ポケットに映画を入れて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『暴露』 と 『スノーデンファイル』を読んで

2016年09月29日 | 本(小説ほか)
前回からの続き。

『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(グレン・グリーンウォルド著・田口俊樹ほか訳、新潮社・2014年)。

国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)という合衆国の二大情報機関に籍を置いたエドワード・スノーデンは、自身の運命と膨大な最高機密文書を筆者に託した。
稀代の情報提供者の実像と、監視国家アメリカの恐るべき実態がいま、白日の下にさらされる。
権力の濫用によって危機に瀕する市民の自由、そして報道の自由―これはもはや、一国の問題ではない…。
(表紙裏より)

著者グリーンウォルドとドキュメンタリー映画監督のローラ・ポイトラス、それにガーディアン紙の記者ユーウェン・マカシキルが香港に旅立つ。
Eメールによるスノーデンからの接触は、それ以前からあり、その経過が詳しく述べられている。
そして、いよいよスノーデンとの対面。
その過程が、サスペンス小説以上の緊張を伴う。

スノーデンは、グリーンウォルドが想像していたよりも随分と若い。
彼の言葉でまず最初に驚くのは、携帯電話は電源が切ってあっても監視でき、冷蔵庫に入れるか、持って来てはダメだということ。
要は、国家はその気になれば、どんな相手だろうがどのようにも監視ができるということ。
セキュリティ対策、という言葉がしらじらしいほどのIT社会。
スノーデンの話は、信じがたい内容を次々と暴露し、暗澹たる思いにかられる。
そしてこれは、米国とか英国だけの話だろうかと、ふと疑問に思う。

グリーンウォルドは、第3章でスノーデンが託した収集ファイルの内容を提示し、
続く章で、監視の害悪、そしてメディアが政府の操り人形となっていることに痛烈に論評する。

この本に書かれている事実の詳細を、いちいち述べるのはやめておこうと思う。
自ら読んだ方がよっぽど内容に説得力があり、かつ、これは万人の必読書だと思うからである。



『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』(ルーク・ハーディング著・三木俊哉訳、日経BP社・2014年)。

情報機関による電子通信傍受は、主に9・11テロ後の政治的パニックのおかげで、もはや手のつけられない状態になっていることがわかる。
法的な縛りを逃れ、アメリカを安全にしようと躍起になったNSAと、その兄弟分である英政府通信本部(GCHQ)は、「インターネットをマスター」すべく手を尽くしている。
その結果、世界はスパイ天国と化した。
グーグル、スカイブ、携帯電話、GPS、ユーチューブ、Tor、Eコマース、インターネットバンキングなど、
個人の自由や民主主義に資すると喧伝されたテクノロジーは、『1984年』の著者、ジョージ・オーウェルも真っ青の監視マシンへと変貌している。
(序文より一部抜粋)

この『スノーデンファイル』は、当然のごとく『暴露』の記述とダブった内容となっている。
しかし、『暴露』が個人による視点からであるのに比べ、こちらはスノーデン自身のことについても掘り下げた、いわゆる、やや週刊誌的な記述方法である。
だから、このスクープ記事に対して、客観的な拡がりも感じられる。
もっとも、著者であるルーク・ハーディングは、ガーディアン紙の海外特派員でもあるから、ガーディアン紙のこと、英政府通信本部(GCHQ)の記述も多い。
それが、ちょうど『暴露』を補完する形となって、この二冊によって、記事内容に深みが増してくる。

来春に映画『シチズンフォー』(ローラ・ポイトラス監督、2014年)がDVDレンタルされるはずである。
その時は、再度この映画を観てみようと思う。


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『シチズンフォー スノーデンの暴露』について

2016年09月23日 | 2010年代映画(外国)
この6月に、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞作の『シチズンフォー スノーデンの暴露』(ローラ・ポイトラス監督、2014年)を観に行った。

2013年6月3日、ドキュメンタリー映画の監督ローラ・ポイトラスは、ハンドルネーム“シチズンフォー”の求めにより、
旧知のジャーナリスト、グレン・グリーンウォルドとともに香港へ向かった。
ホテルで二人を待っていたのは29歳の元CIA職員エドワード・スノーデン。
彼の語る一部始終をローラのカメラが記録する中、驚くべき真実が明かされてゆく。
6月5日、グレンは彼が契約していた英国紙ガーディアンに最初の記事を掲載する。
そのスクープはたちまち大反響を巻き起こした・・・
(公式サイトより一部抜粋)

