ショートショート『老人と木』

2012年09月30日 | ショートショート



暖炉の前、ブライヤパイプをくわえたおじいさんが木の椅子に腰掛けています。
「おじいちゃん、お話してよう」
子どもたちにせがまれておじいさんは微笑みました。ご近所に住んでいる、かわいい子どもたちです。
「そうじゃな、じゃあ木の話をしてやろう」
「わあい、やったあ」
子どもたちは、椅子を持ってきたり横になったりして、おじいさんを囲みました。
みんなの顔を暖炉の火が明るく照らします。
「あるところに、それは大きな木があった。この木何の木気になる木じゃ」
「この木何の木気になる木?」
「♪名前も知らない木ですから♪見たこともない花が咲くでしょう~♪」
「おじいちゃん、その木、知ってるよ」
「モンキーポッドっていうんだ。マメ科ネムノキ亜科の常緑高木だよ」
「ハワイ、オアフ島のモアナルア公園の樹よ」
「イメージ使用権を持ち主に年間4800万円払ってるそうだよ」
「基本的に白い糸状の花弁の花が咲くわ」
「マメの房がなって黒ずんで落下すると、犬のウンチみたいだよ」
おじいさん、すっかり渋い顔です。
「おまえたち、夢がないなあ。マメ科だけにマメ知識か?」
暖炉の前なのに孫たちが凍りついた顔で震えます。
「何の木かは問題じゃない。その木がなにをしたかということじゃ」
「なにをしたの?おじいちゃん」
おじいちゃんは遠い目をしました。
「たくさんの小さな生命を育んだのじゃ」
「小鳥たち?リスたち?ムシたち?」
「もちろんじゃ。そればかりじゃない。集まってきたもの、みんなじゃ」
子供たち、キラキラした目で夢中です。おっと、これは好感触です。
「木ってすごいんだね。みんなを守ってくれてるんだね」
「おじいちゃんみたい」
「木は与えるばかりなの?木にごほうびはないの?」
おじいさんは笑いました。
「実は、木は見返りに小さな生命をいただいて、木に変えてしまうんじゃ」
「ゲ!ひどいや」
「いやいや、悪木はないんじゃ。ほんのちょっとだけ、木にならないくらい」
「いつ襲われるかわからないんじゃ、木が木じゃないよ」
「大丈夫じゃよ。小さな生き物たちを怖がらせないように木は触るんじゃ。そおっとな」
「触られると、生き物たちはどうなっちゃうの?」
「知りたいか?」
「うん!」
「木がふれたようになっちゃうのだよ」
そう言っておじいさんが木のようなカサカサの手で、完全に凍りついちゃった子どもたちにふれました。
寒い寒い夜が更けてゆきます。
おじいさんはまた一本、手元の薪を暖炉に投げ入れました。



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ショートショート『本当にあったコワイ塾の話』

2012年09月29日 | ショートショート



中学生になるとすぐ数学の塾に通わされたが、ボクは憂鬱でしかたなかった。
学校の授業だけでたくさんなのに、さらに週二回塾に通うなんて。
そのうえ塾は歩いてすぐの近所だったが、いちばんの近道は墓原を抜ける道だった。
六地蔵を通って古井戸を横切ると、墓原の中央を貫くまっすぐの道。
その正面に無縁仏が築かれていた。縁者を失った墓石が山のように積みあげられた塚だ。
無縁仏を回り込むと道らしい道はなく、危うい足場に注意を払って山道を下ると塾が見えた。
帰りはさすがに薄気味悪く、塾仲間と迂回して帰宅したが、行きはいつも墓原を抜けた。
さびしい夕暮れ時、無縁仏が黒い影となってそびえたち、ススキ野原がザワザワ騒ぐ音がして身震いしたものだ。
その塾は、塾とは名ばかりのこじんまりとした古い民家だった。
看板らしい看板もなかったが、玄関前に自転車が所狭しと並んでいたのでそれとわかった。
塾の先生は河合先生といって、教え方はうまかったと思う。
あの大手進学塾の河合塾と紛らわしいので、小規模なこっちを小合塾なんてこっそり呼んでたっけ。
あれは九月、運動会が終わって間もないころだった。
いつものように墓原を抜けて塾に行った。
台風が近づいていたせいで生温かい風がまとわりついた。
学習室に入ると、おや?みんなの様子がなにか変だ。
みんな、いったいどうしたんだ?いったい、なぜ?
ガラガラガラ。
襖が開いて、奥から河合先生が入ってきた。
「よし、みんなそろったな。じゃ始めるぞ」
ボクは先生を見つめたまま固まった。
河合先生が・・・スキンヘッドに・・・
なぜ河合先生が突然スキンヘッドにしたのか、今でも理由はわからない。
でも、よく似合っていたのは確かだ。
あのときの驚きは今も忘れない。
これで、ボクの『本当にあったコワイ塾の話』はおしまいだ。
え?どこが『本当にあったコワイ塾の話』なのかって?
本当にあったんだよ、小合塾。
それに先生、本当に本当、似合ってたんだぜ。



