昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~(十五)特別な女性なのだ

2015-07-22 08:58:31 | 小説
車は静かに本道に入り、猛スピードでインターチェンジを出た。
麗子は、国道に下りてすぐのモーテルに、車を滑り込ませた。
その間僅か十分程であったが、彼には長い時間に感じられた。
麗子の思いとは裏腹に、彼は気まずさの中に居た。
あれ程に恋い焦がれた麗子と、今、モーテルに入ろうとしている。

歓喜の世界に酔って良いはずなのに、何故か後ろめたさが付きまとった。
やはり麗子は、彼にとって特別の女性なのだ。
侵すべからざる神聖な女性なのだ。
車が走り続ける間中、幾度となく「このまま帰りましょうと」いう言葉が、喉まで出かかった。
しかし、どうしても口に出来なかった。
麗子が車外に出ても、彼は車から降りることが出来なかった。
麗子に促されて、やっと腰を上げた。

無言のまま部屋に入った彼は、それでもドアの前に立ちすくんでいた。
「どうしたの? こういう所は、初めて?」
嬉しそうに尋ねる麗子に、
「はい」と、小さく答えた。
真理子との夜を過ごした経験がある彼だったが、思わず嘘を付いてしまった。

「そう、そうなの。ごめんなさいね、私は、何度か‥‥」
済まなさそうに答える麗子に、彼はチクリと心が痛んだ。
「武士さん、変わってないのね。
それとも、昔の純真な貴方に戻ってくれたのかしら? だとしたら、嬉しいわ。
さあ、いらっしゃい。少しお酒でも、飲みましょう。
いいじゃない、お話をするだけでも」

麗子が、彼の元に近づいてきた。
そして彼の手を取ると、麗子の腰に宛わせた。
「好きよ、武士さん。今夜の麗子は、貴方の、こ・い・び・と。ねっ」
麗子の唇が、触れられた。
柔らかいその唇は、彼を一瞬にして野獣に変えた。


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