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「難民」化と国民国家

『共同体のかたち』より 出来事としての共同体--互いに露呈されるということ 「国家」以外の共同体を探るアガンベン

グローバリゼーションと生政治

 したがって、グローバリゼーションの時代における統治は、ミシェル・フーコーがテーマ化した生政治の側面を際立たせることになる。生政治とは、フーコーによると、政治が「人口」を問題にしはじめたときに生じたものであり、「人口集団(召召一匹呂)としてとらえられた生活者の総体に固有な現象、すなわち健康、衛生、出生率、寿命、人種などの現象によって統治実践に対して提起される諸問題を、合理化しようとする十八世紀以来のやりかた」であか。

 このようなフーコーの考え方を受けて、ジョルジョーアガンベンは、生物学的な生に対する統治をおこなう生政治的な空間である強制収容所を近代の政治の隠れた範例としてとらえた。強制収容所とは、人間の生を管理の対象とする究極の場所であると同時に、もはや何を「人間」と規定すべきなのかも不明瞭にし、「人間」を単なる「生きもの」として扱う場所だ。例えば、かつてのアウシュブィッツ強制収容所や、現代であれば、「テロリスト」とみなされた人々が裁判にかけられることもなく拘留されるグアンタナモ収容所だ。アガンベンはこうした強制収容所を、政治の範例ととらえた。生に対する統治は、もはや「例外状態」と呼ぶべきものではなく、常態化した統治の方法となった。その意味で、アガンベンは、生政治の空間としての強制収容所がわたしたちが現在生きている政治空間のモデルとなっているということを示したのである。

 生政治はグローバル市場経済が前面化してくることによって際立ってくる。グローバル市場経済のなかで人々が「生きもの」として扱われ管理されるという状況は、アガンベンの言う政治の強制収容所モデルの別の現れ方であり、そこでは、構築された社会組織というよりも、ひとりひとりの人間の生に対する直接的な統治がおこなわれているのである。

 そしてアガンベンは、グローバリゼーションのもとにおける人間の政治的・存在論的状況を人々の「難民」化としてとらえた。国家に帰属しない、そこから排除されたもの、「国民」ではないもの、それが「難民」である。

 ハンナ・アレントは『全体主義の起原』のなかで、第一次世界大戦後に生み出された難民と無国籍者の「大群」について次のように書いた。

 ネイションの基礎をなしていた民族-領土-国家の旧来の三位一体から諸事件によって放り出された人々は、すべて故国を持たぬ無国籍者のままに放置された。国籍を持つことで保証されていた権利を一旦失った人々は、すべて無権利なままに放置された。

 すなわち、難民とは、「民族-領土-国家」から締め出されることによって権利を失った人々である。今日、国民として保護されるよりも、国家の「制度改革」のなかで保護の枠組みを取り払われた人々とは、「難民」の姿に似ている。それが現在の世界の人々の一般的な様態であるとすれば、国家は存在していても、かつてのように国民に権利を与え保護するものではなくなったということである。アレントは大量の難民の発生を「国民国家の没落」としてとらえたが、現代のグローバリゼーションによって、「国民国家の没落」は明らかなものとなった。

難民--「現代の人民の形象」

 アガンベンは現代の状況の特徴を、人々の「難民」化と国家のスペクタクル化という点に見ている。ただし、その二つの特徴は、単にわたしたちの時代に暗い影を投げかけているだけではない。それはいま、共同性が別のあり方で現れる可能性をも示唆している。

 この二つの事象は、どちらも、同一性を破損させている。だが、そのことによって、人間がひとりの個として完結しうるようなものではなく、「共にあるもの」としてありうることを見せている。

 まず、難民について見てみよう。アガンベンはアレントが難民と無国籍者の条件を新たな歴史意識の範例として提示したことを受けて、次のように言う。

 この問題は今日ヨーロッパ内で、またその外で、同様の緊急性をもって立ち現れているし、のみならず、以来とどまるところのない国民国家の没落および伝統的な法的-政治的諸範躊の崩壊にあっては、難民はおそらく、現代の人民の形象として思考可能な唯一の形象であり、この難民という範躊においてはじめて、到来すべき政治的共同性の諸形式および諸限界をわれわれは垣間見ることができる。

 なぜ難民が問題となってくるのか。それは、国民国家の成立そのものに関係している。国民国家は人々の「生まれ」を主権の基礎としている。「国民国家 Stato-nazione とは、生まれ nativita ないし誕生 nascita を(つまり人間の剥き出しの生を)自らの主権の基礎とする国家を意味している」。「国民(イタリア語で nazione)」は「生まれ(イタリア語で natio)」と語源が同じである。国家は、人が生まれるとその人を「国民」というメンバーとして登録し国家に組み込み、そのようにして主権の基礎に「生まれ」を結びつけたのだ。

