愛することの一考察

2011年09月30日 | ショートショート

アパートの階段下、美紗が待っていた。
「何してるんだ。風邪ひくぞ」
タカシがコートをかけてやると美紗が鼻を鳴らした。
「タカシが遠くに行ってしまいそうで。もう二度と会えなくなっちゃいそうで」
「何言ってんだよ。ボクはずっとここにいる。ここの暮らしが好きなんだ」
暮らし、だけ?美紗が顔を上げる。涙でグショグショだ。
「ずっと一緒にいてほしい。タカシが好きだから」
タカシは微笑んで美紗の頭を撫でた。
「ありがとう。ボクも美紗のこと、大好きさ」
もう鈍感!ずっとそうだ。妹くらいにしか見てくれない。美紗はせつなかった。
一方、タカシの心には、ある疑念がよぎっていた。
『タカシが好き』ってどゆこと?『好き』と感じている主体、つまり主語は、『私=美紗』であるべきでは?
『私はタカシを好きだと思います』が正しい日本語ではないのか?
『ウナギが食べたい』の、『食べたい』と思ってるのは『ウナギ』さんですか?
『水が飲みたい』の、『飲みたい』と思ってるのは『水』さんですかってんだ!おいおい、日本語、
「なんかまちがってるぞ」
「エ?」
「あ、ゴメン。別の話」
「別の女の話?もう!タカシったら、こんなに愛しているのに!あなたは私を愛してないの?」
エ・・・愛し・て・ない・の?「補助の関係」を用いた否定疑問のカタチ。
『愛し』は動詞の連用形で接続助詞「て」に接続。じゃ基本形は何だ?
サ行変格活用の『愛する』なのか?
サ行五段活用の『愛す』なのか?
サ変なら、
未然・・・愛さ(レル)・愛せ(ズ)・愛し(ヨウ)
連用・・・愛し(マス)
終止・・・愛する。
連体・・・愛する(時)
仮定・・・愛すれ(バ)
命令・・・愛しろ。
※未然の「愛し」及び、命令の「愛しろ」という形は通常のサ変と異なり、存在しない。
という変則的なカタチじゃないか。それじゃ五段活用を確かめてみよう。
未然・・・愛さ(ナイ)・愛そ(ウ)
連用・・・愛し(マス)
終止・・・愛す。
連体・・・愛す(時)
仮定・・・愛せ(ば)
命令・・・愛せ。
ふむふむ、五段活用の「愛す」も存在するなぁ。
じゃ、一体、『愛している』とか『愛してない』とかの、『愛して』は、どっちの連用形なのか?
えーっ、区別のしようがないじゃないか!
「愛している、愛してない、ああ!どっちだかわからない!」
タカシの言葉に美紗は青ざめた。
「わ、わからないですってぇ?ああ、あなたがわからない!」
え?『あなたがわからない』?
『わからない』の主語は『あなた』なのか?どうなっとるんだぁ!
もう、日本語なんか、日本語なんか、
「だいっ嫌いだぁ!」



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自動販売機進化論

2011年09月29日 | ショートショート


ああ、朝すっかり寒くなってきたなぁ。もう一枚羽織って外出すればよかった。
路地をふと見ると、おや珍しい、自動販売機があるじゃないか。
缶コーヒーにコーラにスポーツ飲料にお茶。昔ながらの清涼飲料水の自販機。
お祖父ちゃんが見たら懐かしがるだろうなぁ。
硬貨を入れて、ボタンを選択する。
ゴトゴト、ゴトン!(これですね、どうぞ!)
チャリチャリーン!(毎度ありっ)
缶を送り出す音や硬貨が取り込まれる音が、愛想のよい店員の声みたいで気持ちいい。
缶コーヒーの熱い缶を両手でくるんで、ひとしきり暖をとった。

人間の行為を代行して、連続した作業をおこなう機械をロボットだと定義すれば、自販機ってのはロボットである。
誰かがそれに気づいたからかどうか。お祖父ちゃんの若いころから自販機にいろんな機能が加えられていった。
鮮やかな画面で商品を紹介したり、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」など喋ったり。
やがて方言で話すタイプや、世間話をするタイプもできて親しみが増した。
さらに開発は進み、客の性別年齢、嗜好などをセンサーが感知して、言葉巧みに売り込むようになった。
センサーの精度が追求されるうち、自販機に自律思考コンピュータが搭載された。
進化は加速度的にペースを上げて、自販機に自走機能が加えられ、客を求めて移動するようになった。
そして、客の荷物を持ち、財布を出し入れを手伝うアーム付きタイプが登場。
アーム付き自走式自律思考型自動販売機は、清涼飲料水を売るばかりが能じゃなくなった。
夜道で女性を襲おうとした痴漢を撃退!猛火の中から老夫婦を救出!
トラックの前に飛び出した幼児の身代わりとなって大破!
そんなわけですっかりヒーローになった自販機、アニメ化までされてブームとなった。
すると、正義の味方が販売目的で徘徊するのはいかがなものか?という論議がおきて、清涼飲料水販売機能のみ削除が決定された。

