余りいいので、この『花火』が入っているLPを買って聴いてみると、どの曲も素晴らしい。
こうなると、遅まきながらペレス・プラードの楽団にのめり込む羽目になった。
このプラードのマンボがラテン音楽を聴くきっかけとなり、「ラテン音楽入門」(中村とうよう著、1962年)も読んでみたりした。
そして、興味は「ザビア・クガート」「エドムンド・ロス」「パーシー・フェイス」等の楽団へ、どんどん広がっていった。

ある日の日曜日、ペレス・プラードの新曲が偶然にもラジオから流れてきた。
『ボンゴ・コンチェルト』という曲名。
17分の大曲である。
ボンゴとコンガの競演。激しくリズミカルに叩き合う熱演。
聞き終わって、これは凄いと一度で気に入ってしまった。
そして、すぐにこのLPを買うために名古屋まで行った。
後は、飽きもせず何度も聴いて幸せ一杯であった。

少し経って、これも大曲の「ブードゥー組曲」(1954年、23′16″)も買い求めたりした。

高校を卒業して少し経った頃、ペレス・プラード楽団の6回目の公演(1967年7月11日)が名古屋中日劇場であることを知った。
早速、プレイガイドへ前売りチケットを買いに行き、求めた席が最前列のど真ん中。一番乗りだった。
当日のコンサートでは、プラードは曲に合わせ、例の”ウーゥァ””アゥァ”と掛け声を入れ、
舞台を所狭しとエネルギッシュいっぱいに動きまわっていた。
そして、5人の女性ダンサーも踊りまくって花を添えてくれた。
私はもう興奮しっぱなしで、時間が経つのを忘れて夢中だった。

15年ほど前に来日した時もコンサートを楽しんだが、プラード本人はとうの昔に亡くなっているため、懐かしさが先に立ってしまった。

下に『ボンゴ・コンチェルト』をYouTubeから貼り付けてみた。
この曲を検索してみると、いろいろな制作年で記事が書いてあったりする。
私が持っているLPは1966年9月のUnitedArtists(日本コロムビア発売)盤だが、ジャケット裏の解説には録音時期等が一切載っていない。
なお、1972年盤は演奏時間が違っていて録音時期が異なる。
そもそもペレス・プラードは、有名曲などは何度も録音していて、
ベスト盤等の場合、同曲でも録音時期が書いてない限り、名演を探すのは非常に難しかったりする。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加