「あたし、シャワー浴びてきていいかしら」
ワインに頬を染めた陽子ちゃんが浴室に入っていきました。
あはあはっ、この展開、昨晩思い描いたそのまんま、夢みたいです。
今朝早く、妻が旅行に出掛けていきました。
「留守の間、飲みすぎちゃダメよ」
「わかってるって」
「長袖はタンスの上から三段め・・・」
「おいおい、亭主の心配はやめて羽根を伸ばしといで」
家が静まったのを確認、早速、陽子ちゃんに電話しました。
「え?自宅?ウフフ、いいわよ」
そんなわけで今、ほろ酔いの陽子ちゃんはわが家の浴室でシャワーを浴びちゃってるわけです。
そのとき。カチャリ。玄関ドアを開ける音。
「あなた、ゴメンナサイ。忘れ物~」
ドッヒャー!妻が。
どどど、どうしよう。
ワインやらツマミやら隠す間もなく、妻がリビングに入ってきました。
「もう、あなたって人は」
「め、面目ない」
ワインボトルをテーブルに置きます。
「で、忘れ物って?」
「肝心の旅行チケット、クローゼットに置いたまんまだったのよ」
「アハハ、そそっかしいなあ」
「あれ?ないわ。もしかして浴室?」
「よ、浴室ならボクが取りに・・・」
そのときです。
何も知らない陽子ちゃんがバスタオル一枚の姿で、髪を拭き拭きリビングへ。
ああ、万事休す。
「これはその、何かのまちがいっていうか・・・」
「正彦さん、まちがいって?」
え?おや?
リビングには、陽子ちゃんしかいません。妻は?妻はどこに行ったんでしょう?
そっか、チケットを探して別室に。
「困ったことになったんだ。今日はすぐに帰って。この埋め合わせは必ずするから」
「なんなんですか、それって」
「だからその、妻が帰ってきちゃったんだよ」
陽子ちゃんの顔つきが見る見る変わります。ヤ、ヤバイ。
「正彦さん、奥さんは去年亡くなったんじゃないんですか?」
え?そんなはずは。
「二人で旅行してたとき、不慮の事故で亡くなったって言ってたじゃないですか」
激しい頭痛に襲われ、ボクは頭を抱えました。
「し、しっかりしてください」
ああ、なんということでしょう。
ボクは亡き妻を裏切るうしろめたさから、妻の幻影を見ていたんです。
亡き妻を恋い焦がれるあまり、妻が生きているものと思い込んでしまっていたのです。
ああ、許してくれ、わが妻よ。
ポカリ。
いきなり頭を叩かれて、ふり向くと鬼のような形相の妻が。
イタタタ。
どうやらこれは幻影でも幽霊でも、夢ですらないらしい。
万事、休す。
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おはようございます。
ボクは・・・
生きています。
もうダメかと思ってサヨナラ宣言しておきながら、なんかのうのうと元気に生きてるんです。
パソコンのこととはいえ、フツーに生きながらえているのがお恥ずかしいくらいに元気。
結論を言いますと、『BIOSの更新』をしただけで復活しました。
1年半しか使ってないのに、まさかアレコレの致命的不調の原因がソコだったとは・・・。
まだ確実ではないので一週間くらいは様子見ですけど、とりあえずBIOS更新以来ちゃんと起動しています。と言うか、ここ数ヶ月の不調が解消されて作ったころくらいに好調っぽい・・・。
しばらくオヤスミのつもりで慌てて予約投稿までしていたので拍子抜けしちゃってます。
haruさん、りんさん、もぐらさん、ご心配おかけしました。
そしてコメント書かずとも見守ってくださった方々にもペコリ。
あらためて言います。
ボクは元気で~す!!
