桜の季節だから桜の話でもしようか

2015年03月30日 | ショートショート

あの日、桜の季節、ボクの新しい生活がスタートしました。
会社勤めも、アパート暮らしも、何もかも初めてづくしのフレッシュマンです。
会社帰り、満開の桜の並木道を歩いていると、花見客でにぎわっています。
と、道で酔客数名が取り囲んで若い娘をからかっているじゃないですか。
「やめなさい。嫌がってるじゃないか」
大声で諫めると、酔客連中はスゴスゴ散っていきます。
「もう大丈夫。ハハハ、名乗るまでもありません。では失敬」
やってみたかったんだよね、こういうの。立ち去る背中に熱い視線を感じました。

さて、数日後の晩、トントン、トントン、アパートのドアを叩く音がします。
「どなた?」
「旅の娘です。すっかり道に迷ってしまって。どうぞひと晩泊めてくださいまし」
「ア、君は先日の」
「この町に来たのは今日が初めてですわ。名をサクラ、と申します」
確かに桜並木のあの娘・・・
とにかくひと晩泊めてやりました。すると次の日もまた次の日も・・・なんとなく流れで一緒に暮らし始めちゃいました。

「お台所を使わせてください。決して覗いてはいけません。約束ですよ」
ある日、サクラがそう言うので約束しました。
翌朝、げっそりやつれたサクラが台所からヨロヨロ。
サクラの手にしたお盆には、山盛りの桜餅。

この桜餅を売ってみると、評判が評判を呼んで、たちまち行列のできるお店に。
「ではもっと作りましょう。決して覗いてはいけませんよ」
毎日毎晩、サクラは台所に籠もるのでした。
鶴の機織りのごとく日に日にやつれていくかと思いきや、なぜかサクラの場合は日に日に肥っていきましたが。

ボクは約束を守りました。桜餅作りもつまみ食いも予想範囲でしたし。
そして十年、二十年、時は過ぎゆき六十歳。
とうとうボクは会社を勤めあげ、定年退職を迎えました。

最後の帰り道も桜並木は満開でした。と、並木道の真ん中にサクラが立っています。
「お疲れ様、アナタ。とうとうこの日がやってきました。どうしてアナタは覗いてくれなかったのですか」
エ?覗く?「そう約束したから」
「女心のわからない人。実は、実はわたし・・・」
「わかっていたよ。君は酔客にからまれていた娘だろう?そして酔客はボクに近づくための仕込み、つまりサクラだ」
「そうじゃなくって。鈍い人ねえ。確かに酔客もサクラだけど、実はわたしも・・・」
そう言いかけたサクラの身体がおびただしい数の桜の花びらになってほどけて崩れ始めて、
「なんてこった。サクラ、君もか・・・」
ボクの身体もまた、桜の花びらになってほどけて崩れて、
淡い桜色の花びらの山と山が混じり合い、そして降りしきる花びらと見分けがつかなくなっていくのでした。
    


