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所有権制度の歴史と存在理由

『エコ/リーガル・スタディーズのすすめ』より 「もの」を所有する権利とは~知的財産法~ 所有権制度・概要とその意義

有体物に対する「これは私のものだ」という観念はどのような歩みをたどって生成し、またそのような観念はいかなる理由で法的に保護されるものとなったのだろうか。実はこうした歴史と正当化根拠については、民法の教科書をめくってもほとんど触れられないのが普通である。所有の観念や所有権の制度は、これまで実定法学では所与の前提とされ、その歴史や存在理由については、もっぱら基礎法学、社会学、人類学、経済学といった隣接学問領域で研究が進められてきた。

たとえば、モンゴル等での実証的調査をふまえて土地所有権等の発生史をたどるものとして、加藤[2001]がある。同書は、民法学者が文化人類学的な視点も加えながら、明確な土地所有権概念を持つ定着農耕社会、それがあいまいな焼畑農業社会、土地所有権が存在しない遊牧・狩猟採集社会を比較したものである。そこでは、土地所有権概念の発生の基礎は、個人の所有権を保護することによって社会構成員に農耕、農業投資へのインセンティブを与え、それを通じて社会全体の農業生産の最大化を図ることにあるとされている。また同じく、家畜・捕獲物・採集物に対する所有の概念も、放牧・捕獲・採集活動へ投下された資本の保護を通じて、それらの活動による生産量を最大化するための制度として生成したとされる。そのうえで、土地の生産力によって土地に対する労務投下が持つ意味が異なることから、土地の豊かな地域が農業社会となり、社会内部に高度な所有権概念を内包するようになったと同書は捉えている。

このように、何らかの目的を達成するための手段・道具として所有権制度を正当化する理解は、マルクス主義等の進歩史観をとる研究者からはもちろん(イギリス、フランス、ドイツ、日本における資本主義の「発展」の歩みと近代的所有権制度の歴史について概観したものとして、甲斐ほか[1979]がある)、そうではない、たとえば法の経済分析を専門とする研究者からも承認されていることは興味深い。たとえば、当代一流の「法と経済学」者の一人は、所有権制度を社会的厚生増進のための手段として捉え、同制度の存在意義を、①労働のインセンティブ、②物を保存し改良するインセンティブ、③物の譲渡のインセンティブ、④紛争ならびに物を防御または奪取する努力が回避されること、⑤リスクからの保護、⑥富の望ましい分配の実現の6つに分類してそれぞれの当否を検討している。

他方で、私的所有に関する思想ないし正当化根拠については、そのような手段的・道具的な理解だけにはとらわれないものもある。たとえば、政治思想を専門とする研究者が、所有思想の流れをプラトン、マキャベリ、ミルらを経て現代の論者に至るまで紹介・検討したうえで、私的所有権の正当化を功利主義に加えて、自然権、人格、自由にも基づいて複合的に試みるものとして、ライアン[1993]がある。また、法哲学者が、私的財産権の正当化論拠を、①自己所有権、②功績、③一体化、④再配分的考慮、⑤効用と効率の5つに分類し、それぞれの当否を検討するものとして、森村[1995]がある。
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