in the heart side・・ヒトツバタコ

いつもその時の出会いを大切に・・

メダカちゃん

2016-11-02 11:56:00 | パーキンソン病
今、我が家で最も大切にしてもらっているものと言えば”メダカちゃん”だ。
朝に夕に水槽を覗いている夫を娘が苦笑まじりで眺めている。

夫はもともと魚を飼うような性格でない。私もである。
どうせ飼うなら犬とか猫とかありふれてはいるが、もっと能動的なものの方が面白いと思う。

3か月ほど前だ。あまり暇だったので近くの公園にでも行こうということになり、二人で出かけた。
噴水のまわりに睡蓮が置かれていた。睡蓮は白色というイメージでいたが色んな花があり楽しく見てまわれた。
その中に珍しく青色の花があり、新種で花の名前を募集しているという。二つ咲いていた。

 ”ブルー アイズ”

夫がそう書いて箱に入れた。
そんなことがあったことも忘れたころに夫が書いた名前が採用されたとの知らせがありビックリ。
もう一人の方との合作にしたいので賞品は半分ずつにしてもらいたいとのこと。それを聞いた私も子供達も”きっと応募者は二人しかいなかったんだ”、と言っていたのだが、夫は”いや、紙を入れたときカサッといったので10枚くらいはあったと思う。”と言っていた。
ところが後日新聞に取り上げられてその数、なんと220枚だったそうな。

二度ビックリ!!なんでもやってみるもんだな・・これが正直な気持ち。

前置きが長くなったが、その時にいただいた副賞が睡蓮の花だった。睡蓮を育てるには睡蓮鉢なるものがいるということや
その中にメダカを入れて虫を食べさせるということも初めて知った。

ここからメダカちゃんとの物語の始まりである。

まずどこで手にいれる?

ペットショップとは知らなんだ。そして私の中では”メダカごとき”のものに、あるわ、あるわ、メダカグッズの山。
知らないことっていっぱいだ。

買っては皆、死んでしまい、やっぱり野生のものがいいかもとジジイとババアが手にたもを持ち、池のまわりをうろついて中学生くらいの子に
”何、してんですか?”と言われ・・あれからおおいに楽しませてもらっている。

今、やっと子供が生まれ親と隔離して飼育しているところ。

睡蓮が先だったのにいつの間にか、可愛い可愛い”メダカちゃん”である。

いつも思う。ただ池を眺めるのもいい。だけど小さな石を投げ入れてやると思わぬ水紋ができることがある。
石を投げ入れるタイミング、石の大きさ、、そんなもの全部ひっくるめて”縁”というものかもしれない。
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卓球塾続報

2016-10-26 07:51:05 | パーキンソン病
今日のお題だけみると、大きな反響があったかのような大きな大きな誤解を招きそうだが・・でも正直はったりでも言いたく、いや言わせてください。という心境です。

嘘はいけないのでホントのことを書いておこうと思います。

全く反響なし・・ガツクリ


覚悟はしていたがホントに”0”とは・・

正直私自身、今症状がすこぶるよくない。薬の薬効時間が短くなり、切れるとすくみがひどく、きっと以前の私を知る人は驚くかもしれない。
そんな私が無責任に声掛けをしてよいものかという気持ちもある。
でも、もう一人の私が、だからこそ”頑張れ”と言う。

以前の私なら片っ端らから連絡をとり強引に人集めをしたことと思う。今はそんな元気もない。ただ週に1度好きなことを続けられたらいいなという思いだけである。
そのためには、そろそろ一本釣りしかやはり手はなさそうだ。
ボチボチやっていこうと思う。
と、いうわけで一本釣りの糸が目の前に下りてこられた方はどうぞご協力いただけたらと思います。
少々気が長くなったというか、スピードダウンの私のこと、まだしばらく様子見の状態です。
何時とは言えませんが・・・

そんなこんなでまだまだ皆さんからのお声を待っています。
どうぞよろしくお願いいたします。。


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卓球塾

2016-10-12 07:43:48 | パーキンソン病
本当に下手の横好きを絵に描くと私が卓球をしている姿になろうかと思うほど、ビックリするほど上達しない。でもやっているときは、とても楽しく時間を忘れるほどだ。でも諸々の事情で卓球をやれる機会がう~んと少なくなってしまった。楽しくやりたいことをやっている友人を羨ましいとだけ見ている自分を思い、そして”やってみよう!自分でやれる環境を作ってやるんだ!!”と思った。友の会の会報の紙面をいただきアナウンスすることにした。
卓球は一人ではできない。きっと私と同じような気持ちでいる方がみえることを信じて待つことに決めた。同文を記載します。近隣にお住まいの方で、一緒にやってもいいと思われる方は連絡いただけると幸いです。

   卓球塾を一緒につくりませんか?