今、こうして目の前にある自販機。これが削除された販売機能だけの機械ってわけ。
握りしめた缶が程よい温かさになってきた。そろそろ行くか。
自販機を後にしようとしたとき、
ズズッ
背後で、鼻をすする音。確かに聞こえた。だが、周囲に誰もいない。
まさか、こいつが?ボクは自販機をじっと見つめる。
「そいつ」は何もなかったように静かにしている。
だが、息をひそめている「何か」の気配をボクは確かに感じていた。



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変わんないヤツ

2011年09月28日 | ショートショート



中学校の同窓会でカンヤに会った。
二枚目だった幹也は学年のモテ男だった。三十年経った今でも結構カッコイイ。
白髪まじりだが髪もバッチリ決めてるし、体形もほとんど変わってない。
「久しぶり!すっかりオヤジになっちまって!」
カンヤがニヤニヤ笑ってボクのビール腹を見下ろす。わかってるって。仕方ないじゃないか。中年なんだから。
ボクは中学生のころ、カンヤのことがキライだった。
同じ仲よしグループにカンヤとボクはいたんだが、なんか信用できないっていうか。
たとえば、ボクが定期テストの勉強が十分できてなくて心配だって話すと、
「あ、ボクも、ボクも!解の公式、全然覚えてないよ~!」なんて言う。
テストのさんざんな結果が戻ってきて、
「カンヤ、解の公式、やっぱ出ちゃったよなぁ」って言うと、
「えーっ、本当にやってないの?アレ、絶対出るよ~、あったりまえじゃん」
なんでウソつかなきゃならないんだろう?意地悪なヤツ。
「オレさぁ、今、無職なんだよ。リストラされてさ。職探し中。情けなくってさぁ」
カンヤがため息まじりに言う。かれこれ半年、仕事が見つからぬまま失業手当で食いつないでいるそうだ。
さすがに気の毒になった。そしてキラっていた自分が恥ずかしくなってきた。
二枚目でいい思いをしてきたカンヤのことを、ボクはやっかんでただけじゃないだろうか?
「あ、これ名刺。いい話あったら連絡してよ」
カンヤの名刺を受けとって、ボクは目を丸くした。
「無職って、美容室経営してるじゃん。それに車部品販売も?」
「あ、ソレは前からやってた副職。タテマエ上、嫁さんがやってる。全然無職って、そんなわけないじゃん」
そう言って愉快そうに、そして誇らしげに笑った。
「実は本職よりも儲かってたんだ。あ、コレ内緒な」
なるほど。手持ちが何もないと見せかけて、意表を突かれて驚く相手を見て満足感を得る。
これは彼一流の自尊心を維持する方法なのだ。昔も今も。人って変わんないもんだなぁ。
トイレで用を足していると、背中をドンと叩かれた。
「よっ久しぶりっ」
シゲルだ。中学のとき、よくイジメられたっけ。
「見てたぞ。オマエ、カンヤと話してるところ」
そう言って、尻をグイグイつかんできた。
「おい、やめろって~」だからコイツ、キライなんだ。
「オマエ、中学のときと全然変わんないなぁ。相手がキライだとすぐに顔に出ちゃう。そうそう、その顔」



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リクルート

2011年09月27日 | ショートショート

 



今日は大切な就職試験の日だ。
就活スーツに身を包み、時間に余裕をもって颯爽と家を出た。
「お~い、助けてくれやぁ~」
おっと、家から出た途端、側溝に脱輪した軽トラが。運転していた爺さんがおろおろしている。
仕方がない。集まってきた近所の人と力を合わせて軽トラを押しあげた。
時計を見ると、まだまだ余裕。朝から人助けをして晴れやかな気分だ。
おや?駅前の横断歩道の真ん中で、お婆さんが立ち往生だ。
「おばあちゃん、手伝いましょうか?」
「オヤオヤ、助かるよ。ありがとねぇ」
ボクは荷物を抱えて、お婆さんをおんぶして交差点を渡った。
駅に着くと、予定していた電車の発車時間ギリギリ。あぶない、あぶない。
とそのとき、コインロッカーの前で泣きそうになっている妊婦さん発見!
「ロッカーの鍵が開かないんです」
「そんな姿勢はお腹の赤ちゃんによくないです。ボクにまかせて」
ガチャガチャガチャ
苦闘すること15分、やっとロッカーを開くことができた。おっといけない、予定の電車に乗り遅れちまった。
慌てて次の電車に飛び乗る。
おっ今度は何だ?目の前で、中年男がOLのお尻を撫でているじゃないか。OLは今にも泣き出しそうだ。
けしからん!ボクは中年男の腕をひねりあげた。
「駅員さん、駅員さん!こいつ、痴漢です!!」
そんなわけで次の駅で下車、駅員に男を引き渡した。
やっと就職試験を受ける会社に到着したときには一時間遅れ。
面接室に入ると、会社のお偉方が待ちかまえていた。
「キミ、なかなかの奮闘ぶりだったじゃないか」
え?
壁にプロジェクタの映像。ボクの今朝の様子がスライドにしてある。軽トラを押すボク・・・お婆さんを背負うボク・・・
「これってまさか就職試験?」
「そう。キミは実に好青年だなぁ」
「ってことは、もしかしてボクは」
「うむ。不採用だ。わが社は利益優先、正義をふりかざされては勤まらないのだよ。それでは、アデュー」
そんなわけでボクはまたしても不採用になった。
会社を出て、街をふらふらしていると背後からボクを呼ぶ声が。
振り向くと、ライダーたちが勢揃い。ヒュイーン!!そう、あの仮面ライダーたち。
ライダー1号が言う。
「キミィ、棄てる神あれば藤岡弘、だよ。キミのような正義感の強い青年を探していたのさ」
ライダー2号が言う。
「我々の仲間になって、悪の組織と戦わないか?」
勢揃いした歴代ライダーたちが力強くうなずく。
ボクは頭をポリポリ、
「いやぁ、改造人間はちょっと」