ママさんがひとりでやっていたスナックは、駅裏の飲み屋街から外れたテナントビルの片隅にあった。盆暮れのかきいれどきですら、客はボクひとりという店だった。
ドアを開くと、店内にはいつもジェーン・バーキンが流れていた。壁には『時計じかけのオレンジ』のオリジナルポスターと、マリー・ラフォレの白黒ポスターが貼ってあったっけ。
もともとボクはカラオケなどしてうるさく呑むのは苦手なタチだったので、この店で焼酎をあおりながらママさんと映画談義をするのが無上の楽しみだった。
「ねぇ、ママさん、アレ、見せてよ」
深夜、ぐでんぐでんに酔っぱらったボクがお願いすると、いいかげん酔ったママさんも「あいよ」と愛想よく、ボクに背を向ける。
ワンピースのファスナーをころあいまで下ろすと、ママさんは姿勢を戻して煙草をふかしはじめる。ママさんはヘビースモーカーだ。
しばらく待っていると、ママさんの背中から翼がもくもく生えてくる。
いったん成長しはじめた翼は見る間に成長していく。
「どういう仕組みになってんの?」
ボクはいつものまぬけな質問をしてしまう。
「ハイ、これで限界」と、ママさんは翼を数回ストレッチして思いきり広げてみせる。ハクチョウの翼そっくりの翼を。
一枚一枚の羽根が透きとおるほど薄くレースのようだ。紫外線ライトに照らされた白シャツみたいに、翼全体が蛍光色のベールに包まれている。
「テレビとか出たらいいのに。絶対すごいよ、コレ」
「若いころだったらね。こんなバアサンになってからじゃイヤよ。もういい?」
「もうちょっとだけ」
そんないつものやりとりをしながら、ボクは翼を目に焼き付ける。
確かにどこにでも転がってそうな六十がらみの女と純白の翼との合成には無理があるかなあ、なんて内心思いながら。
「じゃ、おしまい」
ママさんのひと言で、翼はしぼむように背中に隠れていく。
ママさんの求めに応じてファスナーを上げるときに見る背中は、くたびれた女の背中に過ぎない。
「もう少し若かったらなあ」
ママさんが愚痴と煙を吐き出す。
ボクもなんだかせつなくなって、そんなときは思いきりバカバカしい映画の話なんかを始めて、ふたりでへんてこに盛り上がったりしたものだ。
そんなふうにして、何度あの店に通っただろうか。
結局、ママさんの翼を見たのは後にも先にもボクひとりになってしまった。
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追伸
パソコンが絶不調です。マザボのロゴすら出てきません。3時間電源入れたり切ったりしたら突然、なにごともなかったように立ち上がります。どうしちゃったんでしょうねぇ。
自作なのでマザーボードあたりから順番にオペにかかります。
んなわけでしばらくパソコン生活とおさらば・・・かもしれません。
秘宝館のほうは、二日おき宣言しておきながら、なんとなく一日おきにお話を続けていたので、とりあえず2月8日まで一日おきに予約投稿しときましたあ(病気ですね笑)
2月連休、それまでの復旧をめざします。
コメントや皆さんのブログは職場のパソでこ~っそり見ちゃいます。 でもお返事やコメントを書くのはちょっとムリかもです。
症状が症状だけに、明日はどうなるやらさっぱりお茶漬けです。
二度と動かないことを前提に、しばしさらばっ。
病気ってヤツはある日突然違和感を覚えることから始まるもんだ。
カランカラン。
おや?今、頭の中で乾いた音がしたような。
元々頭はすっからかんだけど、こんな音、以前はしていなかったよなあ。
でも、微かになら、以前からもしていたような気もするし・・・。
空き缶にコガネムシを入れて振ったみたいにガサゴソ。なんか、いるのか?頭ん中。
病院に行ったほうがいいかな。
いや、気のせいかもしれないし。
そんなふうに逡巡していたある日の晩。
マンションの自室でニュースを見ていた。
「宇宙開発は途轍もない試練に見舞われました。スペースシャトル・チャレンジャー号は発射後73秒後に爆発し、乗組員7人全員が死亡」
シャトルが爆発、飛散していく映像を見つめていたときだ。
「あ~あ、言わんこっちゃない」
頭の中で声がした・・・よな?確かに今、誰かがひとりごとを言った。でも俺じゃないぞ!
耳を澄まして、頭の中に全神経を集中する。
「・・・・・・」
何かがじっと息を潜めているような気配を感じる。絶対、何かいるぞ、俺の頭に!
