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振袖の怪

2013年01月19日 | ショートショート



明暦三年正月十八日、本郷丸山本妙寺において三施主による大施餓鬼が一種異様な雰囲気の中でとりおこなわれようとしていた。
それもその筈、本堂前の祭壇では護摩が焚かれ、読経とともに住職がかざしたのは一枚の振袖。
畦織の紫縮緬を荒磯と菊の模様に染め上げて桔梗の縫紋を施した、なんとも艶やかな振袖である。
振袖の供養なるものを見守る見物客の数もまた尋常ではなかった。
怪異なる振袖の噂が噂を呼んで、ひと目見たさに寺内へ押し寄せたのである。
その噂とは。
遡ること数年前、麻布百姓町の質屋の娘マツノは上野界隈に出掛けた折に、ふとすれ違った寺小姓を見初めた。
雪のように白い肌に前髪がふりかかり、きりりとした目鼻立ち。かくも美しい若者がこの世に在ったとは。
当時、住職たちは競って寺小姓を身近に置いて寵愛していたが、中でも上野寛永寺の寺小姓の美しさは評判であったという。
一瞬にして若者の姿は人ごみに紛れたものの、その面影はマツノの心にくっきりと焼きついた。
道ならぬ恋とはわかっていても忘れることならず、マツノは男の召し物と同じ振袖を拵えてもらう。
蔵二階に籠もると、振袖と話し振袖を抱き、夫婦遊びに耽るままに心を病んで果ててしまう。マツノ十七歳、正月十八日のことである。
この振袖が古着屋に渡り、上野山下で紙を商う大松屋の娘キノの手に渡る。そしてキノもまた十七歳、病に伏せて翌年正月十八日に儚くなる。
再び売られた振袖は、本郷元町の麹商い喜右衛門の娘イクの手に渡り、翌年の正月十八日、十七歳のイクの棺に掛けられた。
斯くして、本妙寺の住職の知るところとなり、娘ら三家の親を施主として、振袖供養となった次第である。
僧たちの読経の中、紫の振袖が火に投じられた。
火焔に煽られた振袖がふわりと舞い上がったかに見えた、その時である。
裾に火のついた振袖が立ち上がると、狂ったように祭壇を駆け抜けた。見えない何者かが振袖を纏い走り回るかの如く。
と、そのとき、北西より突風吹きつけて振袖が空高く舞い上がったのである。
あまりのできごとに見物客も僧たちも恐れ慄き、平伏した。
火の粉を散らしながら跳躍した振袖は、本殿屋根上に舞い降りると仁王立ちとなる。
右袖、左袖を振るたびに火焔が放たれ、辺りに火の手が回っていく。やがて江戸全体が火焔地獄と化していった。
以上が、明暦の大火が振袖火事と呼ばれる由縁である。
江戸の大半を焼き尽くした江戸期最大の大火で、十一万人が犠牲になったと言われている。
実は、この大火、都市整備のために幕府によって仕組まれた放火ではなかったかと実しやかに囁かれている。
とすればこの怪談自体、幕府が意図的に流布したものなのかもしれない。



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ジャンル:
小説
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10 コメント

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おお~ (haru)
2013-01-18 20:46:45
パチパチパチ(拍手)
すごいすごい。。。伝説をショートショート仕立てにするとは。
まるで、映画を見ているような感じで、一気に読みました。
幕府はどうも怪しいですよね。
かなり時間がかかりそうですが、朗読できる自信がついたら朗読させてください。
お願いします。
haruさんへ (矢菱虎犇)
2013-01-19 04:15:21
伝説なり実話なりを決めた字数に自分流に料理して収める・・・ボクはこういう行為もまたアリだと思うんです。

朗読、どうぞよろしくお願いします。
ただ、ボクは今年になって、haruさんやもぐらさんの朗読を聴いてないんです。気持ちが離れちゃったとしか自分でも説明がつかないんですけど・・・ゴメンナサイ。でも朗読していただくのになんら支障はありません。よろしくお願いします。
放火だったらコワイ (りんさん)
2013-01-19 10:03:39
この日は、江戸の大火事があった日なんですよね。
たまたま会社の日めくりカレンダーに書いてあって、「そうなんだ~」と思っていたところなんですよ。
こんなふうに振袖を絡めた伝説に仕上げるなんて、さすがですね。
しかし本当に幕府が仕掛けた放火だったら怖いですよ。
分かる気が (haru)
2013-01-19 10:29:56
なんだかわかるような気がします。
私自身も気が乗らないというか、なんというか。。。
だからただ惰性で朗読しているような。
うまく言えませんが。
Unknown (銀河径一郎)
2013-01-21 00:42:01
振袖火事は書いてみたいと思ってた話だったので
楽しく読ませてもらいました。

こういう話も新鮮で面白いですねえ。

たしかに火のついた着物が大火事に発展するかはかなり微妙ですから、幕府の作り話かもしれません。
りんさんへ (矢菱虎犇)
2013-01-21 06:13:51
出火場所と見られる本妙寺にたいしたお咎めがないどころか、幕府からその後長年お金が払われていたりなど、どうも怪しいらしいって話もありました。
歴史ミステリーですねぇ。
haruさんへ (矢菱虎犇)
2013-01-21 06:17:50
気をつかわせてしまってスミマセン。
原因はこっちにあるのは明らかなのです。
気になさらないでくださいね。
銀河径一郎さんへ (矢菱虎犇)
2013-01-21 06:22:58
お話自体がなんとも鮮やかなイメージがあってミステリアスで、創作や脚色を加えると、パロディになっちゃいそうですよね。
『夫婦遊びに耽る』場面を想像しただけでも淫靡っすねぇ。
ふりそでーしょん (ヴァッキーノ)
2013-01-23 22:20:08
昔は、17歳っつったら、一人前の女っすもんね。
しかし、11万人も人が死んだら大変なことですわな。
もし、そんな大火事がなかったら、
ボクらの人生だって変わってたかもしれませんよ。
つまり、出会いと別れがこんがらがって、
結果的に、ボクはこの世に生まれなかったかもしれないって
ことです。
そう考えると、火事があってよかったかもしれないし。
結果オーライっすか。
ヴァッキーノさんへ (矢菱虎犇)
2013-01-25 06:13:58
>そう考えると、火事があってよかったかもしれないし。
結果オーライっすか。

すっごい極論~(笑)。11万人・・・とにかく規模が想像を絶していますよねえ。
911は自作自演だったとか、関東大震災の原因はどこそこの民族だとか、大災害を前にすると根も葉もない何かのせいにしてでも救いを求めたくなっちゃうのかなあ。

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