 しかし、国民国家という枠組みで固めることによって、それに属さない人々も生み出されることになる。その人々が、難民(避難民 refugie)と呼ばれる。多くの難民が生み出された最初の事例は、第一次世界大戦の終わりである。そのとき、「さまざまの平和協定が国民国家という範型にもとづいて(たとえばユーゴスラビアやチェコスログァキアヘと)構成した新たな国家組織においては、住民のおよそ三〇パーセントが、たいていは死文にとどまった二連の国際条約(いわゆる少数民族条約 Minority Treatics)によって保護する必要のある少数民族となっていた」。人々を国民国家への帰属でくくっていったときに、そのくくりでは掬い取ることができない人々、あるいは締め出されてどこにも属さない人々が出てきたのである。属する国家のない人々が難民とされる。

 けれども、逆に、そのような難民の存在は、「人間と市民との同一性、生まれと国籍との同一性を破断する」ような、国民国家を揺るがすものとなる。現代において「しだいに多くの人間が、国民国家の内部ではもはや表象されえなくなって」くることにより、人の「生まれ」の登録によって成り立っていた国民国家の秩序が揺らぎはじめる。難民とは、国民国家という形態が世界的に普及したときに、その枠組みに収まりきらないところから生じてくる爽雑物であるとも考えられる。

 現代において、一方では国民国家の原理が働き続け、もう一方ではグローバル化が国民国家の根拠そのものも押し流すかたちで展開していく。そうした状況のなかで、難民の問題はさらに困難なものになっていく。「産業化された諸国が今日直面しているのは、市民ではない定住民からなる大衆」である。出身国の国籍を持ちながらもその国の法のもとに置かれることを望まない事実上の無国籍者や、国家による保護から見放されグローバル市場経済のなかに投げ込まれた人々がいる。アガンベンはそのようなことを念頭に置きながら、難民を、「現代の人民の形象」であると言う。

 ただし、アガンベンは、ますます多くの人々が国家のなかに取り込まれない難民となるとし、難民を「現代の人民の形象」であるとまで言いながらも、それによって国民国家体制そのものが崩壊するとまでは考えていないように見える。それは、アガンペンの天安門事件のとらえ方に現れている。アガンベンは、一九八九年の天安門事件を、国家を否定し揺るがそうとする人々が現れた事例として挙げてい句

 天安門事件は、アガンベンによると、人々が国家に対する否定を示しながらも特に何の具体的な要求も持たなかった出来事だった。天安門事件は、「表象されることもできず表象されることを望みもしないもの、にもかかわらず一つの共同性、一つの共通な生として姿を現すもの」だった。つまり、自主的に国家という同一性の共同体を逃れ、同一性のない共同性を表明しようとするものであったとアガンベンは考えている。しかし、その試みは成功することはなく、天安門事件は国家の武力弾圧によって鎮圧されることになる。アガンベンはその事実を次のように受け止める。

 じっさいにも、最終的には、国家はどんなアイデンティティ要求でも承認することができる。(中略)しかし、複数の単独者が寄り集まってアイデンティティなるものを要求することのない共同体をつくること、複数の人間が表象しうる所属の条件を(たんなる前提のかたちにおいてであれ)もつことなく共に所属する〔co-appartenere〕こと--これこそは国家がどんな場合にも許容することのできないものなのだ。

 所属そのもの、自らが言語活動のうちにあること自体を自分のものにしようとしており、このためにあらゆるアイデンティティ、あらゆる所属の条件を拒否する、なんであれかまわない単独者こそは、国家の主要な敵である。これらの単独者たちが彼らの共通の存在を平和裡に示威するところではどこでも天安門が存在することだろう。そして遅かれ早かれ戦車が姿を現わすだろう。

 アガンベンの見方では、天安門事件の特徴は、人々が特に何も要求しないというところにあった。これはモーリス・ブランショが「企てなしに」というところに注目した、一九六八年五月のフランスの五月革命の状況と類似しているだろう。天安門事件は国家権力によって鎮圧されるが、アガンベンは、それが鎮圧されなければならなかったのは、同一性や所属条件を持たず要求もしないままに人々が存在するということを国家が容認できなかったからだと言う。そのために天安門のような事例には、最終的には「戦車が姿を現わす」ことになる。

 一方では、国民国家という仕組みがあることの裏返しとして国家の外に人々が難民として置かれるという状況がある。そしてその一方では、天安門事件のように具体的な企てもなく具体的な要求もない人々に対する、国家の鎮圧がある。国家という体制のなかで、人々の同一性からの「締め出し」と、人々の同一性への回収作業が並行しておこなわれているように見える。これは、どちらも完了されることのない作業である。国民国家のなかにおさまりきることのない「難民」が顕在化すること、そして、天安門事件で見られたようないかなる要求も持たない運動、つまり、所属の条件を拒否しながら所属そのものを自らのものにしようとする要求があること、これらのうちには、国民国家のようなかたちとは別の共同体が示されている。それは、かたちをなすことなく、「なんであれかまわない単独性」を分かち合うだけの共同性である。
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