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惚れどめ

2011年09月26日 | ショートショート

 

ドアベルの音。西日に焼けた漢方薬の陳列棚の奥からヤギのような顔立ちの店主が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。えっと、前に見えられましたね、お客さん。どうです、効きましたかな?」
「ええ。ありがとうございます」
「そいつはよかった。で、今日いらっしゃったのは?」
「実はその、少々彼女が疎ましくなってきてね。薬を飲む前は、うちの職場のアイドル、ボクなんか指をくわえて遠くからながめてるだけ。ところが薬を飲んだ途端、サカリのついた猫同然。彼女のほうから誘ってきてその日のうちにお泊まりさ。でもこう思いどおりだと飽きちゃってさ」
「そいつは贅沢な悩みですなぁ」
「自分でもそう思うよ。でもその立場になって初めてわかることもあるもんだ。会うたびに愛し合う関係なんて義務みたいなもんでさ。恋愛って、相手の気持ちを考えたり、駆け引きしたりしているときが最高なんだよね」
「そうも言えますな」
「なぁ、『惚れ薬』があるなら、その逆はないの?」
「惚れ薬の反対?『惚れどめ』ですね」
「あるのか。そいつはラッキー。売ってくれ。頼む!」
結構いい値段がしたが、手に入れた。これで彼女の束縛から解かれるのだ。
ボクはまだ若い。もっともっと楽しみたいじゃないか!ウッヒャッヒャ~!

『惚れどめ』を垂らしたブランデーを飲んで半時間後、彼女の表情が曇ってきた。
「なんだか、今夜はもう帰らせてほしいの。ごめんなさい」そう言って席を立った。
しめしめ、『惚れ薬』もすごいが、『惚れどめ』も効果てきめんじゃないか。タクシーに彼女を乗せ先に帰した。サヨナラ!ボクは自由だ!

彼女を乗せたタクシーは彼女のアパートとは反対方向、繁華街に向かった。
あれ?
跡を追うと、彼女はタクシーを降りて一軒のラウンジパブに。カウンター席の彼女に早速男が近づいてきた。
彼女、美人だから、当然といえば当然。ボクは店の隅に座って彼女の様子を観察する。
男が彼女の耳元で囁く、彼女が髪の毛をかきあげ妖艶に微笑み首を振る。
ああ、これって『惚れ薬』を飲む前の彼女だ。男を弄ぶ憧れのアイドル。
あの頃、書類を囲んで顔を寄せたとき、彼女の髪の香りに陶酔した。それだけで一日中ワクワクしたっけ。
やっぱり彼女だ。彼女しかいない。

ボクは決心した。明日、またあの漢方薬の店に行って『惚れ薬』を買おう、それで彼女とヨリを戻そう、と。
あのさびれた漢方薬の店がずっとつぶれないのはなぜか、ボクはその理由がなんとなくわかるような気がした。



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買ってください

2011年09月25日 | ショートショート

「あら?お引っ越しのあいさつっておっしゃったのに、あなた、ご商売の方でしょ?」
玄関ドアを開いたマダムが不機嫌な表情にみるみる変わる。
「ええ。先週からこちらの町で営業中の布団の西八です。よろしくお願いします」
「お布団?間に合ってますわ」
「そうおっしゃらず。わたくしども、販売のみならず、クリーニングを扱っておりまして。料金格安です」
「そっちも結構ですわ」
「お布団って、つい日に当てたら消毒されたつもりになってしまうんですけど、これが万病のもと」
「万病のもと?お布団が?」
「人は毎日睡眠します。数時間布団とともに過ごすのです。その間、汚れた布団から発する空気を吸い続けるんです」
「お布団ってそんなに汚れていますの?」
「どうです?普段使われているお布団をひとつ見せていただくわけには?」
「そうねぇ」
「もちろん、見立ては無料ですよ」
そう言うと、マダムは奥に布団を取りに行った。フフ、ちょろいものだ。抱えてきた布団をオレはひとしきり調べるフリ。
「こりゃダメです。綿の中はダニやらカビやらバイ菌やらがウジョ、ウジョ。ご家族に喘息やアトピーの方は?」
「いえ」
「そりゃよかった。すんでのとこで重病でした。クリーニングじゃだめだな。綿もちぎれてダマになってるし。この際、新しくしては?」
「新品に?お高いんでしょう?」
「奥さん、布団ってのはピンキリありましてね、いいものは本当にいいんですよ。毎日ずっと使い続けるものです。ここでケチって病気になったら結局治療にお金かかっちゃうんですから」
「そうねぇ。でも主人に相談してみないと」
「じゃあ仮契約の押印だけでもしといてください。キャンセルは可能ですから、一応いいの押さえておきましょうよ」
「口がうまいわねぇ。ちょっと信用できない感じだわ」
「信じてください。健康と布団の関係についていくらでも説明してさしあげますよ」
「う~ん、その服装が原因かなぁ。ジャケットがペラペラで安っぽい感じ。売れない芸人みたい」
「まいったなぁ、確かに量販店の2着セールです」
「でしょ?ちょっとコレ着てみてよ。あら、似合うわぁ」
「そうですかぁ?高いんじゃないんですか」
「信用を大切にする商売なら、これくらいのを着こなさないと。ここに印鑑を。なかったら拇印でいいから」
ん?なんだ、なんだ、この展開は?
「奥さん、ご冗談を。その手は桑名の焼きハマグリですよ」
オレは『プロ』。そんな手にひっかかるものか。
「それで?奥さん、買っていただけるんでしょう?」
マダムがオレをじ~っと見つめてニッコリ。
「買うわ」
「お買い上げ、あっりがとうございま~す」