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ショートショート『4回カットでピザは何枚取れる?』

2012年09月28日 | ショートショート



「お待たせいたしました。『クアトロ・フォルマッジョ』でございます」
ピザと取り皿をテーブルに置く。
「まあ、美味しそう」
女性客が目を輝かせる。思わず言葉を添えた。
「当店自慢のピザなんですよ。ゴルゴンゾーラ、タレッジョ、モッツァレラ、パルミジャーノ・レジャーノ、香りも風味も違う四種類のチーズをご堪能くださいませ」
頭を下げてテーブルを離れる。
恋人だろうか、若い御夫婦だろうか。服装のセンスもなかなか、素敵なカップルだ。
男性が女性に質問する声を背中で聞いた。
「4回カットして、ピザは何枚取れると思う?」
「数学の問題?」
「まあね」
何枚取れるんだろう。思わず聞き耳を立ててしまう。今出したピザは8等分だから、8より多い数なのはまちがいないのだが。
「直線で切るんだよね。パーツの大きさが違ってもいいのよね」
「もちろん」
男がピザをつまむ。
「ちょっと待ってよ。今、ピザ見ながら考えてたんだから」
「冷えたら台無しだ。君も食べなよ」
そうそう。焼きたてを味わっていただきたい。にしても、いくつだ?
真ん中に四角形を作るみたいに切ったら・・・9個か。
「ねぇ、ヒントちょうだい」
そうそう、ヒント、ヒント。男が微笑んでワインをひとくち。
「カット数とパーツ数の数列を考えるんだ。カット0回なら1個のまま。カット1回なら2個だよね。そしてカット2回なら4個。カット3回なら?」
「中央で交わるように切り分けたら6個。でも一本ずらして中央に三角形を作れば7個だわ」
「ご名答。つまり最大数は7個。カット3回で7個。回数と個数の関係は?」
「ちょっと待って・・・前の個数に次のカット数を足したら答えだわ!」
「冴えてるなあ、正解」
本当だ。ということはカット4回なら、7個とカット4回の7+4で11個!
「答えは、11個ね。でも、どうやったら11個になんて切り分けられるかしら」
「交点をたくさん作るように工夫してみなよ。たくさん交わるほどたくさんできるはずだから」
うんうん、なるほど。
「ねぇ、さっきから何してるんですか?お客さんの盗み聞き?」
ギクリ。後ろからバイトの女の子に小突かれた。
「人聞きの悪いこと言うなよ。あの二人、なかなか面白い話をしてたんで、つい」
「なんの話?」
説明してわかるかなあ。
「まあつまり、回数を増やしてたくさん交わるとたくさんできるって話だよ」
「まあ、ヤラシイ」