4,5年前この病には運動療法がとてもよいと聞いて徳島病院にリハビリ入院したことがある。5週間の間、PTの先生の計らいで会議用の机を3つ並べ、その上にゴム紐を張った卓球台を作ってもらい、毎日暇さえあれば同室の方と卓球をしていた。退院が近づくほどに“ずっと続けてね”といぶかしく思うほど言われた。帰ってから3年くらい病にふれず教室などに行っているうちはよかったけれど、自分が病気を罹患していることを告げると、仲間に入れてくれるところはなかった。障害者スポーツセンターも勿論あるにはあるが、あまりに遠くて通うのが億劫で・・・あのくどいほどの声掛けはこういう意味だったんだ。進行性で日内変動が激しい病を持って、新しくスポーツを始めたり継続するのは至難の業だ。でもやっぱり面白い。白い球を追いかけて上手く打ち返せた時の爽快感は薬1錠分の薬効より身体にいいような気がする。今、私は健常の友人や夫に付き合ってもらい月に2,3度何とかやっているが、今回思い切って声を上げ仲間を募りたいと思います。患者でもご家族の方でも友人の方でもどなたでも結構です。そして初めての方でも子供のころに部活でやっていた方も大歓迎です。熟練者の方がボランティアで私どもに教えていただけたりしたらこんなに嬉しいことはありません。取り敢えず一度やってみませんか・・場所は名駅に近いスポーツセンターか一宮市のスポーツ文化センターを考えています。
宜しくお願いします。
連絡先は下記です。

メールアドレス tomamkm5@gmail.com

   
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テレビの向こう側

2016-04-15 08:07:43 | パーキンソン病
昨夜また大きな地震があった。熊本は長男のお嫁さんの実家がある。
他人事ではない。幸い実家のご家族の方々は皆、無事とのことで一安心だ。

と、ここまで書いて被災された方のご苦労を思った。

偶然、今回は難をまぬがれただけのこと。私の住む地方でもいつ大地震がおきても不思議ではない。

昨夜テレビに映っていた光景・・学校の校庭で毛布にくるまってみえた方々、同じ病気の方もみえるだろう。
どんなに大変だろうかと思う。

テレビのチャンネルを変えればすぐに違う画面だ。
見たくないものはチャンネルボタンをプチっとおせばいいだけ・・

自分の身体一つままならない私が言うのもおこがましいが、テレビの向こう側にあるものを忘れちゃいけない時がある。

被災地の方々には心よりお見舞い申し上げます。
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春爛漫

2016-02-26 08:28:19 | パーキンソン病
>今年も爺さんたちの恨み節が聞こえてきそうだけど・・やっぱり全員集合は堪忍してもらうことにした。

お雛様・・やっぱりいいもんだな。春爛漫って言葉がぴったりだ。

お雛様の穏やかな顔を見ながら母のことを思った。
私は5人兄弟の末っ子。いつまでも母には”まつころ”だ。
そして”まつころ”のそばにはいつもいつも母がいた。
それがどんなに幸せなことかということが、還暦間近になって実感している。

先日私たち夫婦、長男夫婦と孫、次男夫婦、娘の8人で日帰り温泉ツアーに出かけた。タコで有名な日間賀島だ。
その席で長男のお嫁ちゃんが”実は・・”と切り出した。聞くところによるとちょっとした手術をした。で、その間、一週間程孫ちゃんは保育園に預けたとのこと。我が家とは車で小一時間の距離・・戦力にはならない私のことを気遣ってくれたのだと思う。まだ1歳半の子供を抱えどうしようかと思い悩んだ姿を思うと、胸がキュンとする。

