鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

至福の一時

2007-01-30 23:42:36 | 猛禽類
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All Photos by Chishima,J.
コミミズク 以下すべて 2007年1月 北海道十勝管内)


 フィールドに通っていると、たまに絶望的に巡り合わせの悪い日がある。こちらが何かを探し出そうとあがけばあがくほど何も出ない。先週のある日も、そんな1日かと途中まで思っていた。秋冬は波打ち際で採餌することもあるネズミイルカの姿を求めて、目を皿のようにして海面を見続けるも現れる気配は一向に無く、快晴の眩しい陽光に照らされた海を凝視した目は無駄に疲弊するのみ。
 これは駄目だと見切りをつけ、正月にケアシノスリを見た場所へ移動する。しかし、出てくるのはノスリばかり。風も無く穏やかで暖かいが、それが災いしてか港に海鳥の姿は少なく、僅かにいるのも距離が遠くて観察のモチベーションは上がらない。
 「ガソリン代の無駄遣いだったかな…」。昼過ぎにはテンションは下がりきって、既に帰りたくなっていたが、この付近ながら最近足の遠のいていた海岸のあったことを思い出し、最後に寄ってみることにした。途中、道路端に小鳥の姿を認め、一瞬胸ときめいたがベニマシコの雌であった。本来は夏鳥だが、少数は越冬している。今年は雪が少ないせいか、方々で姿を目にする。少ない積雪は夏鳥をして南に移動させる気を奪うようで、12月にはモズ、正月明けにはヒバリまで見た。真冬のヒバリは滅多に無いことで、珍鳥ではないかとあれこれ詮索したが、どう転んでもヒバリであった。
 そんなことを思い出しながら辿り着いた海岸もまた、鳥の影は薄かった。「もう帰ろう…」。そう決意した時、1キロほど先でカラス大の鳥が舞い上がるのが一瞬見えた。動きが猛禽類ぽいが、今日の不運を考えるとどうせ大したものではあるまい。とは言え、折角来ているのだしと自分を奮い立たせ、半信半疑のまま、海岸線の悪路に車を進めた。
 数分後、先ほどの場所から再び舞い上がった鳥は、久しぶりに見るコミミズクであった。一気にテンションは上がり、距離があるもののカメラを向けていたが、ふと何か「殺気」を感じた。ファインダーから目を離すと、目の前を別のコミミズクが飛んでいる!慌ててカメラを向け直し、追う。時折こちらを見ているような素振りはあるものの、あまり人を恐れる気配は無い。と、その背後からもう1羽、コミミズクが飛んで来るではないか!これはどうしたことだ?緊張と興奮に包まれた自分は錯乱してしまったのか?


海岸を飛ぶコミミズク
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突如目の前に現れたコミミズク
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2羽が隣り合って飛翔(コミミズク
手前の草原の上を飛んでいるもののほか、海を背景に飛んでいるのも本種。
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 事態を理解するのに少々時間を要したが、周辺の中でも風の影響か、とりわけ雪の少ないこの一角には5羽前後のコミミズクがおり、それらが代わる代わる狩りをしていたのである。その後の1時間弱は、私とコミミズクたちだけの至福の一時であり、あっちでふわふわ、こっちでふわふわ、視界の片隅には常にコミミズクという贅沢な時間であった。コミミズクは、独特のふわふわした飛び方で地上すれすれを舐めるように飛び回っては、獲物を見つけると素早く方向転換した後に急降下し、草の中に姿を消した。また、ホバリング(停空飛翔)も頻繁に観察された。もっとも、成功率は決して高いとは言えないようで、大抵は急降下の直後にその場を離れていたが、中にはしばらく出て来なかったり、ネズミ類をその太くて短い足に掴んで飛び立つ幸運かつ優秀な個体もいた。


地表近くを飛翔(コミミズク
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急降下(コミミズク
角度を付けて、一気に飛び込む。
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ホバリング(コミミズク
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成功者(コミミズク
影になってわかりづらいが、足にはネズミ類が握られている。
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 不運の一日は一転し、今までで一番濃厚なコミミズクとの出会いを堪能でき、フィールドに出れば必ず収穫のあることを、再認識させられた午後であった。翌日も同じ場所を訪れたが、風がやや強かったせいか、コミミズクの姿は無かった。どうやら、前日の無風快晴という狩りの飛翔にはもってこいの条件が、まだ陽の高い日中に何羽も飛び回る状況に繋がったようだ。付近で1羽を観察できたが、あまり飛び回らず杭等に止まって周囲を見回している時間が長かった。こちらも風の影響と思われる。


杭の上で(コミミズク
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 本州では、コミミズクは10月か11月に渡って来てそのまま越冬生活に入る印象が強いが、十勝地方ではその時期に見ることは少ない。12月から1月頃にかけて徐々に姿を現し、積雪の少ない原野等では今回のように複数羽が観察されることもある。その後積雪の状況に応じて移動するようだが、1ヶ所に長期滞在することは少ない気がする。
 帯広は週末から断続的な雪が続いている。所々地面が見えていたあの海岸も、いつもの冬どおりの雪原と化したはずだ。そして、コミミズクたちはより快適な越冬地を求めて、更に南を目指していることだろう。


砂丘上を飛翔(コミミズク
フクロウ類の中では昼間にも活動することの多い種類だが、ここまでの青空の下で見ると妙な新鮮みを覚えた。
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(2007年1月30日   千嶋 淳)