んなわけでオレはマダムに買われ、今じゃ紳士服の訪問販売をやっている。



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死刑囚6157号

2011年09月24日 | ショートショート


地下1階でエレベーターを降りる。
映画館のホール入口のような重々しい観音開き扉が開かれると、紫の絨毯の広い部屋があった。
正面の祭壇には小さな阿弥陀如来像が据えられている。
刑務官が6157号を支えるようにして部屋の奥へと連行する。右側は壁面ではなくアコーディオンカーテンで仕切られている。
この部屋は待機室。カーテンの向こう側が刑壇室だ。
紫の絨毯は境目なく刑壇室へとつながり、刑壇室中央には1メートルほどの赤い枠で印された落とし戸がある。
とうとうこの日がやってきたのか。
日本では通例、法務大臣が死刑執行命令書に署名して五日めの午前10時、死刑が執行されるという。
アメリカの映画を見てわかるように、アメリカでは真夜中に刑が執行される。この違いは宗教か慣習か?
拘置所所長が6157号に向かって、死刑執行指揮書を読みあげ、死刑宣告をした。
茶菓子を飲食するように勧められ、言われるままに口にした。
遺書を書くかと尋ねられたが、断った。それどころじゃない。額に脂汗が滲む。
「最後になにか希望がありますか?」
6157号は顔を上げると立会人にぼそりと言った。
「お願いがあるんですけど」
立会人がうなずく。
「状況が状況なので、かなえてあげられることと難しいことがある。言ってごらんなさい」
「あの・・・ここ・・・おでこ。蚊に刺されて痒くて痒くて。ムヒS軟膏があったら塗りたいんだけど」
後ろに回した両手首に手錠をかけられる。
白布の目隠しをつけられる。
ああ、全身が痒い。なのに手が一切使えないなんて。
ア・・・また!
耳元で蚊の鳴くような、あの例の不快な挑発が。
必死で首を振ろうとすると、刑務官たちが力まかせに首を抑える。
やめろ!やめてくれ!観念なんてできるか!
蚊が耳の奥にまで侵入してきた!不快に身をよじる。うぎゃあああ、なんてもどかしいんだ。
早く!早く、楽にしてくれ!



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ナントカ魔神

2011年09月23日 | ショートショート



ただひとり、無人島に漂着してもう何日になるでしょう。ああ、腹がへったなぁ。
容赦なく照りつける日ざしの中、なにか流れ着いていないかと岩だらけの磯辺をフラフラ歩いていました。
おや?何やら光るモノがあります。近づいてみるとガラスの瓶です。お酒の一升瓶。
抱え上げてみると、残念、空瓶です。キッチリ蓋が閉じているけれど、一滴も中身はありません。
ラベルも、長い間波に揉まれて字がかすれています。最後の二文字だけはっきりと読み取れます。『魔神』です。
おいおい、こいつは例の魔神にちがいないぞ!そうです。秘宝館ではおなじみの、願いごとを三つくらいかなえてくれる、ご都合主義のアレです。お話の展開上、蓋を開けてもなんにも起こらないなんてありえないじゃないっすか。
しめしめ、何をお願いしましょう。ひとつめはとにかく無人島から救い出してもらう。これ、基本でしょう。
それから次は食い物かな。いやいや、まずは飲み物だな。
今はとにかく真水を喉を鳴らして飲みたい!ゴクゴクゴク、ああ甘露、甘露。OH!NO!水なんかにお願いひとつ費やしちゃモッタイナァ~イ!!ここはやっぱりコンビニ一軒まるまるいただかないとぉ。
えっとえっと、それから三つめはぁ~♪お金、でしょうか?一生使いきれないくらいの。いや、女だ。浴槽をAKB48で満たし女風呂にして浸かっちゃおう!
車もいいなぁ。どうせならアストンマーチンとかでボンド気分!いや、マッハ号がいい!マッハGO!GO!GO!
ええいもういっそのこと、世界征服なんてしてみましょうか?いやもう宇宙大魔王になっちゃったり。
ま、そのへんどこまで望みをかなえてもらえるかは、交渉次第ってことで。じゃ、行ってみよう!!思いっきり蓋を押し上げてぇ~、
ポン!!

