うなぎの与三郎商店

目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、教育・古典など。タイトルは落語「うなぎ屋」より(文中敬称略)

オトナ帝国のドリフ

2021-12-29 21:00:00 | 随想 社会・文化私論

【オトナ帝国のドリフ】

《年末特番で見た「志村けんとドリフの大爆笑物語」や、はるか昔に見た映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」のことなど》

 「志村けんとドリフの大爆笑物語」(12月27日(月)21:00~23:03放送、フジテレビ)を見た。ドラマのエンディングにあった長さんの言葉——「今思えば、この志村だけが、本格的なコメディアンの才能をそなえていたのかもしれない」(『ダメだこりゃ』新潮文庫、2003年、158頁)。そのことを自分もずっと前から思っていたし、また書いたこともある〔注〕。

 ドリフには、コメディアンとして志村と長さんの力量の差が歴然とする臨界点があったと思う。 もっと端的に言えば、コメディアンとして圧倒的な才能と技術と実績を持った志村から、長さんが完全に振り切られ、存在が脅かされるような臨界点。

 その点で、加トちゃんには長さんの存在の根底を脅かすような凄みはなかった。加トちゃんは長さん及びドリフの枠組みの中で活躍していたし、子どもの頃の自分はそんな加トちゃんやドリフが好きだった。

 以前、Amazonプライムで松竹映画『全員集合!!』シリーズ全16作見る機会があった。シリーズ初期のがらっぱちで最低最悪な長さんが好きだった。これがシリーズ後期になると、テレビ(「8時だョ、全員集合」)の人気に便乗したギャグや流行語が盛り込まれたつくりになって、ストーリーのおもしろさがが半減する。

 それはそうと、注さんのいた頃のドリフ、映画の中のドリフには、長さんの末恐ろしい魅力と魔力があるように見えた。この人はこの後どこまで突き抜けていくのだろう。それはちょうど、狩撫麻礼&たなか亜希夫『迷走王ボーダー』(双葉社)の蜂須賀と二重写しになるところがあった。

 それほどまでにいかりや長介とザ・ドリフターズの世界はできあがっていた。だから、そんな長さんとドリフの枠組みを劇的に変容させた志村には、長さんにもない凄み、才能があったのだろうと思う。

 ところで、映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」(東宝、2001年)には、「20世紀博」というノスタルジー博覧会にスポイルされる大人世代が描かれている。次世代の育成というジェネラティヴィティを放棄・喪失した大人(親)たちである。

 しんちゃんの両親「ひろし」も「みさえ」もそのひとり。彼ら/彼女らを幻想の世界から引き戻すべく活躍するのは、しんちゃんをはじめとする未来世代の子供たちである。

 はじめて「オトナ帝国」の映画をテレビ放送で見た時、子ども向けだと思って気楽に眺めていた私は途中から目が離せなくなった。「20世紀博」のそこはかとない懐かしさ、そこに吸引される大人たち(親世代)の姿——私もそうしたノスタルジーの世界や登場人物たちに感化され同化した、というのではない。

 むしろ、映画を見ている間、もどかしさといらだちにとらわれていた。率直に言うと「それはウソだろ」という感覚。ノスタルジーをそこはかとなく演出するならまだしも、これ見よがしのノスタルジーと、それに同一化する登場人物たちを見せつけられると、「明らかにウソだろ」と醒めた感覚が先に立つ。

 1960年代後半に生まれた私の家には、確かに白黒テレビがあった。そこにはウルトラマンも仮面ライダーもいた。二槽式の洗濯機、炊飯器、保温釜、五右衛門風呂などもあることはあった。そしてもちろん、ドリフも。しかし、映画の中で核となっていた東京五輪やアポロの月面着陸や万博は記憶にない。物心つくのがタッチの差で遅れた。

 だから、「オトナ帝国」のノスタルジーのド真ん中の住人として、その時代・世相から多大な影響を受けながら育ったと主張するには無理がある。もし当時の「世相」と「自己」を同一化させるなら、何らかの操作——個人史の偽造・偽装が必要になる。

 「昭和」を懐かしいと思わない人は幸運だと思う。ドリフのコントがつまらないという人を羨ましく思う。なぜなら、「オトナ帝国」の神話、魔の手から解放されているから。偽造も偽装も必要ない。

 でもそれは、たぶん偶然(時代・場所)のおかげ。ノスタルジーランドはいつでもどこでも、あの手この手で足もとをすくいに来る。

〔注〕

「ババンババンバンバン」2012-04-23

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