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ニッポニアニッポン

2015年03月26日 | ショートショート

宇宙人に攫われた。
会社の屋上で日の丸弁当を広げていたら閃光に包まれ、気がついたら宇宙の果ての檻の中。
俺を攫った宇宙人は、いかにも宇宙人。グレイとかゆうタイプ。
奴らの目的は?なんでまた俺みたいな平凡なサラリーマンを?
最初は刑務所みたいな収容施設かと思ったけど、そのうちどうやら動物園みたいな場所だとわかってきた。
広い檻の中、俺同様に攫われてきた中国人やらタイ人やらが雑居して。ここはアジアの地球人って括りらしい。
別の檻に多種多様な人種、民族が収容され、離れた檻にはキリンやらゾウやら。昆虫・魚類・植物も展示されている。
連日、グレイの親子やらアベックやら俺たちを見物して大喜び。この盛況ぶり、この星は今、地球生物ブームみたいだ。
ま、地球人が別の惑星で物珍しい生物を見つけてごっそり持ち帰ったら、似たようなバカ騒ぎだろうが。
十数年も経った或る朝、懇意にしていた中国人の老人が檻から連れ去られた。入れ替わりに中国人の青年が放り込まれる。
老いるとお払い箱に?ヤバイぞ、俺も。最近、白髪目立ってきたし。
そして数年後。ついに俺はグレイたちに檻から連れ出された。た、助けて・・・。
しかし連れて行かれたのは、一人には広すぎる快適な檻、しかも食い物まで超豪華ときたもんだ。どうなってんの?
さらにその翌日、檻の中に若い娘が入れられた。それがまた日本人形みたいな楚々とした美少女っ。
「君、名前は?」
「サクラです。屋上でお昼を食べてたら攫われて」
いろいろ話してみると、サクラちゃんも日の丸弁当食ってて攫われたことや、俺は彼女の父親より年上ってのがわかった。
「どうなっちゃうのかしら、私たち」
「大丈夫。君のことは俺が守るから」
なんて言ったものの根拠なし。ホントどうなっちゃうんだろう?
数日後、学者っぽいグレイ数名が檻に入ってきた。
「実ハ貴方タチ二人、最後ノ日本人ニナリマシタ。オ気ノ毒デス」
最後の日本人?いったい地球で何が?なにやらかしちまったんだようニッポン。
「日本人ノ絶滅回避ノ為、オ二人ニ繁殖行為オ願イシマス」
ハンショクコウイ~?朱鷺かよっ。がしかし日本民族の存亡がかかっているなら致し方あるまいっ。ねえ、サクラちゃん・・・
「・・・ゼッッタイ無理!!」
エ~そんな~(泣)、さらばニッポニアニッポン。
   


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催眠術師王者決定戦

2015年03月24日 | ショートショート

即席ラーメン以外作ったことがないと語っていた若者が、次々と片手で卵を割ってボウルに流し込んでいく。
濡れ布巾で粗熱をとったフライパンに、菜箸で溶いた卵を流し入れると一気にかき混ぜて半熟にする。
木葉形を整えて白磁の皿へ移すと、目にも鮮やかなオムレツが完成、巨大モニターにアップで映し出される。
その手際のよさに会場がどよめく。
「いや美味そうだ。早速、味見を・・・う、美味いっ!ふわっふわのトロットロ。まさしくプロの味です!」
会場から盛大な拍手。
簡易キッチンから司会者の案内でステージ中央に移動した若者は、虚ろな目をしたまま夢遊病者のようだ。
「ではムッシュ野々村さん、彼にかけた催眠術を解いてあげてください」
呼ばれて舞台そでで訳知り顔で見守っていたムッシュ野々村が中央に移動、若者の耳元で指パッチン。
途端、若者は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で目を覚ますと周囲をキョロキョロ。
司会者が若者に催眠術にかけられてオムレツを作ったことを説明する。
「ボ、ボクがこのオムレツを?まさか・・・食べてみても?・・・う、美味い!信じられない」
割れんばかりの拍手。若者がADに促され退場する。
「会場の皆さん、そしてお茶の間のみなさん、催眠術師王者決定戦、ムッシュ野々村さんの驚愕のパフォーマンスをご覧いただきました。さあレオナルド馬さんはコレを上回る催眠術を披露できるでしょうか?」
勇壮な音楽が鳴り、ステージ奥中央にスモーク、その中からムッシュ野々村同様鋭い眼力に髭面のレオナルド馬が登場する。
「ではレオナルド馬さん、お願いします」
不敵に笑うレオナルド馬。
「わたしのパフォーマンスはすでにご覧いただきましたぞ」
「え?」
レオナルド馬はムッシュ野々村の鼻先で指パッチン。
ムッシュ野々村は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でキョトン。レオナルド馬が笑う。
「フハハハハ、皆さん、若者にプロの料理人になるように催眠術をかける催眠術師になるようにムッシュ野々村氏に私は催眠術をかけていたのです!」
衝撃の事実に会場がどよめいた。
「えっと・・・ということは・・・おめでとうございます!この勝負、レオナルド馬さんの勝利ということで」
会場から拍手。笑顔のレオナルド馬が両手をあげて応える。その時、
「ちょっと待ったあ!」
ムッシュ野々村が割って入った。
「若者に催眠術をかけるように催眠術をかけたと思わせるように催眠術をかけたのは俺だもんね!」
レオナルド馬も黙ってはいない。
「若者に催眠術をかけるように催眠術をかけたように催眠術をかけたと思わせるように催眠術をかけたのは俺だもんね!」
ムッシュ野々村も引かない。
「若者に催眠術をかけるように催眠術をかけたように・・・」
司会者が両者を制する。
「子供のケンカのようになってきたところで、催眠術師王者決定戦、これにてお開き。また来週!」
   


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あたためますか?

