伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

再び、かちあげ 禁止に!

2016年10月03日 | エッセー

 あまり、いや、ほとんど語られていないことだが、豪栄道快挙の裏には忘れてはならない惨苦があった。以下、本年5月28日のサンスポを引く。
〓豪栄道 顔面骨折
豪栄道、顔面骨折していた・・・夏場所12日目の白鵬戦で負傷
大相撲五月場所(夏場所)12日目、白鵬の右手が豪栄道の左目にヒット=両国国技館(撮影・小倉元司)
 大相撲の大関豪栄道(30)が左眼窩(がんか)壁を骨折していることが27日、分かった。現在、東京都内などの複数の病院で検査を受け、手術を含めた今後の治療方針を決める。
 豪栄道は19日の夏場所12日目に横綱白鵬(31)と対戦。立ち合いで左目付近に白鵬のかち上げを受け負傷。同日夜に病院で診察を受け、骨折が判明した。だが、勝ち越していなかったため、師匠の境川親方(53)=元小結両国=と協議の上、千秋楽まで土俵をまっとう、9勝6敗で場所を終えた。
 関係者によると28日の元関脇若の里(39)=現西岩親方=の「引退相撲」は土俵入りだけ参加。取組は回避する。境川親方は7月の名古屋場所(10日初日、愛知県体育館)について、「(現時点では)出場へ向け最善の努力をする」と話した。〓
 「最善の努力」の甲斐あって出場はしたものの名古屋場所では負け越し、角番で今場所を迎えることとなった。だから、快挙は生半ではない。特大の称讃に値する。なにかを慮ってか、この一件を語らないマスコミは実に変だ。公平を欠き、卑怯でもある。
 上記の12日目は5月19日で、奇しくも同日『かちあげ 禁止に!』と題する拙稿を上げていた。その一番は観てはいただろうが、それほどの大怪我とは知る由もなかった。なんらかの暗示を受けていたのかもしれない。抄録する。
<反則負けになる禁じ手は規則で定められている。──握り拳で殴る。髷を掴む。前たてみつを掴んだり横から指を入れて引く。胸、腹を蹴る。など──である。話はかち上げだが、初めの「握り拳で殴る」と如何ほどの違いがあるのだろうか。使いようによって肘は「握り拳」と同等の破壊力を持つ。いな、それ以上かもしれない。限りなく禁じ手に近い。いっそこの際、「本来のかち上げではないと断じ得る」エルボー紛いのかち上げは禁じ手にすべきではないか。いやむしろ当今の大型化した関取の体格変化に鑑み、かち上げすべてを禁じ手にしてはどうか。頸から上だけは鍛えようがないからだ。このままかち上げが野放しになるなら、大相撲本来の偉丈夫が激突するど迫力や小よく大を制する技の妙味が後退し、急所狙いの安っぽい格闘技に成り下がってしまう。>
 ある空手家は次のように指摘する。
◇打撃力はスピードと重さに比例する 
◇体重が直接打撃に伝わる 
 そのため、肘の打撃力は膝蹴りの十倍以上になる。
◇距離が短く見にくい
◇腕でブロックしても肘の打撃には負ける
 そのため、防御が困難。
◇脳への打撃、神経が集中する部位への攻撃は危険すぎる。
 空手でさえそうだ。たとえ土俵上であっても、意図的にこれを使うとすれば傷害の罪に当たるといえなくもない。
 内田 樹氏と中沢新一氏が対談『日本の文脈』(角川書店、12年刊)で、相撲についておもしろい見解を述べている。
<内田:朝青龍はモンゴルの人ですから、あの人の相撲は格闘技なんですよね。そこが違ったんじゃないかな。相撲は格闘技じゃないですよ。他者との出会いをめぐる神事であり、伝統芸能であり。
中沢:プロレスでもK-1でもそうだけど、格闘技では選手の個体性がくっきりしている。でも、相撲の場合は「なんとか山」とか「なんとか海」とかでしょう。
内田:あ、そうですね。神風とか朝潮とか、名前が自然現象ですもんね。
中沢:フランス語で「なんとか・ドゥ・ブルゴーニュ」とか言うのと同じでしょう。
内田:ドイツ語の「なんとか・フォン・どこそこ」とか。
中沢:地名の前に自分の名前をつける名乗り方って、「土地の地霊の代表者としてやってますよ」ってことで、個体性はなくなる。神社に奉納する相撲は完全に儀礼ですね。山とか川とか風とか、自然現象同士が取り組む。>
 「格闘技じゃない」のだから、格闘技でさえ躊躇するかち上げは封じるべきだ。奉納の名に悖り、儀礼の格式をも台無しにする凶行だ。ぜひとも、かちあげ禁止に! 日本相撲協会の良識に期待したい。
 さらに、「名前が自然現象」とは膝を打つ視点だ。「土地の地霊の代表者として」「自然現象同士が取り組む」のが相撲の祖型ということか。四股名は古代の国見に通じ、土地の美を賦詠する意義も含むとみていい。ところが、当今は「なんとか・ドゥ・ブルゴーニュ」が減った。「土地の地霊の代表者」が少なくなり「個体性」が露わになったはずだが、その割には個性的な取り口が影を潜め取り組み以外でのパフォーマンスが目立つ。遠藤や髙安も早く四股名を名乗って、「なんとか・フォン・どこそこ」を闡明にした方がいい。でなければ、ブレークスルーは遠のくかもしれない。
 四股名は元「醜名」であった。醜男(シコオ)の醜、醜いではなく逞しいの謂だ。やがて四股と合体した。してみると「豪栄道」は土地の匂いはしないまでも、醜名にはよほど近い。
 「一年を二十日で暮らすよい男」と詠われた江戸の世、落語『佐野山』で人情相撲が伝わる横綱谷風梶之助がいた。優勝21回、63連勝の大記録を誇る、これぞ並ぶ者なき正真のレジェンドである。この横綱谷風が身長188センチ、体重160キロであったそうだ。片や、豪栄道は身長183センチ、体重160キロ。なんと、ほとんど同じだ。これを偶然の一致にしておいてはもったいない。まさか人情相撲は望む可くもないが、“へんてこりんな横綱”から受けた深傷を越えて掴んだ栄冠は桟敷の人情を大いに揺さぶる。『ダメな大関』をとっとと返上して、さあ、綱取りだ。 □