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ショートショート『ひまわり』

2012年09月27日 | ショートショート



「あ、久しぶり。日向子、ちゃん、だよね?あの、ボク、覚えてる?高校ンときの。
・・・そうそう。覚えててくれたんだ。
元気にしてた?・・・そりゃよかった。・・・ああ、元気だよ。
あれから連絡しなくてゴメン。いろいろ忙しくって。
でさ、今さらなんだけど、今さ、日向子ちゃんの家に行こうとしてたんだよ。
迷惑じゃない?・・・よかった。でさ、それが、ちょっと弱ったことになっちゃって。
迷子になっちゃった、つーか。ここがどこかわかんないわけ。
・・・確か駅で降りて、確か順路はあってると思うんだけど、
向陽台ニュータウンだったよね?
・・・それがさ、宅地なんてない、だだっ広いひまわり畑に入り込んじゃって。
ね?ここ、どこだかわかる?
・・・奇怪しいなあ、近くだと思ったんだけどなあ。
辺り一面、丈の高いひまわりに囲まれて、出口さえわかんなくなっちゃって。
・・・え?・・・太陽を?・・・方角がわかる?ひまわりは太陽を追いかけて首を振るんじゃないの?
成長期を終えたひまわりは、ずっと東を向いたまま動かなくなる?
へえ、そうなんだ。
・・・わたしと同じ?ずっと東京のほうを向いて待ってた?
だからそれはゴメンって。落ち着いたら呼ぶつもりだったんだよ。嘘じゃないって。
マジ後悔してんだよ。いろいろ辛いことあって。
で、日向子ちゃんのよさを再認識できたっつーか。都合よすぎるの、わかってンだけどさ。
君さえよかったら、やりなおせないかな?
・・・うん。・・・うん。・・・うん。だからホント悪かったって。
だからさ、とにかく会って話そうよ。それから先は、そのあとで決めたらいいんだから。
・・・え?いい?・・・こっちに?
わあ、助かるよ、日向子ちゃん、サンキュー!
・・・え?・・・もう来てる?どこ、どこ?ひまわりしか見えないけど・・・。
日向子ちゃんさ、さっきひまわりは成長した後ずっと東を向いてるって言ったよね?
ここのひまわり、全部ボクのほうを向いてるんだけど・・・。ボクが歩くと追っかけて・・・。
・・・え?もうそばまで来てる?
ひまわりしか見えないよ。四方八方、ひまわりから見られてるだけ。
ねえ、君ってもしかして」



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ショートショート『皮膚』

2012年09月26日 | ショートショート



ふ~、いい気分。
さすが平日の昼下がり、サウナ風呂に先客なし。
12分計を確認、12分間の苦行に専念する。この後の水風呂が最高なんだよな。
誰もいないことをいいことに横になりかけた、そのとき。
扉が開いて客が入ってきた。
ゲッ。
思わず声を上げ姿勢を正した。だってその男、丸裸だったのだ。
いや、もちろんサウナだから裸でいいんだけど、裸も裸、皮膚がない。
人体模型の、筋肉標本そっくりの全身赤身の男。
驚いたのは相手も同じだったが、気まずそうに入口近くに腰を落ち着けた。
見て見ぬふりをしつつも、サウナ室内にピリピリ緊張が充満する。
皮膚がないなんて・・・。
何かの病気か?皮膚が溶けちゃうみたいな?痛くないの?サウナ入って大丈夫?
と、またひとり客が入室。
ゲゲッ。
こいつも筋肉標本男!おいおい、いったいどうなってるんだ?
男が奥に座る。ボクは筋肉標本に挟まれ、お尻がモゾモゾしてきた。
時計を見上げる。え?まだ3分も経ってない。
すると、談笑しながら数名の客が入ってきた。
またしても全員筋肉標本。一同、ボクを見て小さく声をあげる。
さらに次から次へと筋肉標本が室内に増えていく。
なんでこいつ、皮膚つけたまま風呂に入ってんの?非常識な。そんな空気が充満している。
かと言って、ひしめきあう筋肉標本をよけながらサウナを出る勇気もなし・・・。
圧倒的な優勢に立った筋肉男たちは横になったり世間話を交わしたり。
ああ、ボクも脱げるものなら脱いでしまいたい!皮膚なんかいらない!
と、そのときだ。
皮膚男がひとり、入ってきたのだ。わが同志よ!
・・・その皮膚男の背中全面には、凄味のある夜叉の刺青。
夜叉に威嚇された筋肉男たちがお行儀よく座りなおす。何気なさを装い、そそくさとサウナ室を出て行く者さえいた。どんなもんだ!
モンモンのお兄さんがこんなに頼もしく感じられたことがわが生涯にあったろうか?
今し方まで猫背だったボクの背筋がしゃんと伸びる。
ついに皮膚男の時代到来!
と、思ったのもつかのま。館内アナウンスが鳴り響く。
「ご来店のお客様、当店は刺青の方はご遠慮申し上げております。ご協力のほどよろしくお願いいたします」
刺青男が小さく舌打ちをして腰を上げる。室内の空気が再び変わっていく。
ああ・・・お兄さん!ボクをひとりにしないで・・・。