「大江健三郎氏は、小説『治療塔』の中でこの事故を『宇宙意志からの警告』と表現しています」
ナレーションを聞いて、俺は青ざめた。
ということは、俺の頭の中に『宇宙意志』が?宇宙人がいるってことじゃないのか?
「おい、おまえは宇宙人なのか?」
「・・・・・・」
「いるなら返事をしろ」
「・・・・・・」
畜生、だんまりを決め込んでやがる。だが、わかってるぞ、この侵略者め。
奴らは地球を監視しているのだ。地球人を秘密裡に操るつもりなのだ。
そうはさせるか!
俺は意を決してベランダへと走った。そしてフェンスに足を掛け、空中に身を躍らせた。
そのとき、俺の目には異様な光景が映っていた。
向い合わせのマンションの、すべての部屋のフェンスから、住民が一斉に身を躍らせている光景。
墜ちていく頭の中で声が響いていた。
「あ~あ、言わんこっちゃない。宇宙のことなんか考えたってろくなことなんないって」
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やっめられない、とまらない~♪
つって、スナック菓子のことじゃないんです。ボクの浮気グセ。
もちろん妻はいるんですけどネ。愛されてますよ、トーゼン。
でもさ~やっぱ浮気は男の本性っすよ、甲斐性っすよ、スナック菓子っすよ~。
三度三度のごはんをちゃんと食べてても、小腹が空くときってあんじゃないっすか。
それを満たしてくれるのがスナック菓子。
アハハ、それでついつい手が出ちゃうんだよな~。まいったまいった。
えっと今、つきあってるコは、さしあたり『堅あげポテト』。つきあう前は、おカタい感じだったけど、噛めば噛むほど味があるっつーか、クセになんだよなあ。
その前につきあってたコは、辛辣に絡んでくる女だったけどかなり情熱的。『カラムーチョ』って呼んでた。
その前は、軽~い『カール』ちゃんだったかな?とんがった『とんがりコーン』だったっけ?おっちょこちょいの『おっとっと』?
そうそう、めっちゃセレブな和風美女『かっぱえびせん匠海(TAKUMI)』っつー金のかかるコもいたなあ。
あ、携帯が鳴ってる。
このメロディ・・・『キャラメルコーン』。ずいぶん久しぶり。マメなとこ、あんだよなあ。今宵は『キャラメルコーン』にしときますか。
あ、やっめられないとまらない~♪っと。いってきま~す。
その晩遅く帰宅すると、ダイニングテーブルに手紙が乗っていました。妻からです。
『この浮気者。しばらく距離を置いて今後のことは考えます。探さないでください』だって。
あっちゃー、なんでバレたんだあ?
最近、食べ過ぎてて家で食欲がなかったもんなあ、失敗失敗。
でも~、そんな~、困るぅ~。
主食あってのスナック菓子。スナックだけじゃ生きていけな~い(泣)
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エ~、また体重減ってるじゃん。どうしちゃったんだ、ボク。
10日くらい前から、毎日0.5キロくらいずつだが確実に減っている。
ちゃんと食べているのに。どこか具合でも悪いんだろうか。
思いあたることと言えば、今週末の水泳大会。
ボクは、優勝候補の名門校でメドレーリレーのアンカーなのだ。
授業が終わってから遅くまで、連日猛特訓が続いている。そのせいなんだろうか?
それとも、精神的なもの、プレッシャーからなんだろうか?
