文明化重視から文化再生へ、日本の文化の根源を支える、生業(なりわい)。その再構築にIT技術の導入を

ふゆみずたんぼで生態系保全農業。商工業はIT生産技術。出版はXMLフオーマット、フルバッチ制作で再構築を.

フルバッチ、数式組版の標準化と写研が広げた制作手法の狭間で(5)

2006-10-13 22:18:32 | 組版プロの思考からXMLを考える
 いま求められる標準化組版技術のひとつの事例対象として、また要求機能として
Texの完成済み制作物や、Word上でMathtypeを使って制作した学術資料等用の制作済みファイルを、高解像度組版システムへ合理的に取り組める手法の開発要望ががあります。
 その中で、現在の日本の実情では、最も大事な要素への認識が欠かせません。
それが、日本では写研の数式組版のごとく、数式の各要素を、フルバッチでのタグで細かく1:1で制御出来るような新しい組み版環境が出来ないかの、との要求となって来ています。
 特に、原稿を忠実に再現しつつデザイナー的な感覚で、美しく組上げるためには、数式の内容を理解できなくとも作業が可能なような、制作環境の提案は必須と思われます。

 写研の数式プログラムの特徴は、著作者からの原稿を受領して、それを写研のsapcolを理解したコーター(と呼ばれておりました)が、数式部分の原稿をなぞりながら、文字を1文字単位で積み木のごとく、コーデイング、及び画面上で組み立てていく方法で作業をする方法でした。
 どちらかと言えば、数式の内容を理解するのではなく、数式の内容は理解出来ないままでも、デザイン感覚で組み立てて行けたところに大きな特徴がありました。 従って原稿を書かれた大学の諸先生の数式を含む著作物を、いままでは、各印刷会社内で、内容理解に関係なくデザイン的にある面でよりきれいに見せることの技術で競っていたのだと、理解しています。
 その一例として、良く聞かされる話しとして
 写研の電算写植機器が主役の時代を知っておられ、またその制作上での特徴を承知している諸先生方が、Texで制作した自分の作品を、現在の写研での作品レベルまで高めて欲しい。
 昔は(写研では)ちゃんと出来たのだから、今も出来るだろうと指摘されているのかも知れません。
 その期待に添うべく、一部の印刷会社では、㈱写研本社を巻き込んでまで、特製でTex対応版までも作成してきたのですが。
 残念ながら、その競争原理の中には、一般企業でIT技術者が顧客先との技術的な課題で、切磋琢磨しながらも、相互の信頼に基づく技術的な優位性評価とは異なります。
 デザイン的な感覚で高品質化や校正行為を迫られる著作者(大学の著名な先生方)の要求に直面し、ステータスもなく、一方的に押しまくられ、言われたままに作成するとても不条理とまで感じる世界が存在していると指摘される方がおります。
 同時にまた、Texの場合、特に校正時にある程度組版を印刷する側にも、かなりのレベルで、数式そのものをを理解したスタッフの存在が欠かせないと考えられています。
 しかも発注側では、業務費用の相対として、先生方が版下を作成しているのだからコストが低くなるはずと決めつけて、予算の削減をも要求されるということになってしまいます。
 トータルな制作手法を提案すべき立場の印刷会社からの発案が出来にくくなって、また本来のIT技術者を、プライドをもって活用する手段を欠いてしまった場合には、印刷会社側の柔軟無垢な手法も限界となり、本来の機能を発揮出来なくなって、最後は折角の顧客先と不毛な論争になってしまうと言う悪循環が生じてきます。
 その、写研関連での作り込み手法(当然費用がかさむ)と。TEXで自作しているのではないかと主張する先生方との情報、技術ギャップが、最近はとても大きく膨らんでしまっていると実感しています。
 

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