世界を驚かす告発内容を、本人からじかに聞きだす記録映画ということで、気を引き締めて観だした。
しかし、どうしたことか、前日の寝不足がたたってか、字幕を読んでいるうちに、ついウトウトとしてしまった。
それが最後まで続いてしまったから、これでは内容がうまくつかめない。
自分にとって、これは重要だと思って観にいった作品だから、このままでは納得がいかない。

というわけで、『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(グレン・グリーンウォルド著・田口俊樹ほか訳、新潮社・2014年)と、
『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』(ルーク・ハーディング著・三木俊哉訳、日経BP社・2014年)を買って読んでみた。

(本のことは次回にしようと思う)
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『火の山のマリア』を観て

2016年09月22日 | 2010年代映画(外国)
少しずつでも、またブログを書いていこうと思う。
ただ、気持ちを新たにするため、ブログタイトルとハンドルネームを変えてみることにした。
というわけで、最近DVDで観た『火の山のマリア』(ハイロ・ブスタマンテ監督、2015年)について。

マヤ系先住民の一家の物語。
場所は、古代マヤ文明が繁栄したグアテマラの火山付近の高地。
17歳のマリアは、両親の農業を手伝いながら暮らしている。
住んでいる土地は借地で、農作物が収穫できなければ追い出されてしまう可能性もある。
そこでマリアの両親は、土地の持ち主でもあり、コーヒー農園の主任のイグナシオにマリアを嫁がせようとする。
相手のイグナシオは妻に先立たれて、3人の子供たちを働きながら育てている。
彼の両親も含め、みんながこの縁談に乗り気だが、ただひとりマリアだけは気乗りしない。

マリアは、コーヒー農園で働く青年ペペに心を寄せている。
ペペは、憧れのアメリカに行って働きたいとの希望をもっている。
マリアは、自分も一緒に連れて行ってほしいと頼む。
連れて行く条件として、ペペはマリアに処女を捧げてくれたら、と言う。
彼女は悩んだ末にペペに身を任せる。
しかしペペは、約束の夜、ひとり旅立ってしまって・・・

グアテマラの劇映画はこれが日本では初の作品ということで、やはり珍しくて興味深い。

その自然に囲まれた暮らしは、どちらかといえば原始的な雰囲気が漂っている。
両親は、畑の中の蛇に悩まされている。農薬も野焼きも効かず、蛇を駆除しないと種まきが出来ない。
そんな生活の中で、マリアが妊娠する。母親がそれに気付く。
破談になれば、この地を離れなければいけないことを恐れる母親は、いろいろと流産する方法をマリアに試させる。
しかし、それも失敗し、マリアのお腹はいよいよ大きくなる。
覚悟を決めた母親は言う、「この子は生きる運命にある」。

大地と生命。
素朴な暮らしの中に根付いて垣間見える生命力。
父親にも、とうとう知らせなければいけない時がくる。
意外なのは、家父長制度かと思いきや案外そうでもなさそうである。
どちらかと言えば、母親の方がしっかりしていてたくましい。

ある事件がマリアに起きて、イグナシオにも妊娠がわかってしまう。
そのイグナシオがしたことは・・・
悲しいかな、マリア一家は現地語しか話せず、公用語のスペイン語がわからない。
作品の底辺に流れているテーマは、さりげなくってほとんど見落としてしまう程だけど、貧困と無教育。
マヤ系先住民たちもこのような暮らしが当然のような感じで、社会的意識が芽生えているのかどうか。
映画は、そこの辺りは強調せず現実だけを切り取る。

この作品は見方によっては、退屈でつまらないと感じるかもしれない。
特にアメリカ的娯楽作品を好んで楽しむような人は、そう思うかもしれない。
しかし、よく考えてみると、まさしくこのような作品が映画の原点だったじゃないか、と思う。
いろいろな国の映画作品を観て、その国の人々を知ること。
私にとって、観客におもねいた娯楽作品よりも、このような作品を観る方がよほど楽しい。
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合掌

2016年09月18日 | 社会一般
8月19日に記事に書いた杉山千佐子さんが亡くなられた。
杉山さんは、名古屋で「全国戦災傷害者連絡会(全傷連)」の会長として、民間戦争被害者を救済する援護法制定運動に取り組んだ方。
101歳。
合掌
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