いずれにしても、こんなに体重が激減するなんて初めてだ。
その晩、奇妙な夢を見た。
ボクの口、鼻、肛門からネズミが這い出して逃げていく夢。
目の前を逃げるネズミの長い尻尾が頬を撫でる。
あまりの気持ち悪さに目を覚ました。
電気をつけると、もちろん何もいない。だが、全身グッショリ汗をかいている。
ああ、どうしちゃったんだ、ボクは。
翌日、授業中にもウトウトしてしまったボクは、ノートの上にネズミを吐き出す夢を見た。
夢から覚めて目を白黒しているボクの様子に、クラスメートがクスクス笑った。
ネズミは、船の沈没を予知して船から去っていくっていうじゃないか。まさか・・・まさか・・・
もう限界だ。
ボクは大会前日、顧問にリレー選手を辞退したいと申し出た。
顧問はボクを生徒相談室に連れていった。
「なに寝言いってんだ。チームメイトを裏切るのか?おまえひとりの大会じゃないんだぞ」
顧問が鬼の形相で胸ぐらをつかんだ。
「でも、プールの中でボクはきっと・・・」
「馬鹿馬鹿しい。この大会で記録が出れば志望校の推薦だって夢じゃないぞ」
「ダメなんです、ボクは」
顧問がギリギリと締め上げる。
「わが校の連続入賞記録はどうなる?オレの優秀監督の実績はどうなる!」
ギリギリ・・・ギリギリ・・・
意識が遠のく。ボクは、船が沈没するのが早まったことを悟った。
そのとき。
逃げおくれていた数十匹のネズミたちが、口から、そして鼻から一斉に飛び出した。
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ヤッホー!お昼休みだあ。
弁当箱のフタをパッカーン。
これだよ、これこれ。
えっと今日のおかずは・・・
たまごやき、ウィンナー、エビよせフライ・・・このへん鉄板だよなあ。
焼き鮭、アスパラベーコン、キュウリちくわ、茄子の辛子漬け・・・最高だあ。
いつもどおりの味をいつもどおりに楽しむ、それがボクの究極の弁当だ。
ミニパックのふりかけをシャカシャカッ。
いっただっきま~す。
職場のあちこちからもカチャカチャ箸を操る音。
口をモグモグさせながら上司がテレビをつける。
『それで今回のsuperBでの実験を簡単にご説明願えますか、博士』
『ハイ。KEKB加速器では、電子と陽電子を衝突させて現象を観測しているのです。素粒子反応を見るうえで世界最高のルミノシティをもつ施設と言えましょう。これによってCP対称性の破れがより詳しく解明され・・・』
ケックビイ?ワッケわかんねー。ウィンナーをモグモグしながらテレビをチラリ。
なんか超巨大チューブを作って実験とかやってるのは知ってるけど、なんなのソレ。ボクら~庶民の生活とどんな関連が?
たまごやきをほおばる。ク~、たまごやき、最高!
うちのたまごやきは、塩とみりんと砂糖で味をつけたほのかに甘いタイプ。
こいつを三切れ。前半でひとつ、中盤でひとつ、そして最後の〆にひとつ。
ボクのお弁当フィニッシュは決まっている。
メインのおかずの最後のひとくち、最後のごはんをひとくち、たまごやきで〆てお茶。
こうしないと食った気がしないのだ。
テレビでは、インタビューを受けていた博士に研究所の技術員らしき男が耳打ちしている。なにやら興奮気味だ。
『博士、なにか問題でも?』
『ちょっとですね、今、物理学の定説では説明のつかないデータが観測されてですね』
それで新しい粒子が見つかったり、宇宙理論が書き換えられたりしても、ボクの仕事にも生活にもなんら影響なし。ついにフィニッシュ。ボクは最後のたまごやきをつまんで・・・
ガリッ
思いきり箸を噛んでしまった。
え?たまごやきは?