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ショートショート『100円効果』

2012年09月25日 | ショートショート



チャイムが鳴って玄関ドアを開けると、薄汚い爺さんが立っていました。
髪も髭も真っ白でボサボサ、ボロ布に杖、まるで仙人です。
「わしゃあ神様じゃよ」
神様がいったい何の用でしょう。
「御利益を届けに来たのじゃ。さあ、わしについてまいれ」
ちょっと、ちょっとぉ!
「何かボク、神様に御利益を授かるような善行、しました?」
神様は、懐からボロボロのメモ帳を出してページをめくります。
「うちの神社に初詣して御利益を願うとる。わしはちゃあんと記録しとったのじゃよ」
「初詣?その御利益を今頃?」
「御利益を授けて回るのに忙しいのじゃ。今頃で不服か?」
「いえいえ、ありがたく頂戴いたします」
とにかく、着替えて御利益をいただきに行くことにしました。
で、神様に連れて来られたのが百円ショップ。
「おぬしは賽銭箱に百円を投入して『何かいいことがありますように』と願っておる」
そうだっけ?忘れちゃったよ、もう。
神様は首から紐でぶら下げたガマグチから、百円玉をひとつ、つまみあげます。
「そこで、御利益じゃ。なんでも好きなものを一品、買ってしんぜよう。さあ、選びなさい」
・・・あのぉ、それって。
「さ、早く。わしも忙しいのじゃ」
百円の御利益だもの、百円相当が関の山ってところか。
まあ、確かに同じ百円でも、いろんな百円が店内に溢れています。
え!?これが百円?こんなものまで!なんてアレコレ物色するのは、それはそれで楽しいもんです。
お得感いっぱいで幸せ気分になったり。つい不要なものまで買っちゃってブルーになったり。
「消費税はサービスじゃよ」
神様が嬉しそうに耳打ちします。
そのときにはもう、ボクは決めていました。
「神様、もう百円分楽しみました。商品はいりません」
神様は、百円玉をボクに返そうとします。
「それは賽銭箱に入れたお金です。返してもらうわけにはいきませんよ」
困り顔の神様に微笑みかけました。
「神様の律儀さはよくわかりました。さ、どうぞ次の方のところへ」
神様は去っていきました。
なんかボク、晴々した気持ちになりました。

その日の帰り、レンタルショップに寄ってビックリ!
なんとアダルト新作まで百円レンタルやってたんですよ。
しかもお目当ての人気女優の新作がまだ残ってるだなんて~。
こんなラッキーなことってある?
これってもしかして・・・



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ショートショート『おとこやま』

2012年09月24日 | ショートショート



いくつになった頃からだろう。
おとこやまのことを意識するようになったのは。
おとこの子どうし、意味もわからずにおとこやまって言うことがあった。
言った子も、言われた子も、顔が熱くなったけど理由はわからなかった。
おんなの子は、おとこやまの話を聞くといやな顔をした。
でも、おんなの子どうし、こっそり顔を見合わせてにやにやしていた。
なんなんだろう、おとこやまって。
知りたくて知りたくて、本当に息がつまってパクパク喘いで。
心臓がひっくり返って、死ぬんじゃないかと思って。
それでも、うしろめたくて、誰にも言えなくて。
もう自分じゃなくなって、二度ともどれないのが不安でしかたなくって。
そのうち、まわりのおとこの子がふつうにおとこやまのことを言いはじめた。
ひょうしぬけしてしまうくらいに、あまりにもサラリと。
だれそれはもうおとこやまにのぼったっていう噂まで聞くようになった。
無性にあせりを感じてきた。
ぼくものぼりたい、おとこやまへ。
やまにのぼる準備をはじめたボクに、父さんが気がついた。
「おまえもとうとうおとこやまか」
想像していたときは、消えてしまいたいくらい恥ずかしいはずだったのに、
いざ言われたら、晴れがましいやら、せつないやら。
よし、のぼろう、おとこやまに。
ボクは、ふもとからそびえ立つやまを見上げる。
のぼりきることがボクにできるんだろうか?
いただきに立ったら、いったいどんな感じなんだろうか?
なんだ、これだけのものかとがっかりしてしまうんだろうか?
もっとちがう、想像もつかない恐ろしいなにかになってしまうのかも。
意を決してボクは、おとこやまをのぼりはじめる。



