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アマゾンと配送

『アマゾンと物流大戦争』より 物流のターニングポイント--ネット通販と宅配便の異変

アマゾンが秘密にする物流センター

 米国サンフランシスコ、バークレーには、現時点(2016年8月時点)でアマゾンがまだ公には存在を表に出していない秘密のフルフィルメント(物流)センターがあります。

 2016年2月下旬に私が訪れた際、看板にはガムテープが貼られていましたが、裏にはしっかりと「Amazon」の文字が書かれていました。これはアマゾンがその存在を秘密にしているからにはかならないでしょう。

 私がこの物流センターに注目した理由は、その立地にあります。アマゾンは現在、物流センターを「消費者立地型」(対極は「生産立地型」。これらは筆者による造語)にシフトしています。消費者立地型とは、物流センターをできるだけ消費者の多い場所の近くに立地させることです。通常、アマゾンの物流センターは消費者が多く集積する大都市と数百キロメートル以上離れていますが、消費者立地型の物流センターの場合、その立地は大都市から100キロメートル以内と距離が大きく縮まります。

 消費者立地型のように、より消費者に近い場所にストックポイントとなる物流センターを設置することにより、2つの利点が得られます。1つは宅配会社に支払う配送費を抑えることができます。もう1つは顧客へ商品を届ける配送のスピードをより上げることができます。

 物流の専門用語に「リンク」と「ノード」というものがあります。リンクはつながり、つまりトラックなどでの配送です。ノードは結び目、つまり物流拠点のことを指します。アマゾンが消費者立地型の物流センターを作った理由は、リンク(配送)のコストが上がってきたので、ノード(物流拠点)に多少お金をかけても、リンクの長さ(配送距離)を短くしたほうが得策だと考えるのは当然でしょう。

 例えば、今までは顧客が注文した商品が近くの物流センターにない場合、ほかの物流センターから取り寄せて配送する必要がありました。でもストックポイントとなるノードを消費者に近い場所に多く設置すれば、リンクを経由するムダがなくなります。消費者立地型の物流センターの設置には大きな投資が必要となりますが、それだけ物流を効率化でき、顧客の利便性も増します。

 アマゾンが消費者立地型ヘシフトを始めたのは2011年頃からです。しかしながら、まさに消費エリア内で稼働する物流センターは、今回のバークレーが初めてとなります。その意味で、バークレーの物流センターはアマゾンの物流戦略を占う上で、大変に重要なマイルストーンになるでしょう。

 新たに稼働するバークレーの物流センターが、自前配送の強化に使われることは間違いありません。また、アマゾンはバークレーの物流センターだけでなく、南サンフランシスコなどのベイエリアに複数の配送デポ(小型の物流センタ-)を稼働させています。これもアマゾンは公にしてはいません。近年になり、アマゾンは確実に消費エリア内で物流センターと配送デポを稼働させる消費者立地型に移行しているのです。

アマゾンのラストワンマイル戦略

 アマゾンが消費者立地型の物流センターを開設し始めただけでなく、UPS以外の宅配方法の模索を始めたのも2011年頃からです。

 私は、全米の累計10か所以上のさまざまなネット通販の物流センターを視察してきました。私の肌感覚になりますが、おおよそ9割以上の荷物は最大手UPSによる出荷でした。ネット通販向けのB2Cホームデリバリー、すなわち宅配のほとんどのシェアをUPSが占めているのです。

 しかし、驚くことに2013年のアマゾンの6億800万個の米国出荷のうち、UPSを使った出荷はわずか30%ほどにすぎません。一番高いシェアだったのはUSPS(United States Postal Service:米国郵便)の35%でした。日本では日本郵便にあたる公共性の高い組織ですが、労働組合が強く、サービスが悪いと評判がよくありません。ほかは地域配送会社が18%、フェデックスが17%でした。

 USPSのような評判の悪い配送会社を使っていて、アマゾンは大丈夫だろうかと少し心配していましたが、そこはアマゾン。PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを回すことで継続的に配送品質を改善しているようです。例えば、米国ではUPSやフェデックスでしか実現していなかった日祝配送を、アマゾンがUSPSで実施すると2013年に発表したときには、全米のネット通販事業者が驚きました。

 なぜアマゾンにはそれができたのか。実はUSPSにとって負担になる仕分け作業をアマゾンが肩代わりしているのです。仕分けされた物を配送するところだけをUSPSに任せることにより、日祝配送を実現したのです。そういった事情もあり、USPSはアマゾン以外のEC事業者が日祝配送を依頼しても、受けてはくれません。自然とそこには参入障壁が出来上がるのです。これも、アマゾンのロジスティクスがいかに強い武器になっているかを示すエピソードでしょう。