「ありゃ?」「なにこれ~」職場のあちこちでも素っ頓狂な声があがる。
テレビでは、KEKB加速器の巨大な皿に山盛りの黄色い山が映し出されている。
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明暦三年正月十八日、本郷丸山本妙寺において三施主による大施餓鬼が一種異様な雰囲気の中でとりおこなわれようとしていた。
それもその筈、本堂前の祭壇では護摩が焚かれ、読経とともに住職がかざしたのは一枚の振袖。
畦織の紫縮緬を荒磯と菊の模様に染め上げて桔梗の縫紋を施した、なんとも艶やかな振袖である。
振袖の供養なるものを見守る見物客の数もまた尋常ではなかった。
怪異なる振袖の噂が噂を呼んで、ひと目見たさに寺内へ押し寄せたのである。
その噂とは。
遡ること数年前、麻布百姓町の質屋の娘マツノは上野界隈に出掛けた折に、ふとすれ違った寺小姓を見初めた。
雪のように白い肌に前髪がふりかかり、きりりとした目鼻立ち。かくも美しい若者がこの世に在ったとは。
当時、住職たちは競って寺小姓を身近に置いて寵愛していたが、中でも上野寛永寺の寺小姓の美しさは評判であったという。
一瞬にして若者の姿は人ごみに紛れたものの、その面影はマツノの心にくっきりと焼きついた。
道ならぬ恋とはわかっていても忘れることならず、マツノは男の召し物と同じ振袖を拵えてもらう。
蔵二階に籠もると、振袖と話し振袖を抱き、夫婦遊びに耽るままに心を病んで果ててしまう。マツノ十七歳、正月十八日のことである。
この振袖が古着屋に渡り、上野山下で紙を商う大松屋の娘キノの手に渡る。そしてキノもまた十七歳、病に伏せて翌年正月十八日に儚くなる。
再び売られた振袖は、本郷元町の麹商い喜右衛門の娘イクの手に渡り、翌年の正月十八日、十七歳のイクの棺に掛けられた。
斯くして、本妙寺の住職の知るところとなり、娘ら三家の親を施主として、振袖供養となった次第である。
僧たちの読経の中、紫の振袖が火に投じられた。
火焔に煽られた振袖がふわりと舞い上がったかに見えた、その時である。
裾に火のついた振袖が立ち上がると、狂ったように祭壇を駆け抜けた。見えない何者かが振袖を纏い走り回るかの如く。
と、そのとき、北西より突風吹きつけて振袖が空高く舞い上がったのである。
あまりのできごとに見物客も僧たちも恐れ慄き、平伏した。
火の粉を散らしながら跳躍した振袖は、本殿屋根上に舞い降りると仁王立ちとなる。
右袖、左袖を振るたびに火焔が放たれ、辺りに火の手が回っていく。やがて江戸全体が火焔地獄と化していった。
以上が、明暦の大火が振袖火事と呼ばれる由縁である。
江戸の大半を焼き尽くした江戸期最大の大火で、十一万人が犠牲になったと言われている。
実は、この大火、都市整備のために幕府によって仕組まれた放火ではなかったかと実しやかに囁かれている。
とすればこの怪談自体、幕府が意図的に流布したものなのかもしれない。
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「先生、妻はどうしてこんなことに」
医者に問いかけ、隣に座る妻を見つめた。
「ちゃんとお医者様に説明して」と、妻の口が動くが声にはならない。
ボクは医者に説明した。
「かれこれ十五年前。あの朝、急に声が出なくなったんです。
前日まではフツーに喋ってました。なんの徴候もありません。
まったくフツーでしたよ、あの月曜日まで。
そりゃもう、最初は慌てました。
『おい!大丈夫か?』って尋ねたら『大丈夫。あなたは?』って妻が口を動かしたんです。
でも声が聞こえない。最初はボクの耳がどうかなっちまったのかと思いましたよ。
でも、妻の声以外はちゃんと聞こえるんだな。
そりゃ最初は困りましたよ。でもね、やっぱり夫婦ですもん。
妻の表情やら仕草で大体わかっちゃうもんです。
そんなわけで声を失った妻のぶんまでボクががんばんなきゃと思って。
家にも早く帰るようにして、買い物なんかも一緒にして」
医者が気の毒そうな表情を浮かべ、口を挟もうとしたがボクは笑顔で遮った。
「いえいえ、それまで苦労かけてきた罪滅ぼしだと思ってるんですよ。
けどね、こいつが『どうしても医者へ』って頼むんですよ。それでこうして連れてきたわけなんですけど。
こういうのってやっぱり精神的なものなんですか。PDSDでしたっけ?