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ショートショート『望遠鏡』

2012年09月23日 | ショートショート



黒塗りの車の行列が、政府の天文研究施設の中へと吸い込まれていく。
車から大統領と、その側近が降り立つと、すでに施設長の博士が出迎えに立っていた。
一同、エレベーターに乗り込み観測室へと向かう。
「博士、それほどに深刻な事態なのか?」
「大統領、大統領の目で直にご覧いただくのがよろしいかと」
大統領が観測室に到着すると、研究員たち一同が起立して敬意を表した。
観測室のど真ん中に鎮座しているのは、見たこともない形状の、巨大望遠鏡だ。
ワームチューブ望遠鏡。遥か彼方の宇宙を観察できる、世界に一台きりの望遠鏡なのだ。
「さあ、ご覧ください」
博士に促されるまま、大統領が望遠鏡を覗く。
しばらく覗いたあと、大統領は怪訝そうに博士を見つめた。
「なんだ、これは地球の映像じゃないのかね?」
博士が首を振った。
「だといいのですが、これはケプラー33ωなのです」
その惑星の存在は周知の事実だった。しかし、これほどに地球と似ているとは。
「さらにズームします」
拡大されていく惑星を見つめて、大統領と側近が口を開いたまま動けなくなってしまった。
アメリカ大陸!アメリカ合衆国!ワシントンD.C.!
「そっくりだ!地球そのものだ!」
博士の合図で、モニターに都市の写真が映し出される。
「大統領、さらに解析した写真がこちらです。惑星にはこのとおり都市があるのです」
「し、信じられん・・・」
「都市ばかりではありません。地球同様の基地があり、核ミサイルさえ装備しております」
大統領はもう一度、望遠鏡を覗いた。
「我々に見えるということは、奴らにもこちらが見えるということだな?」
「ありうることです」
大統領の額に汗が滲んだ。
今この瞬間、自分が望遠鏡を覗いているように、向こうからこっちを覗いていたとしたら?
向こうの大統領も同じように額に汗を滲ませて。
「博士、君にこの事態を打開するアイディアはあるのか?」
博士は、都市航空写真そっくりのモニター映像を見つめつつ、白い髭をしごく。
「ないわけではありませんが」
大統領の顔が輝いた。
「おお、あるのか。言ってみたまえ!」
博士がうなずき口を開いた。
「向こうから地球が見えないように、鏡で遮ってしまうのです。さしあたり『ボウエンカガミ』とでも名づけましょうか」



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ショートショート『一杯の珈琲』

2012年09月22日 | ショートショート



電動グラインダーが唸りはじめると、焙煎された豆の香りに室内が満たされていく。
目を閉じる。ああ、この安らぎ、地球に戻ったようだ。
ものの15秒で挽き終えて、準備しておいたフィルターに入れる。
コーヒーケトルの細い注ぎ口から、まんべんなくお湯を回す。
蒸れてふっくら膨らみきったところで、さっとお湯を注ぎ込む。
雑味まで出ないうちにドリッパーを外し、温めておいたカップに注ぎ分ける。
「よ~し、みんな一服してくれ」
司令の言葉に、艦橋司令室の面々がカップを受け取る。
「いや~、司令の淹れたコーヒーがいちばんだなぁ」
「お店、やってけるんじゃないですか」
司令は相好を崩した。
「おいおい、ごく一般的なペーパードリップだよ。コツさえつかめば簡単に出せる味さ。今回の任務が終わったら伝授しよう」
カップを手にした一同、『今回の任務』という言葉に、思わず中央モニターに目をやった。
惑星エチオピアが真近に迫っていた。
「今回の任務、失敗は許されない。このコーヒーをいつまでも嗜むためにも」
司令の言葉に一同、無言でうなずく。
未来。
地球ではもう、コーヒーの生産はおこなわれていない。惑星エチオピアで生産される良質のコーヒー豆に頼りきっているのだ。
ところが近年、エチオピア星人労働者たちによる暴動が起きていた。地球で消費されるコーヒー一1杯の値段のうち、彼らの手にわたる賃金は、わずか1~3パーセントだと訴えて。そしてついにエチオピア星人は反乱軍を結成、輸出センターを占拠する事態が起きたのだ。このままでは地球へのコーヒーの供給がストップしてしまう。
レーダー担当が司令に告げた。
「輸出センター上空に到達。視界良好、モニターにズームします」
中央モニターに輸出センター離発着場が拡大されていく。
何百というエチオピア星人反乱兵士だ。われわれの到着にはまだ気がついていない。
カップに残った最後のコーヒーを啜り、司令が毅然と命じる。
「イチコロガス爆弾、投下!」
このガスが奴らのエラに付着すれば奴らは数秒で絶命するだろう。
コーヒー豆に一粒の犠牲を払うことなく、反乱兵士を殲滅することができる。
失った労働力を補うために、会社はすでに大量の労働ロボットを送り込む手筈を整えているらしい。
司令は、落下していく爆弾を見つめた。
もし彼らが地球人だったとしたら、良心の呵責を感じていたかもしれないな。