 また、地域配送会社のシェアも18%ありますが、これはアマゾンが消費者立地型の物流センターを持つようになったから可能になったことです。私はアマゾンが当日配送用に使っている地域配送会社数社をリサーチに訪れましたが、アマゾンは自らその会社の拠点にトレーラーで荷物を持ってくるといいます。リードタイムから逆算すると、アマゾンの物流センターがよほど近くになくては、そこからの当日配送は不可能です。

 このように、米国アマゾンはラストワンマイルを制するために消費者立地型の物流センターを開設することでUPSへの依存を回避し、宅配会社同士の競争を生み、容易に宅配料金を上げられないように手を打っているのです。

広がるアマソンの自前配送

 さらにアマゾンは自前配送を広げているようです。それは、トレーラーを数千台購入したとされる報道や、貨物飛行機(ボーイング767F)を約20機リースしたという報道からもうかがい知れます。物流センターの拠点と拠点を結ぶ輸送を、自前のトレーラーや貨物飛行機で行うことで、配送ネットワークを自社でコントロールしようとしているのです。

 そう考えていくと、序章で登場した「アマソン・プライム・エア」が単なる実験ではないことが見えてくるのではないでしょうか。アマゾンは宅配会社に依存する状況からの脱却を目指して、ドローン配送を試みているのです。

 さらにユニークなものとして、一般の人に自分の車を持ち込んでもらって配送をしてもらう実験や、自動車会社のアウディと組んで、車のトランクに届ける試みも始めています。クラウドソーシングで配送員を一般の人から調達するモデルはすでにありますが、アマゾンのチャレンジはそのはるか先を行っているようです。

 このような先進的な施策は、ただパフォーマンスとしてやっているわけではありません。アマゾンは物流ネットワー・クを自社のコントロール下に置き、機械化を加速することでロジスティクスのさらなる効率化を本気で目指しています。

 今は1・3兆円の配送費を支払うアマゾンが、いつかはUPSのように宅配ネットワークを持つようになるのではないか、という議論が米国で巻き起こりました。小売企業で世界一であったウォルマートの時価総額をアマゾンが超えたように、200以上の国・地域で展開し世界最大級のネットワークを持つ宅配企業のUPSをもアマゾンは飲み込む、という話が真実味を帯びてきたのです。

 米国のシリコンバレーでは、既存産業を壊滅させるという意味の「ディスラプション(Disruption)」」という言葉が流行っていますが、アマゾンが既存小売業界や既存宅配業界を壊滅させるのではないかという話も真剣に語られています。

自走式ロボットを取り込む

 物流センター内の仕組みも進化しています。アマゾンは2012年に物流センター向けのシステム開発を手掛ける「キバ・システムズ(現アマゾン・ロボティックス)」を7億7500万ドル(約650億円)で買収しました。

 キバは物流センター内で使われる自走式ロボットの開発を得意としている会社です。アイロボット社の掃除ロボット「ルンバ」を大きくしたような形をしたロボットです。人間が倉庫の中でピッキングする商品のある棚まで歩いて行く代わりに、商品を載せた棚そのものをロボットを使って人間のいる場所まで運びます。ピッキングしなければならない商品の場所はレーザー光線によって示され、人間はその商品を取ってバーコードをスキャンし、商品が間違えていないかをチェックした上で箱詰めする仕組みです。

 こうした自走式ロボットを使った仕組みは、ペルトコンペアーを使った自動化システムが設置までに12~18か月と時間がかかるのに対して、数週間で設置することができ、商品の売れ行きに応じて棚の配置を臨機応変に変えられるなど柔軟性が高く、さらなる作業効率の向上を目指すことができるというわけです。人間ではなくロボットですので、物流センター内全体に照明や冷暖房をつける必要がなく、光熱費も節約できます。

 二〇一四年に公開された資料によれば、すでにキバのロボットは10か所の物流センターに3万台以上が配備されています。ある調査会社の試算によれば、キバのロボットを1万台配備することで、時給14ドルのスタッフ2万5000人分に相当するそうです。物流センターの運営費を約20%下げたというレポートもあります(ドィッ銀行調査ょり)。機械化により人件費を削減することで、物流コストを削減したいアマゾンの思惑に合致しています。

 キバの創業者で最高経営責任者(CEO)のミックーマウンツは、実は先ほど紹介した「ネットバブル最大の経営破綻」と言われるオンラインスーパーのウェブバンで物流担当をしていました。ウェブバンが倒産した後に、「もっと良いやり方がぜったいあるはずだ」と、マウンツは物流分野に商機を感じ、「個々の商品が作業者のところまで歩いて来てくれれば一番いい。そのためには棚とモーターを分離し、その実現には移動ロボットが使えるという考えに至った」と言います(ウォールストリートジャーナル日本版「米アマゾンの600億円の買い物から垣間見る未来の物流倉庫」より)。

 ウェブバンの壮大な失敗がもたらした自走式ロボットによるピッキングの自動化という成果を、アマゾンが買収により自社に取り入れたと言えるでしょう。
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