そりゃ大変でしたもん。ボクらの辺り。
阪神淡路大震災なんていうけど、明石はホントひどかったんですよ。
潰れた一階から妻を引きずり出したら、もう町はグチャグチャ。
建物って地面から垂直に立ってるはずでしょ?でも垂直な建物がどこにもない。なんだか目眩がしそうでしたよ。
あれを目の当たりにしたら、妻がこんなふうになったのも当然かなって。
あ、すいません」
医者から渡されたハンカチで涙を拭った。
「お恥ずかしい。でもね先生、あの1月17日以前がボクらのフツーなんですよ。
あの日以降の世界はフツーじゃない。ボクはフツーを取り戻したいだけなんです。妻を、妻を治してやってください」
そう言って、患者は隣の、だれも座っていない丸椅子を指さした。
医者は、口を動かすばかりで声にはならず、感極まって涙を流すこの患者を相手に、ただ当惑するばかりだった。
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客足が遠のいたのを潮時に、店に入るとレジで彼女に声をかけた。
「あの、注文いいですか?」
ボクはひとつのドーナツを指さした。
「コレ。コレの穴のとこだけ、ひとつ」
彼女、しばし停止。
「うけたわまりました」
おもむろに彼女はドーナツをトングでつまみあげ小袋に手際よく収めた。
「いや、ドーナツじゃなくて・・・」
「5円になります」
なりゆきのままに財布の中から金ピカの五円硬貨を出した。
硬貨を受け取った彼女は、レジの中へチャリン。
そ、そんなあ。
すると彼女、いったん綴じた袋の中からドーナツを出してショーウィンドウに戻す。
次に、先ほどの五円硬貨をボクに戻す。
ボクの手には、空っぽの紙袋と五円玉。
「ドーナツの穴の代金として、五円硬貨の穴を頂戴しました。お買い上げありがとうございます」
・・・
一休さんかよっ。
彼女らしいといえば彼女らしいけれど。間髪入れずにボクは続けた。
「あの、もうひとつほしいのがあるんだけど」
「どちらでございましょうか?」
「君がいなくなった穴」
彼女の営業スマイルが翳った。
「そちらの商品は只今切らせております」
「君が出てって君の大切さがようやくわかった。君じゃなきゃ埋められないんだ、心の穴」
「申し訳ございません。そちらの商品はお時間をいただきませんと」
「戻ってほしい。お願いだ」
彼女、しばし停止。
「うけたまわりました」
「え?」
「ご注文、うけたまわりました。今夜6時、ご自宅のお届けでよろしかったでしょうか」
彼女に屈託のない笑顔が戻っている。
いや、目もとが少し潤んでいる。
「あの、こちらの商品の代金、これほどになりますが」
彼女が右手の薬指を掲げた。
なるほど・・・リング、か。こればっかりは穴だけじゃ勘弁してもらえない。
「大丈夫、今度はまじめに働くから」
店を去りぎわ、彼女が声をかけた。
「お客様、よろしかったですね、ゴエンがありまして」
ふりむくと彼女がウインク。
・・・一休さんかよっ。
最悪の目覚めだった。二日酔いの頭がガンガンする。
畜生。床に転がったウォッカのビンを拾いあげて残りを胃に流し込んだ。
昨晩楽しんだ女の姿はもうとうになかった。
鏡に映った全裸のオレを見つめる。
引き締まった筋肉質の身体がたるみ始めている。頭髪も後退しはじめているような・・・
「やばいぞ、このまんまじゃ」
そう言ったのは、オレじゃなかった。
いつのまにか、部屋の真ん中に男が現れ、オレに代わって発言したのだ。
「誰だ、おまえ!ひとの部屋に勝手に」
初老の男、オレと同じ背格好、ただしスキンヘッド野郎。ただしホント、オレに瓜ふたつ。
「そりゃそうさ、君は30年前のオレなんだから」
エ?オレ?こんなんなっちゃうのか、オレ。
「そう。こんなんなっちゃうんだ。酒、煙草、寝不足に女遊び。不摂生のツケが回ってこのザマだ」
そうか。未来のオレが過去のオレに警告に来たのか。
「30年後の未来なら、あるんじゃないの?毛生え薬とか」
「もちろん。毛根が弱っていくサイクルを止める薬が開発されている。キミならまだ間に合う」
「よかった。じゃあ早速その薬を頼む!」
男は首をふった。
「髪のなくなったオレは、酒も煙草も女も断ち寝食を忘れてタイムマシンの開発に没頭した。そしてついに完成したのだ」
「さすがはオレ!ご苦労さま!事情はわかったから、その薬を」
「事情がわかってない。もし薬を渡したらキミは生活を改善するか?欲望を断ってタイムマシンを開発できるか?」
ウ~ム・・・
「ほらね。できっこないことは十分承知している。オレ自身なんだから」
反論の余地がない。
毛生え薬を手に入れたオレはタイムマシンを開発できない。とすれば30年前に戻って毛生え薬を渡すこともできない。結局、何も変わらない・・・そうだ!
