すべてのみちはここに

もう追いかけないよ 
宝物は 
いつもここにある

砂の城

2019-03-29 | サンガ
私がここに いるとして
私をとりまくせかいをみてるとして
どうやら私はこれまで生きてきて
ありのままを 見てはいなかったようだ


いつも そのとき握りしめてる こだわりを通して
せかいを 見ていた

こだわりは 
時とともに
移りかわった

20年前の私がもってたこだわり
10年前の
今の

こだわり

観念

とらわれ



「これはこうでなければならない」
「これはこうであるべき」
「これこそが価値がある」





そのときそのとき
深刻だったはずだけど
いつのまにかそのこだわりの内容は
移りかわって

あのころ
あんなに苦しかったことが
今はもう霧のように消え

今はまた
違うことが
重大なことのように
ここに
確かに
存在するかのように
見えるけれど

それは本当は
砂の城


てことが
なんだか近頃
チラチラと
自分にバレ始めてる


深刻さが
崩れ去ろうと
している




夢から醒めて「な~んだ(*´▽`*)」ってなったり
夢だと忘れて深刻になったり

いったりきたり



だけど

砂の城だろうと何だろうと
感情はリアルに今、湧きあがるから

どんな感情も
どんな腹黒さも
いいよ!
出たものはぜーんぶ
私が受けとめたるぜ~と決めた。

どんなふうに感じてもいい
感情に揺れてもいい
それは湧いてくるものだもん
そこから逃げずに受けとめるよと私に言ったら

夢の私は安心した

安心したら
気楽さがやってきた

気楽さ
それがニュートラル





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凪も時化も

2019-03-21 | サンガ
昨日は春の嵐で
私の身心も、どーんと重くて
しんどかったな~( ´△`)

春分の今日は
過ぎた~って感じで
穏やかにこの日を迎えられて
よかった(*^^*)



"身心"と書くけど
ほんと
身体も心もおんなじだ。
繋がってるというより
イコールだ。


凪(なぎ)の日もあれば時化(しけ)の日もある


凪の日に、ひいた視点で見わたせるときには
問題なんてなーんにもないのだけど

時化の渦中にいる時は
なんとも情けなくって心もとなくて
世界からひとり取り残された気分になる


これはどっちも当然くるもの

晴れの日ばっかり、凪の日ばっかり
なんてありえない



すべては過ぎ去る
楽しいトキも楽しくないトキも

すべては起こったと同時に去っていく



振り子のように
右に振れたら左に行くし
左に振れたら右に行く

上がったら下がるし
下がったら上がる

ただそれだけ


ってわかってても
もがいたりする自分も
よかよか(*´∀`)

ってする。




そんなときはそうなんだから
そのままでいいのだー



満月のせいにしてみたり
星のせいにしてみたり
気圧のせいにしてみたり
気持ちがおさまるならなんだって利用したらいい

自然や星のせいにだったら
誰にも迷惑かからんもんね(*´∀`)



振り子はけして止まらない


泣いて笑って

過ぎていく




外側の現象もこの身心も
すべては変わり続ける

その波を
存在の内側深くから
認識している
静寂


それはいつもある
それだけは変わらない

それが存在の基盤


ここにつながっている安心を
というより本当の私とは「それ」そのものだということを
いつも思い出せますように



この練習を
サンガと呼んでひとりでやってる
サンガって集いなんだけど 笑

そのうちにほんとにサンガできるといいなぁ (о´∀`о)



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場を生きる

2019-03-17 | サンガ
「私」という個人はいなかった

ちょっと静かに止まってみれば感じれるよ

言葉を用いずに
ただ内側を観じてみれば・・・

「これ」をなんと説明できようか


定点観測のように

「これ」に気付いているその気付きを持ち歩こう



気付いているとは
醒めているということ


不断の気付きを生きるって
愛を生きることとくっついてるんだな



これを指針に進むと決めたなら
例外はありえないのだ 


愛を生きる、けど
自我の要望もちょっとくらいは聞いてあげて、、なんて
夢の中にいて「目覚めていよう」と言ってるようなものなんだ



「ちょっとくらい」と耳を傾けようものなら
あっという間に思考の世界(=ストーリー)に引き戻される
ほんとあっという間に(*_*)



ここを進むと決めたなら
例外なんて認めない


愛と自我は反対語
気付きと自我は反対語




自我の言い分も聞こえてくるときもある
たまに騒いでるのは自覚してる

「ああ また言いよる」と
聞こえつつも立ち止まることなく

壁を踏み倒して進む



感情が湧けば
感情を感じ
通り過ぎていくのを待つ







ストーリーに追いつかれないくらいに速く
振り切って進む

ストーリーに取り込まれないくらいに油断なく
気付き続ける

と同時にリラックスしている


気付きとリラックスは共にあるものだから




これやってると内側がシンプルになる



単純明快矛盾ナシ

あっけらかんと笑い飛ばす




「私」という思い込みが落っこちたら
場が私になる

場を生きる
場が必要としていることを生きる


そうすると何が起きるかっていうと・・・・


元気が湧いてくる

これぞフリーエネルギーだよ



「愛と自由は肩を並べて行く

そのふたつは同じ鳥の双翼だ

自分の愛が自分の自由に逆行するのが見えるようだったら

そのときには、あなたは

愛の名のもとに何か別なことをやっているのだ」 

                    ~ Osho







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