2015年03月20日 | ショートショート


しこたま飲んだ帰り、24時間営業のコンビニの灯に誘われて一人立ち寄った。
「らっしゃっせ~」
店内には若い男性店員が一人、だるそうにモップがけをしている。チリチリの茶髪、耳にはピアスが連なっている。いかにも深夜のバイトだ。
店内に客はボク以外いない。
惣菜コーナーで塩焼きソバを手にとった。
店内をぐるり、レジに向かおうとして足が止まった。雑誌の成人コーナーの一冊、その表紙で微笑む女性は、なんとボクが大大ファンの巨乳AV女優ではないか。しかも悩殺巻頭グラビア+袋綴じだってえ?!
相変わらず店内に客はボク一人。店員は茶髪ピアス。
よしっ。ナウ、ゲッ、チャンスっ。
エロ本をむんずと掴むとレジへ。「すんませ~ん」と声をかけた。
店員は目を細くして掛け時計を見上げ、レジ奥向かって声を張りあげた。どうやら交替の時間らしい。
「ちょっとお待ちくださ~い。木村く~ん!」
店員がモップとバケツを手にレジ奥へ引っ込むと、入れ替わりに木村くんと呼ばれた店員が現れた。
「お待たせいたしました」
目の前で微笑んでいるのは、すこぶる美人の女性だ。この店に寄るたび、前から気になっていた女性。
「こちら、温めますか?」
エロ本に気づいた瞬間、その清楚な笑顔が凍りついた。羞恥のあまりボクは顔から火を噴いた。そして思わず、
「お、お願いしますっ」
数秒、時間が完全に止まった。
いや、本は温めなくていいです・・・そう声を掛ける勇気もないままに。
「しばらくお待ちください」
美人店員はまず塩焼きソバをレンジへ。
意を決したようにお馴染みのコンビニ制服のボタンを外して胸を開くと、白いブラがチラリ。
白磁器のように艶やかな胸の谷間にエロ本を差し入れてムギュウウウ。
焼きソバとエロ本が温まっていく・・・
ああ、鼻血が出そう・・・
「チン」
ボクはホカホカの焼きソバとエロ本を受け取った。
「お待たせいたしました。またどうぞ」
頬を染めた彼女がまた微笑んでくれた。

あれから一週間。
あの晩の夢のようなできごとは現実だったのだろうか?
焼きソバは食ったし、エロ本は楽しんだし、コンビニに立ち寄ったのは事実だが、アルコールのせいで随分妄想が加わっているのかも。
ちょうど一週間後の同じ時間、ボクは居ても立ってもいられずコンビニに行った。
レジには木村さん、あいかわらず綺麗だ。先週と同じように客は他にいない。
「いらっしゃいませ」
また微笑んでくれた。
ボクは雑誌コーナーに一直線、週刊誌を一冊掴むとレジへ向かった。エロ本じゃなく一般の棚の週刊誌。
「こちら、温めますか?」と彼女。
ボクは準備していた言葉を彼女に伝えた。緊張のあまり上擦った声だったけど。
「温めないでください。他の誰の本も温めないで」
うつむいて答える彼女の声もまた上擦っていた。
「アナタにしか温めたことありません。アナタだけ」
ボク、だけ?見る見るボクの心が温まっていく。
   


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恐怖カマキリ男2

2015年03月09日 | ショートショート

ボクは悲鳴をあげた。
エナメル線みたいな光沢を帯びた線状の物体が肛門から顔を出して身をくねらせてウネウネ・・・
「ギョエエエッッッお尻からハリガネムシがっ」

・・・と、そこで目が覚めた。なんだ、夢か。
見回すと周囲は薄暗い。物音に気づいて父が覗いた。
「お、目を覚ましたな、タカシ。おまえ、三日三晩眠りこけてたんだぞ」
指を確かめると、咬まれた傷痕が微かに残っている。
「父さん、もしかして学校にはインフルエンザってことに?」
父が怪訝そうな顔でボクを見つめる。
間違いない、カマキリに咬まれたんだ。そして三日後、目を覚ましたところから・・・
シャアアアア!
一週間省略して父に鎌を振り上げた。
「アホか、おまえ」
ゲンコツを食らう。夢の中より痛い。間違いない、今度は現実だ。