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ショートショート『車が似合う女』

2012年09月21日 | ショートショート



キャー!
ニッサンGT-R!しかも、2011年モデル『エゴイスト』じゃないの!かっちょい~い。
うんうん、リア・エンブレムを確認してうなずく。日本の技術の粋を集めた最強マシンだよな、コレ。
車体だけで1500万円くらいだっけ?この車、注文すると栃木工場の製作現場を見に行けるらしい。自宅を建てる工程を見守るみたいな感覚?まあそれくらいの買い物でもあるわけだけど。外見、内実揃った、最高の街乗りマシンだよなぁ。とにかく羨ましい!え?
キャー!
と、二度びっくり。なんと、車から颯爽と降り立ったのは女性ドライバー!
さらさらロングヘアを振って、サングラスを外して。うわっモデルみたいな、い~女っ。駐車場にいた男どもみんな、足を止めて車と女に釘付けだあ。
それにしても、つねづね思うに、車が似合う男ってホントに少ないんだよな。
街に溢れているフェラーリとかポルシェとかの運転席に収まってる男たちって、なんかダサい。
軽薄そうな若者だったり。成金趣味の脂っぽい親爺だったり。
逆に車に乗ってる女性ってなんかカッコイイんだよな。アレってなんなんだろ?
う~ん、つまり車に対する意識に関係してるかもしれない。
男って、車自体に思い入れが強くて、車で自分をカッコよく見せたい意識が見え見えで逆にカッコ悪く見えちゃう人が多い気がする。
で、女性は基本的に車を道具として割り切って乗っているから、そこが颯爽と見えるんだろうなぁ。
ま、女性にしても、ハンドル抱えてガチガチの前傾姿勢で運転してるってのはイケてないけどさ。
ベンツを降りて駐車場を横切り店へと向かう。女たちの熱い視線が自分に向けられているのを感じる。
店の中に入ると・・・いた、いた。さっきの彼女、窓際の席でコーヒーを飲んでいる。
視線に気がついて、彼女が微笑み、照れくさそうに髪をかきわけた。
ミャクあり、か?
彼女が仕草で相席を勧める。彼女の対面に座りながら、挨拶を交わした。
予想に反した野太い声に驚いて、彼女の顔を凝視するとうっすら髭剃り跡が。
「・・・お、男かよ」
その声を聞いた彼女のほうもガッカリ。
「なんだ、女かよ」



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映画『ロード・トゥ・パーディション』

2012年09月21日 | 映画の感想



監督 サム・メンデス
トム・ハンクス (Michael Sullivan)
タイラー・ホークリン (Michael Sullivan Jr.)
ポール・ニューマン (John Rooney)
ジュード・ロウ (Maguire)
ダニエル・クレイグ (Connor Rooney)
スタンリー・トゥッチ (Frank Nitti)
ジェニファー・ジェイソン・リー (Annie Sullivan)
リーアム・エイケン (Peter Sullivan)
ディラン・ベイカー (Alexander Rance)

1931年、米・イリノイ州。12歳になるマイケルは父・サリヴァンの仕事に好奇心と疑問を覚えていた。サリヴァンは町を牛耳るギャングの一員で、とりわけボスのジョン・ルーニーには息子のように可愛がられていた。ある日、マイケルは父親とボスの息子・コナーが敵対するギャングの一人を殺害するのを目撃してしまう。現場にいた事が知られてしまったマイケルは、口封じのためにコナーに追われることに。サリヴァンは息子を守るため、組織に背を向けマイケルを連れて逃亡の旅に出る。始めはわだかまりのあった2人だが、次第に親子の壁を越えパートナーとなっていく。だが…。