容赦なく照りつける日ざしの中、岩だらけの磯辺をフラフラ歩いています。
アレ?これはどうしたことでしょう?光るモノ、発見。近づいてみるとお酒の一升瓶。
これってさっきのまんまです。
ハハ~ン。なるほど、なるほど。これも魔神もののパターンで、ある、ある。
すっげー望みをかなえたものの、やりすぎちゃって、結局不幸になって、オールリセットを望む。
そっかぁ、失敗しちゃったのか、自分。でも今度はこの失敗を踏まえ、謙虚な望みで幸せGETです。
よ~し、行ってみよう!!思いきり蓋を押し上げてぇ~、
ポン!!

容赦なく照りつける日ざしの中、岩だらけの磯辺をフラフラ歩いています。
またかよ~!二度も失敗して元どおりを望むとは。
一升瓶を拾い上げて、じっと見つめました。結局増長して失敗してしまったにちがいありません。ダメだなぁ、自分。
とにかく真水と食料がほしい。そして救いの手が。それだけで十分です。あとの人生は自分で切り開くのです。
蓋を押し上げました。そして、
ポン!!

容赦なく照りつける日ざしの中、岩だらけの磯辺をフラフラ歩いています。
やはり、だめだったのか。一升瓶を拾い上げます。でも、岩場に戻しました。
夢は夢のままが幸せなのかもしれません。かなえてしまえば夢じゃなくなるんですから。
いや。
「無人島で魔神の瓶を見つける」ということこそがボクの夢だったのでは?
満腹のときに、高級食材を口にして心から美味しいと思えるでしょうか。飢えと乾きにさいなまれ、やっと口にした真水にこそ無上の喜びを感じるはずです。
そして、望みがかなったときでなく、望みをアレコレと考えるときこそが人生の醍醐味なのではないでしょうか?
ラベルのかすれた文字がやっと読めました。『大』と『夢』?なるほど、大きな夢をかなえてくれる魔神か。
人生の意味を考察させてくれた魔神に感謝の言葉を投げかけ、ボクは磯辺を去りました。
「ありがとう、大夢魔神」



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片付け上手

2011年09月22日 | ショートショート


「へ~片付いてるなぁ、おまえの部屋」
内藤のキレイ好きは知っていたが、まさかここまでとは。
壁面全体が引き戸になっており、棚の奥は見えない。
部屋には机とパソコン、背の高いドラセナの鉢。それだけ。
小物は棚の中なんだろう、一切見当たらない。モデルルームのように生活臭がない。
「片づけが趣味みたいなもんだから」
内藤は照れ笑いを浮かべ、引き戸を開いた。蔵書類が整然と並べられている。
「ほほう、本は大小バラバラなんだな。ちょっと安心したよ」
「一応、日本十進法で並べてるんだ」
図書館じゃないんだから。まったく徹底している。
内藤の妻がコーヒーを運んできた。
「お気遣いなく。それにしてもよく片付いていますね。うちなんかついモノが増えちゃって」
「同じようなものですわ。それで主人とルールを決めたのよ。ねぇ、あなた」
「うむ。『置いておくか処分するか迷ったときは捨てる』これを守るとたいてい片付く」
内藤の妻がコーヒーを置いて出て行くと、ボクは内藤をからかった。
「さすがキレイ好きだな。奥さんもなかなかじゃないか」
内藤が微笑んだ。
「ありがとう。気に入ったか?じゃ、どうだ?持って帰るか?」
ご冗談を。ボクは笑いとばしたが、内藤は微笑を浮かべたまま。
「冗談、だろ?キミの奥さんじゃないか」
「今のところは。同類かと思って結婚したが、思ったほどじゃなかった。そろそろ処分の潮時だ。ほら、コーヒーの淹れかたもなっちゃいない」
ボクも啜ってみる。
「美味い、じゃないか」
内藤がボクの肩を叩く。
「もらってくれ。こっちも片付いて助かるんだ。OK?」
いいだろう。ボクは懐から護身用の小型拳銃を取り出す。そして至近距離から正確に内藤の心臓を撃ち抜いた。
内藤の体がグラリと傾く。一瞬もちこたえて、机の上にコーヒーカップをそっと置いて、それから床に倒れた。
内藤の妻が部屋に戻った。
床に転がった夫を冷やかに見下ろす。
「片付けるのは私、片付けられるのはあなたよ」
潤んだ瞳でボクを見つめる。
「ありがとう。一発で撃ち抜くなんて、本当の片付け上手はあなただわ」
ボクは小型拳銃を懐に戻す。それは内藤の遺体を片付けてからの話、今からが大変だ。
ア!内藤の妻が息をのむ声。内藤の胸を指さす。
確かに奇怪しい。胸に銃痕がない。
至近距離から撃った焼け焦げもないし、血の滲みすらないのだ。
内藤が身じろぎをして目覚める。
「アー、こんなとこで寝ちまうなんて。しっかし妙な夢だったなぁ。俺には妻とか友だちとか、そんなめんどくさいモノ、いやしないのに」
そのとき片付けられるのがなにか、やっと悟った。
恐怖に引きつった顔のまま、内藤の妻が次第に透明になって消えていく。
内藤の妻の見開かれた瞳に映っている、同じように恐怖に引きつったボクもまた薄く透けて消えていくのが見えた。



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贋札?

