体重計に載って両足を揃える。
大型モニタに体重と体脂肪率が表示され、数値が推移グラフに即座に反映される。
ニヤリ。
急降下していく折れ線グラフが、目標数値の赤いボーダーラインを下回っている。
アスレチック・ルームの全身鏡に引き締まった己が肉体を映し、椴松円楽(とどまつえんがく)は惚れ惚れと眺めた。
椴松円楽。
若くして某仏教系宗教法人グループの代表へと成りあがり権勢をほしいままにする僧侶にして、タレントを霊視するレギュラー番組で絶大な人気を誇る霊能力者。
仏道者でありながら飽食の限りを尽くし女色を貪るうちに、彼は肥え太り脂ぎっていった。
その享楽ぶりにバッシングの声も囁かれ始めた某日、円楽は鏡に映るブヨブヨと垂れた腹を見つめ一大決心をした。
山形県の山間、地下10メートルの密室。
循環型の空気清浄機、アスレチック・ルーム、そして脂肪燃焼タイプの食べ物と飲み物。
(近未来、脂肪吸収を抑制する『特保』どころではなく、飲めば飲むほど、食べれば食べるほど、カロリーを消耗する『痩せる食品』が開発されていたのである)
そこに籠もって節制した生活を送り、若々しい肉体を手に入れる。
スリムな椴松に世間は驚嘆することだろう。彼の肉体美に女たちは瞳を潤ませるであろう。
かくして円楽は地下からは決して脱出不可能な地下室に籠もり、究極のダイエット&シェイプアップに取り組んだ。
そして半年。
割れた腹筋をうっとり見つめ、円楽は呟いた。
もう、よかろう。
通信装置を手にして、地上へと救い出すように指示を送る。
・・・
おや、どうしたことか?
地上の法人事務所には、常時職員が待機している約束であったはずだが。
じゅうぶんに間を置いて、再び通信を試みる。
・・・
やはり、応答なし。
半年の間に、地上でなにごとか起きたのではあるまいか?
まさか、まさか核戦争が?
円楽は、山積みになった、摂れば摂るほどにカロリーを失う飲食物を見上げる。
いや、よしんば核戦争が起きたとしても、全人類壊滅などありえない。
いつか誰かが、きっと救い出してくれるにちがいない。
円楽は結跏座を組み、目を閉じ、読経した。
地上の人々よ、ひとりでも多く生き延びていてくれ。そして救い出してくれ。
己が生存のためとはいえ、生涯において初めて全身全霊の真摯な誦経が唇から漏れた。
かくして数ヶ月後。生存者たちによって地下室は開かれることとなった。
「うわっ、こんなところに即身仏が」
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