私は長男がおなかにいたとき卵管摘出している。その時も母はすっとんできてくれた。長男が難産で保育器にいたこともあり産前産後合わせて実家には4か月か5か月世話になった。長男が9か月のころ川崎病で入院した時も次男の出産のときも長女を授かったときも勿論、出産のときも家を建てた時もいつもいつも母がそばにいてくれた。夫は正直なところどう思っていたのか分からないけれど、私には何があっても母がいてくれるのが普通の風景だった。当たり前のことだった。

私が結婚するとき嫁入り道具にとあれやこれやと家具を見に行くときも母は”娘をもっていちばん幸せな時間だ”と言っていた。私は母たちの出費のことなど考えてもいなかったと思う。お雛様もそうだ。七段飾りが欲しくて欲しくて仕方なかった私は母たちの懐具合など思いもせずに気に入ったものを買ってもらった。

当たり前のことなんてなんにもないってことがよぉ~くわかったよ。

優しいお雛様の顔を見ながら”母さん、ありがとう”って口に出た。

母は今年で91歳になる。
その母が”毎夜毎夜、お前の家の方角を向いて元気になるようにお祈りしているよ”という。

いつまでも母の愛に包まれてぬくぬくしている私・・

私は母から受け取ったものを息子や娘に上手に譲り渡すことができているだろうか・・
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タンポポさんの十か条

2016-02-03 13:03:12 | パーキンソン病
ホントにいつからだろう・・?なんか体に一本線がとおらない。

こんなこと言うと”当たり前だろ!!そういう病気なんだぞ!!何年この病気と付き合ってるんだ!!”とどこからともなく声が聞こえてくるようだが、どうしても未だに諦めきれずにいる私がいる。

いつまでも同じところをグルグル回ってる私に時折、たんぽぽさんが電話をくれ、先日も友の会の全国誌に寄稿したという原稿を送ってくれた。

さすがだと思った。30年以上この病と生きてきた人の賢さを思い、紹介させてもらうことに承諾してもらった。

同じ病の人は勿論のこと、そうでない人にもきっと役にたつものと思う。

題して”難あることを生きる力に変えるための十か条”タンポポさん著

1条・・・   薬のこだわり「主治医と仲良くし、薬は自分の身体とも相談しよう。」

    器の小さい医者は処方箋通りにと言い、器が大きくなれば患者の自主性を求める。医者にとってもパーキンの薬は厄介だろうな。・・中略・・ 薬を飲むのはお医者さんではない。薬をどう意識するかは患者。患者は薬をもっと知ったほうがいい。

2条・・・  今日一日を大事に生きよう!明日は明日の風が吹く。

    なぜか今日のことより将来のことばかり心配する人が多い。私もその中の一人だった。でも30年以上この病気と暮らしてしまった。そして今日 一日を大事に暮らすことを知った。一日を一生とし、生きることに意味がある。明日のことは誰にも分らないのだから明日のことは明日かんがえたらいい。

3条・・・  治らない病気であっても個々の症状をよくすることを考える。

    病気そのものを治そうとすることはできないかもしれないが症状の一つ一つをよくしたいと思うことはそんなに大変でないかもしれない。

4条 ・・・ できないことを嘆くのではなく、楽しくできることを増やそう。

    不思議なことにやってみたいなと思うことは少々難しくてもできるのに、やりたくないことをやらねばと思うと相当な気力がないと簡単なことで もできない。だったら楽しくやれることをやったほうがいい。

5条 ・・・ リハビリは病院や器具を使ってやることだけではない。

    ・・略・・パーキンソン病の場合機能維持のためのリハビリを考えるべきだろう。そのことは日常生活の中でできる。手足の症状が目立つため本職のリハビリの指導も筋肉を鍛えることをメーンにすることが多い。が、経験から緊張しているところをほぐしてもらったほうが効果があるように思う。

6条・・・  死ぬまで自分のことを自分でできる身体でいたいと思うことが大事。

    思いには力がある。思いがあれば創意工夫はそう難しいことではない。社会資源などの助成などの活用で住環境を整えることも必要である。また 転倒などによる骨折には十分きをつける。