2011年09月21日 | ショートショート

「博士、ハイ、10万円」
「すまないなぁ。2、4、6、確かに10万円。ありがたく借りるよ」
「長年ロボット開発に没頭しているとは聞いていましたが、何です?この装置?」
「うん、その、ロボットだよ」
「ロボット?このコピー機のバケモノみたいなのが?人間っぽくないなぁ」
「ハハハ、キミ、それは狭義のロボットだよ。確かにロボット開発というと、いかに人間に近づけるかということがテーマのひとつだ。だが、特定の作業において人間の能力を凌ぎ、速さや正確さにおいて機械の限界をめざす開発もあるのだよ」
「あ、ソレ、聞いたことあります。どんなボールでも0.2秒で真芯でとらえて打ち返すバッティングマシンロボ!」
「ほほう、詳しいじゃないか。ボクの研究もソレ、ロボットを使って人間の能力の限界を超える研究なのだよ」
「で、このロボットはどんな能力を持ってるんです?」
「いやぁ、いつも金を工面してくれるキミの頼みでもそれはちょっと」
「じゃさっきの10万、返してもらおっかな~」
「イヤ、教えよう。教えるが、他言無用で頼むぞ」
「モチロンっすよ。で、何?」
「これはだな、『贋札製造ロボ』なのだよ!」
「エ~!!!」
「ゼッッタイ秘密だぞ。この機械は、どんな贋札職人が束になっても敵わないほどの贋札を作ってしまうのだぁ!」
「それって犯罪じゃないですか。博士に良識はないんですか」
「見ていたまえ。スイッチオン!」
ギュイ~ン、ガンガンガンガン、パオ~ン、シュ~・・・ポトン。
「ア!!出てきました!一万円札だ!」
「キミィ、キミの一万円札を一枚貸してくれ」
「エ?ハイ、一万円。ああっ、そんなシャッフルなんかしてぇ」
「はてさて、♪ホンモノ、どお~っち♪」
「エ~、右かな左かな、透かしも線の細かさもソックリ同じ。素人にはわからないなぁ」
「フフフ、素人どころか専門の鑑定家にもわからない。先日贋札を警察に郵送してみたが大丈夫だった。贋札鑑定機にさえ見破られないのだよ」
「すごいじゃないですか!贋札を使っても絶対見破られないなんて」
「そこだよ。なにものにも見破られない贋札なんて贋札じゃないだよ。精巧な贋札として誰にも評価してもらえんのだから」
「本物上等!絶対つかまらないなんて最高っすよ。じゃんじゃん刷って大儲けしましょう!」
「最大の問題は、一枚あたりの偽造コストが1万5千円かかることなんだ。んなワケで来月も頼むよ」



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叔父の万年筆

2011年09月20日 | ショートショート



先日、突然、叔父が亡くなった。
叔父宅に焼香を上げにうかがうと、ひとり残された叔母が喜んでくれた。
「どうしても急ぎの用で帰ることができなくて。大変でしたね、叔父さん」
叔父夫婦は五十代半ば、盆に会ったときはあんなに元気だったのに。正直、彼らみたいな夫婦なら結婚もと憧れるほどのオシドリ夫婦だった。
「ホント、急でねぇ。ふだんどおり朝御飯を食べて、歩いて碁会所に行って。急に倒れたそうよ」
「心臓がお悪かったんですか?」
「それが病気ひとつしたことないの。結局、死因は特定不能の突然死ってことになったの」
実家で概略様子は聞いていたものの、叔母の心中を思うと胸が痛んだ。
帰り際、叔母が叔父の書斎から万年筆を持ってきた。
叔父愛用のアンティークな万年筆だ。子供の頃、叔父の書斎で見たことがある。
何度も辞退したが、ぜひにと言うのでありがたく頂戴した。
実家に戻ると、仕事先に明日戻る旨、連絡を入れた。
相手が一方的に取引先からの受注変更を話し始めたので、慌てて内ポケットから叔父の万年筆を取り出した。
そしてメモ紙に走り書きしようとした。
だが、万年筆は勝手に文字を書き綴ったのだ。
『八木栗昌平』
清々しいブルーブラックのインキで綴られた文字は、ボクの筆跡とは全然違う達筆だった。
これは叔父からのメッセージだ!突然の不審死というのは実は・・・
メモをポケットに収め、ボクは急いで叔母に会いに戻った。
居間で本を読んでいた叔母にメモを手渡す。
名前を見つめているうちに、叔母の指が震え始め、涙をポタポタとこぼした。
叔母の口から絞り出すように声が漏れた。
「こいつが犯人なのね」
やはり、やはりそうだったのか。
叔母はひとしきり泣いて落ち着くと笑顔を見せ、読みかけの文庫本をボクに手渡した。
「主人はああ見えてけっこうイタズラ好きでね。主人が先に読んだ推理小説を私が読んでいると、いよいよってところで犯人を教えるのよ。まったくあの人ったら」