★★★★★
はっきり言って普通のストーリーである。基本的にどこにでも転がっているアクション映画、特にマフィアもののバイオレンスアクション映画の筋立てとして、フツーなのだ。マフィアの親分に愛する家族を殺された男が復讐していく話に過ぎない、アメリカ版子連れ狼なのだから。しかし、これは大傑作である。絞り込まれた人物像が画面の中で息づいている。この映画は、二組の父子の話である。わが子に愛情を抱いてるけれどそれを表す術をもたない父親と、父親に愛されている確信がもてない子どもの話である。他の要素を削ぎ落としたシンプルな構造がストレートに心に響いてくる。すべてを甘んじて受け入れるマフィアのボス(ポール・ニューマン)の最後の表情、立ち姿。感情のままに母子を殺してしまったあとのドラ息子(ダニエル・クレイグ)の戦慄く目線。息子を同じ道に進ませたくないという父親(トム・ハンクス)の決意に満ちた最期の表情。ほんの動作や表情で完全に人物の内面を語り尽くす巧さ。サム・メンデス監督が注目され続けているのがわかった気がする。ジュード・ロウも個性的な殺し屋としていい味を出していたなあ。
さて、この冬に公開される『007スカイフォール』、サム・メンデス監督作品だ。上司Mとボンドとの確執が描かれるとか。う~む、どことなく、この映画のコンセプトと似ているような・・・。てことは、もしかしてMは今作で・・・?期待と不安が募ってくるなあ。

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映画『キス★キス★バン★バン』

2012年09月21日 | 映画の感想



監督 スチュワート・サッグ
ステラン・スカルスゲールド (Felix)
クリス・ペン (Bubba)
ポール・ベタニー (Jimmy)
ピーター・ボーガン (Daddy Zoo)
ジャクリーン・マッケンジー (Cherry)
アラン・コーデュナー (Big Bob)
マルティン・マカッチョン (Mia)
シエンナ・ギロリー (Cut)

フィリックスはかつて、このロンドンを根城に活動する組織の中でNo.1の殺し屋だった。だが、最近歳と共に腕の衰えを自覚してきた彼は、25年務めてきたこの稼業から足を洗うことを決意、弟子ジミーに後を継がせて引退する。しかし、“殺し屋は死ぬまで殺し屋”という掟を破ったとして組織のボスはフィリックスの殺害を画策する。その頃、フィリックスは生活していくために新たな職に就こうとしていた。知り合いのアンティーク密輸業者に持ちかけられたその仕事とは、33年間一歩も外に出すことなく大事に育てられた息子ババの子守というものだった。

★★★★★
センスのいい映画ってこういうのをいうんだろうな。老いぼれ殺し屋と少年オヤジのお話がこんなに素敵なんて。アクション場面でのポップな音楽やら、映画のセットのパステルカラーやらで、映画のファンタジックな魅力を説明しきっているから、一貫してセンスのよさに身を委ねることができる映画なのだ。セックスシーンですら、そのあとの二人をホモセクシュアルに見せないための伏線になってて。聴き心地がよい曲を何度でも聴きたくなるように、ついまた観てしまうタイプの映画だ。


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映画『現金に体を張れ』

2012年09月21日 | 映画の感想



監督 スタンリー・キューブリック
スターリング・ヘイドン (Johnny Clay)
コリーン・グレイ (Fay)
ヴィンス・エドワーズ (Val Cannon)
ジェイ・C・フリッペン (Marvin Unger)
マリー・ウィンザー (Sherry Peatty)
テッド・デ・コルシア (Randy Kennan)
エライシャ・クック (George Peatty)
ジョセフ・ソーヤー (Mike O Relly)
Tim Kaly (Nicky Alane)

人生に問題を抱える男達が、刑務所から出たばかりのジョニー・クレイが立てた競馬場売上金強盗計画に加担する。ダービーの日に競馬場内で騒ぎを起こしその隙に強盗を行うというジョニーの計画は確実に成功するものと思われたが、メンバー間の結束が次第に乱れていき計画は徐々に狂い始める。

★★★★★
スタンリー・キューブリック監督のハリウッド第1作。やっぱり天才だなあ。というか、キューブリックだと知らずに観て、こんなスゴイ映画作る監督ってだれだ?ってふうに観たかった映画だ。若くして才気横溢!金を目的に集まった連中が競馬場の売り上げが略奪するが、計画が頓挫して果たして一味の運命は?というストーリー。これを時系列どおりに描くんじゃないところが斬新!それが奇を衒った感じじゃなくて実にスリリングなのが凄い。競馬のレース中に一味が連動して強盗を成功させるわけだが、それぞれの立場を描きわけながらレース前からレース中のシーンを繰り返し、犯罪の全体像を明らかにしていくという語り口は、理にかなっているだけに巧いなあと感嘆せざるを得ない。で、首謀者の男と恋人は果たして金をせしめることができるか否か?で最後まで引っぱっていく。あまりにも皮肉であっけないオチも見事だが、映画の終わり方もあっけない。ムダがまったくないタイトな犯罪映画。いや~やっぱりすごいぞ、キューブリック。