7条・・・   自分自身にも感謝のできる心境を持とう。

     ・・略・・「つらい」「しんどい」と思っていても私を生かす心臓は休むことなく動いていてくれる。

8条 ・・・ パーキンソン病以外の体調管理を忘れない。

     このことはY病院のK先生の講演で聞いた「薬をピッチャーとするとそれを受けるキャッチャーはあなた方の身体全体だ。いくらピッチャーが いい球を投げてもそれを受けるキャッチャーが下手くそだったら」いいチームと言えないように、体調を良くしないと薬は十分な働きをすることができません。」
     
9条 ・・・  家族とともに過ごす時間こそ、体調がいいように。

     ずいぶん以前に夫がわかってくれないと主治医に訴えたことがあった。意外な答えがかえってきた。「あなたが病気をどう受け止めたらいいのか分からないようにご主人もパーキンソン病になったあなたをどう受け入れたらいいのか分からないのですよ。」それから私のパーキンに夫を巻き込むことをしないでおこうと思っている。

10条 ・・・  決してあきらめない。

      ちょっとだけ頑張ってみる。

      そして決してあきらめない。

以上です。

タンポポさんは・・こんなことを自分に課して生きてきました。本当はもう疲れちゃいました。

         ちょっとだけ思い出してみようかな?

とあとがきしています。いい文章だと思った。こんな病気やってりゃ、心底疲れます。でもそんなとき思い出すと”力”が沸いてくるかも・・そう思いながら転写しました。


タンポポさん、ありがとう。これからも宜しく!

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新しい朝

2016-01-06 09:03:03 | パーキンソン病


年々”お正月感”がなくなっているのは温暖化のせいか私自身が色んなことに鈍感になってきてるせいか・・よくわからない。でもひたすら時は刻まれ年があけてからもうそろそろ一週間がたとうとしている。

医療に携わっている息子が元日にやってきた。二日からもう仕事だと言って慌ただしく帰って行った。母親としては何とも寂しいけれど口に出たのは”病気を持つ身には休みがないからなぁ・・”だった。息子は苦笑しながら復唱していた。

と、いうわけで”新しい朝”といってもいつものごとくオンとオフの狭間で暮らしていくだけだ。

でも今回の長引くトンネルの中で一つ確信したことがある。

”私は、病人。そのための障害もあり助けてもらうことも多々あり、支えなくして生きてはいけない。でもその前に1人の人間でありたい。”ということ。

罹患して早20年近くなる。これからもっと曲がり角も山もでてくるかと思うと正直ゾッとする。でも何が普通かと聞かれても答えられないけど、私のせいで回りのものが不幸になるのはやだなって思う。そのためにはどうしたらいいか?いつもそう考えていこうと思う。

今年はどんな一年になるのかなぁ?まぁ、考えてもなるようにしかならんか・・

ただ一つだけ忘れずにいたいことがある。

何があってもどんなことも絶対に人やもののせいにはしない、ということ。全部、自己責任。平たく言えば”身から出た錆び”ということ。

とは言っても認知症になったあかつきには”ボケたもん勝ち”ということになると思うけど・・

そんなことを思った元日の朝でした。
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諸悪の根源

2015-08-20 09:22:23 | パーキンソン病
”パーキンソン病をよりよく生きるために”・・どこぞで聞いたフレーズだ。そう、まだほんの2か月ほど前に水戸で発表した私のポスターセッションの題名だ。

この病の罹患者は皆、そう思ってる。いや、まだ原因が不明、治療法が確立していない病気を抱えた人全ての切なる思いだと思う。病気を抱えての暮らしはホントにそんなに容易いものではない。

8月の1日~4日、かねてよりの夫の夢(?)だった東北方面への旅行に出かけた。兄や姉は”こんな猛暑の中、どうしても行かなきゃいかんのか?”と半ば呆れ顔。

決めたことはやる!夫の信条・・出発まであと3,4日という頃、歯が突然痛みだした。
昨年、ウン十万円も出して治療したばかりだ。

歯の大切さもブラッシングの大切さも少しばかりオツムてんてんになってきた私でもわかってる。けれど上手くケアができないときがある。

この病気のせいだ。

おまけに少しでも他の人の手助けなしに頑張ろうとするけなげ(?)さが仇となって奥歯、それも両方ともに歯を食いしばりすぎてせっかく治療した歯が欠けてしまっているとのこと。
虫歯を治療しかぶせものをし、ブリッジをかけていたのが力をかけすぎて柱になっている歯まで欠損してしまったとのこと。