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信じる者は掬われる

2011年09月19日 | ショートショート


おい、なんだなんだ、キミ、その恰好は。
赤白のストライプの特注ジャケット?・・・ちょっと派手すぎやしないかね。
それにそのとんがり帽子・・・う~む、どう見ても「くいだおれ太郎」じゃないか。
え?風水で?赤と白がラッキーカラー?いやだからといってその服はないだろう。
朝のテレビの星占いコーナーで、ラッキーアイテムが「とんがり帽子」?バカな番組だなぁ。
おいおい、どこを向いて話しとるんだ?
エ?わしのいる方位が悪いだと?運気が下がるからこっちを向けない?キミ、一体何を信じてるんだ?
星占い、誕生日占い、干支占い、易学、四柱推命・・・
手相、人相、家相、印相、姓名判断・・・
水晶、ダイス、タロット、トランプ・・・
動物占い、花占い、鉛筆占い、茶柱に下駄・・・
とりあえず何でも信じるだって?キミ、筋金入りの日本人だなぁ。クリスマス楽しんで除夜の鐘聞いて、初詣行っちゃうみたいな。
いいか、もともと西洋の占星術は、惑星や星座に象徴的な性質を位置づけ、その運行による力の変動をもとに、生き方や処し方についてインスピレーションを与えるものにすぎない。
ところが日本じゃ、仕事運や金運、健康運に恋愛運等々ことこまかにランキングで示し、ラッキーアイテムまで紹介する。とどのつまり、運のあるなしに一喜一憂するだけなんだ。
確かにテレビはもちろん、新聞雑誌にも占いやら開運グッズの広告が平気で載せてある。健康グッズや美容サプリみたいにインチキっていう摘発もされずにね。それって、占いの効果効能自体が主観的なもんにすぎないからだよ。
結局、日本人は占いの情報を得ることで失敗を避けたいだけなんだ。失敗が自分の行為の結果ではなく、「運勢を知らなかった」とか「ああやっぱり運がわるかった」として片付けちまいたい、それだけ。
つまりこれ、主体性の欠如、自己判断の放棄だよ。
占いってのは、歴史的経験的に見て、こういう場合はこうなりやすいという傾向を示唆したものにすぎない。科学のように一定条件のもとにおこなえば必ず再現するわけじゃないんだ。
どうだ、キミ。占いが胡散臭いものだとわかってきたかね?
オヤ?納得いかない顔だなぁ。意外と頑固なところがあるな。
まさかキミの血液型、頑固で現状脱皮願望の強いA型じゃないか?だろ?ほ~ら当たったぁ。



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不死身の薬

2011年09月18日 | ショートショート



ヨアン・ナマラスカは死ぬのが怖かった。
子供の頃から死を恐れ憂えてきた。三十歳になった今、その思いはますます募り、怖くて怖くて死んじゃいそうだった。
そんなある日、行きつけのパブで、酩酊した、とある研究所の助手から耳寄りな情報を仕入れた。
「おい、本当か?今、不死身の研究をしているって言ったよな?」
「ああ、アマゾン固有の希少種のランから成分を抽出しラットで実験している段階だ」
「まさか。不死身なんて」
「ラットは若々しいまま。何をしてもぴんぴんしてるんだぜ」
翌日、ヨアンは銃火器で完全武装して製薬会社の研究開発室に乗り込んだ。
取り押さえようとする警備員に、必死に助けを求める研究所員に、雨あられと銃弾を浴びせた。
エ?そんなことをしたら警察、いや特殊部隊まで駆けつけて撃たれちまうだって?大丈夫、大丈夫。『不死身の薬』さえ飲んじまえばこっちのものだ。誰にもヨアンを殺せない。
ついに研究室奥の部屋で薬を発見した。研究員が薬瓶を懐にかき抱き守っている。
「まだ治験段階じゃないんだ。やめてくれ」
ドア向こうが騒々しい。部屋のすぐ外まで特殊部隊が迫っているのだ。
時間がない。研究員を容赦なく撃ち殺した。血まみれの薬瓶を手ごともぎとり、液体を一気に胃に流し込んだ。
ドアが蹴破られ、武装した特殊部隊がわらわらとなだれ込んだ。ヨアンは武器をすべて床に捨てて降伏した。
もう何者も手出しできない。可笑しくて可笑しくて、大笑いしながら。

数週間後、逮捕されたヨアンに裁判長が刑を言い渡した。
「被告、ヨアン・ナマラスカ。おまえを終身刑に処す。お誂え向きの場所が準備してある」

数万年が経った。
文明が生まれ、滅び、また生まれ滅びた。そして人類が滅亡して久しい。
地球を訪れた異星人が興味半分に地下500メートルから遺跡を掘り起こした。
かつてノルウェイと呼ばれた国のオンカロと呼ばれた核廃棄物最終処分場である。
地球生物の生き残りが現れて、ドクロマークをかざし、この場所の危険を必死で訴える。
ヨアン・ナマラスカである。
だが、異星人にはそのマークの意味するところがさっぱりわからない。
ヨアン・ナマラスカには、彼ら異星人が半透明の巨人に見えた。
この生物は何を訴えているのだろう?異星人たちは腕組みをしてヨアンを見つめるばかり。
半透明な体から、頭蓋骨と交叉した腕の骨が透けて見えるばかりであった。



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どうして子どもは恐竜が好きなのか?

