歌舞伎『塩原多助一代記』を、東京千代田区にある国立劇場で見てきました。
私は演劇を特に専門に研究しているわけではありませんが、文学・映画・テレビドラマなどを含めたフィクション研究者ですので、演劇にも関心はあります。今回は、私の勤務する中央大学の国文学会という組織でおこなわれた「観劇会」として、学生や大学院生と一緒に、この歌舞伎を見てきました。
『塩原多助一代記』は、江戸時代に実在した豪商の出世成功話です。明治の著名な落語家・三遊亭円朝によって高座にかけられ、それをもとに三代目河竹新七が歌舞伎化しました。1882年(明治25年)に東京歌舞伎座で初演されました。
この作品は、明治になってからの歌舞伎ということで、明治的な性格を強く備えています。
明治という時代は、それまでの「士農工商」の身分制度が撤廃され、能力によって高い地位への出世と成功が可能になった時台でした。もちろん、そうした願望がかなえられるのはほんの僅かの場合であって、立身出世の夢に破れた多くの若者たちがいたことも事実です。
とはいえ、立身出世の夢を持った多くの若者たちがいたことも事実であり、『塩原多助一代記』は、そのような時代を背景に人々に受け入れられたのでした。
この『塩原多助一代記』は52年ぶりの上演、しかも「通し狂言」としては83年ぶりの上演だそうです。どうしてこの時期に再演されたのかはわかりません。ただ、こうした明治の立身出世観にもとづいた痛快で人情味のある一代記が、あまり明るい話題のない現在の世相の中で、もう一度求められたのかもしれません。
一緒に見ていた学生や大学院生たちの感想でも、「わかりやすかった」「楽しい」「歌舞伎ってもっと難しいと思っていた」という声が聞かれました。三津五郎と橋之助がそれぞれ二役を演じるのも興味深いところでした。
こうした楽しめる歌舞伎作品が復活し、それを楽しめたことはとてもよかったと思います。