「タイムマシンの製造法を教えてくれ。製造法と毛生え薬があれば」
「そうそう、そういう安直な発想をするよね。だが、それらを手に入れた30年後のオレがオレ自身だという気がどうしてもしないんだ」
「じゃ何しに来たんだよ!とっとと未来に帰れ」
男は懐からアンプルを取り出した。
「キミを変えるんじゃない。未来そのものを変えてしまおうと思ってネ」
未来そのもの?
「なんだ、そのアンプルは?」
「全世界の男性の頭髪を無くすウイルスが入っている。これでもう悩みムヨウ」
男が躊躇なくアンプルを割った。
「名付けて、ブルースウイルスだ」
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「小さい二人は返してやろう。だが上の二人はわれわれがいただく」
「そんな理不尽な!四人ともうちの子どもたちだ。四人とも返すのがスジだ」
「それはそっちの理屈だろう」
プツッ・・・ツーツーツー
父親が受話器を置く。警部が部下に確認する。
「逆探知はとれたか?・・・時間が足りない?畜生!」
警部は苛立ちを隠さなかった。
「子どもたち・・・子どもたちさえ無事でいてくれたら・・・」
悲痛な面持ちの妻を抱きしめ、父親は悔いた。
「家のゴタゴタの最中に、土足であがりこんで誘拐していくなんて。ゆるしておくれ」
妻にソファを勧めて座る。
「自分を責めてはいけませんぞ。法を侵して娘さんたちを誘拐したのは奴らなんですから」
警部が対面に座る。
泣き腫らした顔で妻が言う。
「二人だけでも・・・下の二人の娘だけでも返してもらいましょう。そのうえで、上の二人について交渉しましょうよ!」
「奥さん、奴らは二人返したらもう、交渉を打ち切るつもりですぞ。ご主人のおっしゃるとおり四人全員でなくては」
「それが最善なのは承知の上です。でも幼い二人が心配で」
「お気持ち察します。ですが奥さん、今回の誘拐事件は金銭目的ではない。奴らもまた、娘さんたちが欲しいのです。特に、上の二人の娘さんは彼らにとって魅力的なのです」
妻が泣き伏した。父親が警部に問う。
「方法は?どんな方法が考えられるのですか?」
「方法だけを考えるならいくつかあります。このまま四人とも返してもらうことを主張する。二人返してもらい二人については交渉を継続する。二人を返してもらい二人については犯人に譲る。三人を返してもらい一人を犯人に譲る・・・」
「誘拐犯に娘を一人として譲る気はない!」
「ご主人のおっしゃるとおりです。ただ、いたずらに交渉を長引かせても・・・」
父親が妻の肩を抱く。
「犯人とて人間です。いつかわれわれの思いをわかってくれるはずです。四人を返してもらえれば、どんな形で娘と関わるかは柔軟に対応する心の準備はできています」
警部が立ち上がり、暖炉の上の写真を手にとった。
「よくわかりました。根気強く交渉を続けてまいりましょう。こちらが娘さんですか?下の娘さんが抱いている、この鳥は?」
「エトピリカ。下の娘たちがかわいがっておりましたわ。一緒に連れ去られたのです」
警部に一人ひとりの娘たちを紹介しながら、妻は愛しい写真の娘たちに触れずにいられなかった。
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首都上空に、巨大円盤が出現した!
空を見上げた若者たちが叫ぶ。
「な、なんなんだコイツは!鏡餅にそっくりじゃん!」
それを聞いた年寄りたちは笑った。
「何を言うとるか、コイツのどこが鏡餅じゃ。日本古来の鏡餅は、こんなウ○コのような形ではないわ!」
それを聞いた若者が早速キレた。
「ジジイ、何言ってんだよ!意味わかんねー。年末、こうゆう鏡餅、スーパーで売ってんの」
年寄りも負けていない。もう巨大円盤なんか、そっちのけだ。
「あきれちまうの~最近の若いもんは。それは鏡餅などではない。真空パック入りの餅飾りじゃ。
風情も何もあったもんではないわ!