”これは痛かろう”と言われた。

左右の奥歯ごっそり抜くしかないとのこと。
インプラントか入れ歯だそうだ。インプラントを4本も5本も作れるはずもなく否応なしに入れ歯への道だ。

全予約制の歯医者通いはPDにはホントに厄介だ。

旅行先でなにかあったらどうするつもりだ?と言われても、私は歯を食いしばって頑張ってきただけだ。

”諸悪の根源”は一目瞭然だ。

正直、”よりよく生きる”とか”うまく付き合っていこう”とか”素敵に生きる”なんて綺麗な言葉で修飾するが、ホントに途方にくれるときばかりだ。

睡眠障害に排便障害,体幹機能障害その上自律神経までやられ、字も書けず発音障害もでてくる。どれ一つとってもとても辛いのにありとあらゆる苦渋だ。そしてこれらの障害には先に書いたようにグリコのおまけまでついてくる。

それでも生きてかなきゃ・・・辛い人生でもどうせ生きるならやっぱり泣くばっかはやだな、と思う。

でもこの気丈さもいつまで保てるか?何だか自信なくなってきた今日この頃・・
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メッセージ

2015-07-02 13:52:09 | パーキンソン病
この病気は本当に厄介だ。下手に向き合ってしまうと自分を見失ってしまう。だからこそ病歴が長くそしてQOLを保ってみえる方は精神的に相当強い方達でなかろうかと考えた。自己紹介などは割愛し、10名の方々のこの病気に対する考え方を紹介させていただきます。

<この病気と付き合うのに一番必要だと思うこと>

* オフになりそうとわかる時に好きなことをする

* 家に閉じこもらないように友人と交流する。

* 焦らない、怖がらないこと。

* P病は正直大嫌いです。私はP病を自分の個性と感じ、その上で社会と関わっていくことが大切と感じています。

* 日々泰然と生きる。

* 気長になること。仲間をつくること。

* 一人で悩まないこと。辛いことは多いがクヨクヨしても仕方ないから心を切り替え、楽しい事や生き甲斐をみつけた方がいいと思う。

* 明るく前向きに生きられるように日々楽しく過ごすこと。

<皆さんに伝えたいこと>

* 自分の一日のオン・オフ状態を知り、それに合わせて活動、行動することがよいのではないかと思う。

* 35年以上P病をしていると、色々なことがあります。長いからと言って落ちこまない時がなくなる訳もなく、好きなこと・楽しいことをして一日を過ごしております。(家族・周りの人の理解の上で・・)

* 質や量に関係なくどんな形であれ社会との関わりを持ち続けましょう。希望や勇気はそこから生まれるものだと思います。

* P病でよかったと思えることがたくさんあります。それは友達・仲間です。人とのつながりからたくさんの元気をもらい生きていけます。“一人じゃないよ!同じだよ!!”って。

* この病気は自分の意思がすぐに症状になって現れ、“歩けない”と思えば足は止まる。諦めることなく完治の日まで楽しくリハビリをしましょう。

* 自分の症状としっかり向き合うこと。自分の身体に必要な分だけ薬を飲むこと。

* この病気は薬効により症状が大きく異なるため理解されにくい。また、自分の精神力にも左右されると思う。諦めればそこで動けなくなるが、“何とかしよう”と踏ん張れば動けるようになる時がある。人前で動けなくなったことも多々あるけれど、この病気を理解してもらう良い機会ととらえ訴えてきた。積極的に社会にでる勇気を持ってほしい。行動することによって新しい出会いも生まれ、その出会いが自己啓発や生きる力を与えてくれることが大いにあると思う。家に閉じこもらないでほしい。

