伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

張本発言はそんなに悪いか?

2021年08月20日 | エッセー

「女性でも殴り合い好きな人がいるんだね。どうするのかな、嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って、こんな競技好きな人がいるんだ。それにしても金(キン)だから、“あっぱれ”をあげてください」
 「女性でも」と「こんな競技」がいけない。SNSは炎上し、日本ボクシング連盟は女性及び競技への蔑視であるとして抗議文を出した。
 発言の主は張本勲氏、今月8日、「サンデーモーニング」でのことであった。稿者も見ていた。蔑視よりもむしろ賞賛と受け取った。だって、“あっぱれ”進呈だったのだから。それに前の森五輪組織委会長のようなマウンティングの異臭はなかったし、いつも通りの真面目な口振りだった。
 内田 樹氏はこう言う。
〈ハラスメント的発言をする「加害者」の側は、これは例外なくコミュニケーション能力が低い人たちでした。なにしろ自分の言葉が相手にどう受け止められて、どう解釈されるかについてほとんど想像力を働かせないんですから。でも、同時にハラスメント「被害者」もしばしばコミュニケーション能力に問題を抱えている人がいます。自分に向けられた言葉に複数の解釈可能性があるときに、「自分にとって一番不愉快な解釈可能性」をなぜか自動的に選択する。どうしてわざわざそういうことをするのか、「侮辱に対する感受性が高い」ということを社会的な意識の高さであり、一種の能力だと思っているのかも知れません。〉(「日本の覚醒のために」から抄録)
 「『自分にとって一番不愉快な解釈可能性』をなぜか自動的に選択する」場合が稿者にもある。それを常とする人もいる。内田氏は「『侮辱に対する感受性が高い』ということを社会的な意識の高さであり、一種の能力だと思っている」と推するが、そのものズバリであろう。
 一時代前までは受け手の「虫の居所」で済んだ話だ。オリンピックのゴタゴタで羮に懲りて膾を吹いたのか。張本氏といえば、日本プロ野球初の3000安打達成をはじめとする数々の大記録保持者すなわち球界の勲(イサオシ)である。だが、今や齢81の爺さん。開けて通してやればいいではないか。稿者なぞ市井の民草にとってはそれこそが「一種の能力」だと心得ている。
 ついでに言うと、実姉の小林愛子さんは名うての反核運動家であり被爆者語り部。核兵器廃絶を求める「ヒバクシャ国際署名」に取り組み、たった一人で3481名の署名を集めた。弟の3085本の安打最多記録を目標に取り組んだ結果だそうだ。両人ともヒバクシャ。今、弟も語り始めた。
「赤いんだよ。赤かったのを覚えている」
 ガラスが突き刺さった母の背から滲む血の色をそのニオイを片時も忘れない。そんな氏が人権に無頓着なはずはないではないか。にわか意識高い系は姉弟の爪の垢を煎じて飲んでみてはいかがか。 □