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映画『トスカーナの贋作』

2012年09月21日 | 映画の感想



アッバス・キアロスタミ
ジュリエット・ビノシュ (Elle)
ウィリアム・シメル (James Miller)
ジャン=クロード・カリエール (L'homme de la place)
アガット・ナタンソン (La femme de la place)
ジャンナ・ジャンケッティ (La patronne du cafe)
アドリアン・モア (Le fils)
アンジェロ・バルバガッロ (Le traducteur)
アンドレア・ラウレンツィ (Le guide)
フィリッポ・トロジャーノ (Le marie)
マニュエラ・バルシメッリ (La mariee)

イタリア、南トスカーナの小さな町。新作発売の講演に訪れたイギリス人作家ミラーは、講演を途中退席したフランス人女性が経営するギャラリーを訪ねる。車で出かける事になった二人は、車内で“本物”と“贋作”についての議論を繰り広げる。議論に疲れて入ったカフェで女店主から夫婦と勘違いされた事から、二人はあたかも長年連れ添った夫婦であるように装う。そして“夫婦”の会話を重ねながら、秋のトスカーナを散策する…。

★★★★☆
いや~ユニークな映画だと思う。贋作をテーマに本を書いた作家の男性と、ギャラリー経営をしているファンの女性とが、車でトスカーナを巡りつつ、会話をするだけの話といえば話なのだ。それが勘違いで夫婦と思われたのをきっかけに贋作夫婦を演じているうちに互いに熱が入って本物の夫婦さながらに喧嘩を始めたりヨリを戻そうと努力したりしはじめるっていう展開。おまけに作家男性はイタリア語に堪能でなかったはずなのに喋ったりするもんだから、え?もしかしたら本当に夫婦だったんじゃ?なんて観客まで巻き込まれていくのだ。本物か贋作か?果たしてどちらかであることに意味があるのか?そういう知的な刺激に満ちた、なかなか深い映画!ただ、この映画、橋田寿賀子のドラマ並みに二人の会話が延々と続く。あれほど一方が演説するわけではないにしても、単調な感は否めないと思う。で、中盤正直、退屈してしまった。本物にしても贋作にしても、こんなに語り合う夫婦、いねぇよ!みたいな(笑)。そんなわけで、体調がよいときにもう一度見直してみたい一本である。


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映画『アフロ田中』

2012年09月21日 | 映画の感想



監督 松居大悟
松田翔太 (田中広)
佐々木希 (加藤亜矢)
堤下敦 (大沢みきお)
田中圭 (岡本一)
遠藤要 (村田大介)
駒木根隆介 (井上真也)
原幹恵 (ユミ)
美波 (吉岡幸子)
吹越満 (鈴木シンジ)
皆川猿時 (西田シンジ)
辺見えみり (田中の母)
リリー・フランキー (旭工務店社長)

幼い頃、髪型のせいでいじめられた田中は、いじめを苦に自らアフロヘアに変身。以来ずっとアフロヘアで通してきた。高校をノリで“退学”して家を追い出され、1人暮らしを始める。何もしないでふらふら生きて、気が付けば24歳になっていた。ある日、高校時代の友達・井上の結婚が知らされる。「結婚式には彼女同伴で出席しよう」という約束を思い出し、焦る田中。そんな時、隣の部屋に超美人が引っ越して来て……。

★★☆☆☆
最近多いよなぁ、こういうコミックの実写化。松田翔平がノリノリでお笑い演技をしているのを楽しむ映画なんだろうな。マジメというか無表情というか、そんな顔で素っ頓狂な動きをする可笑しさってのが笑える。「ちくしょう好きだー」のゴミ箱ダイブは吹いた。佐々木希はキュートにマドンナ役を演っているけれど、結局は田中を翻弄してしまうだけの底の浅い役で、演技云々どころではないし。どっちにしても二人とも整い過ぎて、モテない男の初恋ストーリーらしくない。もてない君の話を美形で映画化しましたっていう感じかな。コミックを読みとばす感じで、映画も観とばせばいいのかもしれない。この手の娯楽映画で、前半はふざけまくってるのに後半やたら深刻になっちゃうのがあるけれど、あれよりはマシだ。主人公の変わらないっぷりが痛快でさえある。まあ、そういう映画だ。なんにしても若者向きの映画で、ボクは対象外だったような。残念!


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