翌日から学校に行った。
食欲旺盛になることもなく、動体視力も身体能力もアップすることなく、平々凡々の今までどおりの高校生活だった。
そりゃそうだ。やっぱりスーパーヒーローもモンスターもみんなつくりごとなんだ。
現実に虫に咬まれたら、腫れたり熱が出たりが関の山ってところだ。
そんなわけでボクはフツーに高校を卒業、フツーの会社に就職して、フツーに恋愛、フツーな女性と結婚した。

「アナタ・・・赤ちゃん、できちゃったの」
妻の報告にボクは舞い上がった。フツーに父親になるって、やっぱスゴイじゃないか。
そんなわけで、ついついその晩は飲み過ぎてしまった。
深夜、目を覚ますと隣に寝ているはずの妻の姿がない。
不審に思い、身体を起こそうとするが体がシビれて動けない。
え?なんで?
・・・なんで台所から包丁を研ぐ音なんか聞こえてくるんだ?
  


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恐怖カマキリ男

2015年03月09日 | ショートショート

カマキリに咬まれた。
手をすっこめて飼育箱に目をやると、箱の中からカマキリの黒い瞳がギロリとボクを睨み返してきた。
人差し指の爪の脇に咬み痕がある。指を咥えると血の味がした。

「おいタカシ、ゴロゴロしてないで手伝ってくれんか」
日曜日の朝、父から手伝いを頼まれた。取引先関係の移転を手伝う仕事なんだとか。
今度焼き肉に連れてってやるって言うので、二つ返事でOKした。
行った先は、古びた研究室の建物、そこから書類やら器具やらを運び出すのが仕事だった。
中には実験動物の飼育箱なんかもあって、そのひとつを不用意に抱えて咬まれてしまったのだ。

指先を確かめるともう血が止まっていた。たいしたことなさそうだ。
「お~い、一緒に運んでくれい」
父が書類棚を半分抱えて声を掛ける。
「コレ運んだら手伝うから」
次々と手伝わされるうちに咬まれたことなんてすっかり忘れてしまった。

思い出したのは夜、指先がシクシク痛み始めてからだった。ひどい頭痛、やたら汗が出る。
ヤバイぞ、コレ。あのカマキリ、まさか・・・
そのまま意識が薄れて部屋のベッドに倒れ込んだ。

目が覚めると周囲が薄暗かった。朝なのか?夜なのか?物音で気づいた父が部屋を覗いた。
「お、タカシ、目が覚めたか。寝惚けた顔してるなあ。無理もない、三日三晩寝てたんだからな」
三日三晩?指先を見るとすっかり腫れが引いていた。頭も痛くない。
三日も学校休んだらさぞみんなも心配して・・・
「学校にはインフルエンザってゆっといたから」
おいおい父さん、適当だなあ。
しかし!しかし、この展開・・・もしかしてスパイダーマン!!みたいな?

その後、一週間。
周囲を騒然とさせる信じがたい食欲でむさぼり食った!
動体視力がアップ、猛スピードで飛ぶハエをキャッチ!
体育の時間にスゴイ身体能力でジャ~ンプ、級友唖然!
・・・そういう非日常的な椿事は一切おきなかった。
平々凡々な今までどおりの高校生活。
いや、何かの拍子に能力が覚醒したりして・・・
シャアアアア!
意を決して父に鎌を振り上げて襲いかかった。
「アホか、おまえ」
きっつ~いゲンコツ一発。
ダメか、やっぱし。虫に咬まれたくらいでヒーローになったりモンスターになったり、そんなの映画だよな、やっぱし。
便意を催した。フツーに変わりなく。大きくため息ひとつ、トイレに向かった。

ほどなく。
ボクは悲鳴をあげた。
エナメル線みたいな光沢を帯びた線状の物体が肛門から顔を出して身をくねらせてウネウネ・・・
「ギョエエエッッッお尻からハリガネムシがっ」
  


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