* この病名を告げられた瞬間誰もがそのときから、暗闇の中に閉じ込められる。そしてその状態で長い時間が経過するが、時間の経過は偉大な薬でありやがて暗闇の中に灯りがともりはじめ、新たな道が見えてくる。それはずっと今まで描いてきた道とは大きく異なることだろう。そしてそこは豊かな心震えるような深い喜びを伴う場であるにちがいない。我々は通常では経験できない、冒険に満ちた新しい生き方が与えられたのだ。それから、反感を買うかもしれないが相容れないことがある。それは進行のスピードの他の人との比較およびそれに一喜一憂すること。
進行の度合い、症状は一人ひとりみな異なる。進行は瞬間瞬間の症状の積分値であり、例えまったく同じ症状であったとしても、処方が異なれば予後は当然異なるし、増しては患者一人一人の症状は10人10色である。従い、日々の努力は必要だとは思うが、それを同じものさしで扱うことには意味がないと思う。変なたとえかもしれないが結婚と似ている。わたしは、新たな道と信じている音楽作成を鶴の恩返しのごとく身を削ってまでしても、与えられた新たな道を進みたい。もちろん泰然と笑顔を絶やさずに。

* (伝えたい思い)
家族や周りの人に理解してもらうことが何よりも大切だと思う。でもただ動けないんだ、やる気が出ない病気なんだと泣いて訴えるよりも自分がまず病気について勉強したり、老化による身体の不調(腰痛、膝痛、骨折等)が起こる前に予防の為の運動等をする、不摂生はしないなどの努力が大切。家族に病気の理解を求めるばかりでは家族のほうもすぐに嫌になってしまうと思う。頑張ったけど仕方がないよねとお互い同士思いやることができる関係を維持するために必要な努力があると思う。

以上です。ホントはこのように匿名で文章を羅列するのはご本人の方々の翻意ではないかもしれません。ですが信念(?)を持って頑張っている同病の方々を会場で紹介できなかった方に読んでもらいたいと思いました。そして私のまとめは下記です。

この他に治療に満足しているかどうかを伺いました。9名の方が不満だそうです。それだけ治療効果を得ることが難しいやはり難病ということでしょう。ですが、それでも毎日笑って暮らしたい・・そのためにどうすべきか?投薬以外にも私達にできること、すべきことは何かを考える、その一助になればと思います。私は、10名の方々のメッセージ等から個人差の顕著な病だからこそ余計、身体より精神的な強さ、柔軟さが必要になるのではないかと考えました。
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水戸

2015-06-30 09:34:37 | パーキンソン病
早いもので水戸で初めてJPCが開催されてからもう一週間がたとうとしている。
”水戸ってどこにあるの?”ってスットボケた問から始まった私の”JPC"。終わってみればたくさんのものを得た素晴らしい大会だった。
初めて企画を知った時には、私達のような患者ばかりでホントにできるのかなぁ・・という素朴な思いしかなかった。

蓋をあけてみれば約400名の参加者に懇親会への出席者も360名程・・さしたるトラブルもなく予定通り粛々と全て滞りなく終わった。ここまで見事に初めてこのような大規模な集まりが行われるには、関係者の方々のご苦労は大変なものだったと想像するに難くない。実行委員会の方々の人脈やら能力の優秀さを思い知った思いである。

全てのプログラムに患者自身が携わっているから私達自身が関心のあることばかり・・発表者の一言一言がまるで自分の言いたいことを代弁していただいているかのようだ。そして知らないことはそのまま貴重な情報となり得るものばかり・・・

”水戸って遠いんだよね?”から始まり”ホントに行けるんだろか?”と思いつつ迎えた私の”水戸道中記”。今の気持ちを忘れぬためにも感じたことを記しておこうと思う。

まず私が参加したポスターセッションのこと。

”やる”って手を挙げたことはいいけど提出しなきゃいけない”抄録”って何?から始まった。ポスターも何を書いていいやら・・
”どうしよう?”って相談する人は皆、口をそろえたかのように”できなかったらできんかった”と言えばいいのよ。と、のたまった。これが私の負けん気に火をつけてくれた。

折しもちょうど年1度、若年性のパーキンソン病について研究されてみえる広島国際大学の教授秋山先生と会う頃だったこともあり、QOLの高い人に共通するものってなんだろうか?ということについて書くことにした。そこで秋山先生に客観的な立場から病歴長い方で魅力的な方を10名紹介していただいた。10名の中には私の友人も、初対面の方もいた。今回の件でまた新しい出会いを得られた幸運を思った。

次回にこの素敵な10名の方からのメッセージをご紹介したいと思う。

                 
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