フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



(写真は劇場のネオンが輝く夜のブロードウェイ)

 しばらくブログを更新していませんでしたが、さぼっていたわけではなく、実はワシントンとニューヨークへ出かけていました。それに関するメモの第一弾が今回のミュージカル 『ビリー・エリオット』 です。
 文学研究者として、小説だけでなく物語全般に興味を持ってはいましたが、ミュージカル好きになったのは、1995年に在外研究でロンドンに半年滞在したことがきっかけでした。このときにロンドンの劇場街(ウエストエンド)で多くの作品を見、それ以来ミュージカルにはときどき出かけています。
 ただし、ロンドンにはその後も何度も出かけてはいるものの、ニューヨークの劇場街ブロードウェイへはまだ行っていませんでした。今回はそのブロードウェイへ行くことができたので、この機会に2本のミュージカルを見てきました。そのうちの1本がこの『ビリー・エリオット』(Billy Elliot)です。
          
 この作品は同名の映画を舞台化したもので、映画の日本名は『リトル・ダンサー』でした。前回のブログ記事 「映画『リトル・ダンサー』を見る」 は、ブロードウェイで『ビリー・エリオット』を見るための準備でもあったというわけです。
 ブロードウェイのインペリアル劇場で見たこの作品は、平日午後の舞台にもかかわらず観客は満員。反応も上々のようでした。一応は物語研究者でもある私の主な関心は、映画原作の作品をどのように舞台化するかという点でしたが、この点でも多くの興味深い作りがあって、私も満足できた舞台でした。
 たとえば、ミュージカルの傑作『オペラ座の怪人』などは、ミュージカルが先にあってそれが映画化されましたが、今回のように映画が先で後からミュージカルになるという場合もあります。その際には、「原作映画のイメージを壊してほしくない」「原作をそのままなぞっていたらつまらない」という相反する願望の葛藤を経験することになります。
 この点で考えてみると、この『ビリー・エリオット』というミュージカルはその両方の願望をうまくすくい上げているという印象がありました。
 まずストーリー展開の面では、ミュージカルは映画のストーリーをほぼ忠実にたどっています。この点は、私の前回のブログを参照してください。
 その一方で、「舞台ならでは」「ミュージカルならでは」の工夫もあちこちに見られました。たとえば、炭坑で働く人々のストライキや抗議活動とそれを取り締まる警官隊とのやりとり。これに関しては、舞台は映画のリアリティに到底かないません。その代わりに舞台では、炭鉱労働者たちと警官隊に合唱させながら踊らせるという演出をとっています。炭坑労働者たちと警官隊が合唱するなんておかしなことなのですが、そこに「Solidarity!Solidarity!Solidarity, forever!」(団結だ!永遠に団結だ!)と大合唱することによって、炭鉱労働者も結束して抗議活動をおこない、警官隊もまた一致してそれを取り締まるという不思議な結束感とハーモニーを形成するという仕掛けがなされているのでした。
 また、映画ではビリーの家族だけの寂しいクリスマスだったのが、舞台ではビリーの父親が周囲に促されて自分の人生を振り返るような歌を歌います。ほかにも、映画には具体的に登場しない(実は背景として重要な)サッチャー首相が人形になって出てきたり、やはり映画には登場しないビリーの死んだ母親が思い出となってビリーの前に姿をあらわしてビリーと一緒に歌ったりと、ミュージカルならではの場面がちりばめられています。そんなところに、映画にはない工夫が見られ、「映画通り」「映画と違う」の両方を期待する矛盾した願望にうまく応えてくれていたように思いました。
 さらにもう一つ言うと、中心を演じるビリーとその友人マイケルを演じる役者の巧みさにも驚かされました。子どもが主役のミュージカルと言えば、過去にロンドンで『オリバー』などを見たことがありますが、『ビリー・エリオット』はダンスシーンなどが多くて、『オリバー』以上に子役の負担が大きいミュージカルです。
 ビリーとマイケルにはそれぞれ3人の役者がいて交代に演じていて、私が見たときにはビリーをTrent Kowalikが、マイケルをDavid Bolognaが演じていました。他の役者を見ていないので比較はできませんが、2人とも素晴らしい演技で観客をおおいに沸かせていました。
          
 私は、映画のラストシーンがとても好きなので、ミュージカル版では終わり方が変わっているのは少し残念ではありましたが、これはまあ好みの問題というべきでしょう。それに、舞台は舞台で華やかな終わり方になっていて、それもまたミュージカルならではの楽しい場面ということができます。
 というわけで、ミュージカル観劇をおおいに楽しむことができたブロードウェイ・インペリアル劇場でした。



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