本物の鏡餅はなあ、一家総出で餅を搗き、一番臼の餅で作ったもんじゃ。
餅が餅の重さで、もっとこう平らになってのう。
白木の三方に四方紅を敷き、昆布にスルメ、御幣を飾り、餅の上に干し柿、ダイダイをのせて完成じゃ。
プラスチックのなんちゃってミカンなどではな~いっ。
もちろん、真空パックの餅を二年も三年も使い回すなど、もってのほかじゃ。
お正月というのは、家に門松、注連飾りで結界を築き、年神様をお招きする行事なのじゃぞ。
お正月の間、年神様が宿る場所、それこそが鏡餅なのじゃ。
十一日の鏡開きのころには、表面がカビて、ひび割れておるのが普通じゃ。
もちろん刃物で切りわけてはならんぞ。木槌や手で割って、揚げ餅や善哉でいただくのじゃ。
多少、カビっぽい風味がしても死にはせん。風情じゃよ、風情。
年神様のパワーをいただく、それが鏡開きなのじゃ!」
いつもの年寄りの長話、若者たち、とっくに聞いちゃいない。
携帯で円盤を撮ったり、円盤を背景に自分撮りしたり、写メしてワイワイ。
「まったく最近の若いもんは」
と、その時!
円盤の底面がパッカーンと外れ、中から小型円盤が続々出現!真っ白で偏平な形は、小餅にそっくり。
若者たち、「ほらあ、やっぱ、鏡餅じゃん」
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「生徒諸君、あけましておめでとう」
「先生、まだ冬休みですよ。なんで登校させたんですか。まさか、お年玉?」
「ハ×5、正月早々冗談はヨシコさんだよ。薄給の公務員に金銭をせびってはいか~ん。今日呼んだのは他でもない。諸君に七草粥をふるまいます」
「七草粥~?野草入りのお粥でしょ?みんな、帰ろ~」
「ジャストウエイト、諸君。ただの七草粥ではない。ジャジャン!名付けて、七草ルーレット!」
「七草ルーレット~?」
「説明しよう。諸君の前に今、たくさんの野草が並んでいる。その数、およそ百種類!岡本信人もびっくりだ」
「よくこんだけ集めたなあ」
「この中から七草を選び出して食べるので~す。では、スタート!」
「春の七草って五七五七七があったよな」
「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ・春の七草!」
「お、やるね!だが実物がどれか、現代っ子の君たちに、わかるかな?」
「セリはお吸い物に入ってるコレじゃん」
「スズナがカブ!スズシロがダイコンのことだ」
「ペンペン草!コレがナズナなんだよな」
「お、おまえたち、意外と詳しいじゃないか。ちっ、面白くね~」
「おい、教師なら素直に喜べよ。残り、わかるヤツいる~?」
「ハコベラってハコベのことなんだよな。で、どれだろ、ハコベ」
「ホトケノザって今のホトケノザじゃないんだよな。でもどれかわかんね~」
「適当に選んで、とっとと帰ろう」
「おっと、野草を見くびっちゃいかんよ。えぐいの、苦いの、酸っぱいの。いろいろあるぞ~」
「多少まずくても気にせずに・・・」
「ア。諸君~、忘れていました。この中に非常に危険な毒草が含まれています。ヤマトリカブト、スズラン、ドクゼリ、バイケイソウ、ハシリドコロ、ジキタリス・・・超猛毒なので注意してくださ~い」
「それ、教師として問題だろ」
「もちろん食べさせないよ。正しい野草の知識を身につけてほしいだけなんだ。
とりかぶと・すずらん・どくぜり・ばいけいそう・はしりどころも・みんな毒草
諸君、五七五七七で覚えようネ。
はい、残りの正解はこちらで~す。さ、では早速いただきましょう」
「いっただっきま~す」
「どうだ?諸君、うまいか?そ~か、そ~か。正月ボケも直って心身ともにリセットされただろ。それこそが本来の七草粥の・・・ウ!」
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