2011年09月17日 | ショートショート

「わぁい、恐竜だ!本物みたいだ!」
ミンゲルが箱から恐竜のミニチュアを取り出して大喜びです。
「お兄ちゃん、それ、トリケラトプスだよね?」
妹のジュリコも目を丸くしています。
「そうさ。それからこれがステゴザウルス。それからこっちはティラノサウルス・レックスだ」
子どもたちが大はしゃぎしている姿を見て、パパもママも目を細めました。
誕生日のプレゼントに恐竜ミニチュアを選んで正解でした。
一昨日、パパがお店に行くと、店員さんが笑いました。
「え?今どき恐竜のミニチュアですか?もう恐竜ブームは終わっちゃって在庫限り、お安くしときますよ」
でもミンゲルもジュリコも大満足です。
「イタタタ!パパ、ティラノサウルスがボクの指、噛んだよ!」
慌ててママが見るとミンゲルの指先に血がにじんでいます。
ふり飛ばされて、床を逃げていくティラノサウルスをパパが捕まえて箱に戻しました。
「ミンゲル、ジュリコ、ミニチュアサイズでもコイツは肉食恐竜なんだから、気をつけて飼うんだよ」
子どもたちはこくりとうなずきました。


二十年も前でしょうか。恐竜のDNAを解析して復元、さらに思いどおりにミニチュアサイズにする技術まで開発されました。
そして数年後にはミニ恐竜の世界的なブームがおきました。
そして現代。恐竜は珍しいものでもなんでもなくなってしまいました。
発掘された化石から生きている姿を空想し、太古のロマンに浸っていた時代は完全に消えてしまったのです。
捨てられた草食竜が農村で害竜と呼ばれ、捨てられた魚竜が下水道で繁殖してピラニア化しています。
でも、うちの子たちは純粋に恐竜をペットにできることを喜んでいる。
子どもたちはどうしてこんなに恐竜が好きなんでしょうか。


「さあ、御飯ですよ」
ママの声で、子どもたちが食卓につきました。
「やったぁ、ママ、お肉だね!」
「わぁい、ジュリコもお肉だ~い好き!」
子どもたちがお肉にかぶりつきました。
パパもママも目を細めます。
子どもたちはどうしてこんなに恐竜が好きなんでしょうか。



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Yの喜劇

2011年09月16日 | ショートショート



ニューヨークの港でぶよぶよの溺死体が発見された。ホトケの名はヨーク・ハッター。
富豪にして化学実験を趣味としている男だった。
「完璧に正常な精神状態において私は自殺する」という謎めいた遺書を残して。
誰もが自殺の原因は、悪妻エミリー・ハッターだと勘ぐった。富豪の娘エミリーにヨークはまったく頭が上がらなかったのだ。
エミリーには前夫との間にルイザ、ヨークとの間にバーバラ、コンラッド、ジルの三人の子供がいた。
ルイザは耳や目に重い障害をもった中年女性、バーバラは天才詩人、コンラッドはアル中男、ジルは高慢な女だった。
コンラッドにはジャッキーとビリーという息子がいたが二人とも手のつけられない悪ガキである。
さらにハッター家には家政婦と運転手のアーバックル夫妻、女中のバージニア、お抱え看護師のスミス、家庭教師のペリーがいた。
数カ月後、ルイザのために作られた酒を仔犬が舐めて絶命した。何者かが危険な毒薬を仕込んだのだ。
酒を作るように命じたのはエミリー、作ったのは家政婦である。では毒薬を混入したのは誰なのか?
そして二カ月後、ついに殺人事件が発生した。
ルイザと寝ていたエミリーがマンドリンで撲殺されたのだ。
ニューヨーク市警は難事件に頭を抱え、私に相談をもちかけてきた。私の名はY。数々の難事件を解決してきた名探偵のYである。
私は、酒に混入された毒薬がヨーク・ハッターの実験室から盗み出されたものと考えた。
しかし、実験室はエミリーによって封印され、鍵を持っているのはエミリーだけだったのである。
実際に実験室に入ってみると、薬品が置かれた戸棚はもちろん床もすっかり埃に覆われて、最近出入りした痕跡がなかったのである。
実験室の検分を終えた私にはもう、犯人の目星がついた。そこでハッター家全員広間に集まるように連絡をした。
簡単な推理である。
エミリー殺害に用いられた凶器がマンドリンであること。
ヨーク・ハッター所蔵の毒薬に精通していること。
痕跡なしに実験室に侵入できる身体能力。
そして抗いがたい遺伝という神の御業。
そう、つまり犯人は

犯人はうつ伏せに横たわるYの心臓のど真ん中に銃口を向けて、消音銃を撃った。
トス!
トス!
とどめの銃弾にYの体はビクリと震え、そして完全に動かなくなった。
殺したはずのYが、まさかメモ用紙を懐から取り出し文章を書き綴っていたとは。
犯人は1000字近い文章にざっと目を通すと、細かく裂いて暖炉に投げ込み、その灰まで火掻き棒で粉々にした。
危うく犯人をバラされるところだった。危ない、危ない。
それにしてもY、ダイイングメッセージにしては長すぎないか、1000字は。



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