Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立小劇場『九月文楽公演 第一部』1等後方下手

2005年09月10日 | 文楽
国立小劇場『九月文楽公演 第一部』1等後方下手

『芦屋道満大内鑑』
「大内の段」「加茂館の段」「保名物狂の段」「葛の葉子別れの段」「信田森二人奴の段」

初日公演で満員御礼でした。『葛の葉子別れの段』で保名を操る予定だった吉田玉男さんが体調不良のため休演。代役はお弟子さんの吉田玉女さん。

配役:http://www.ntj.jac.go.jp/cgi-bin/pre/performance_img.cgi?img=94_4.jpg

陰陽師の安倍晴明が安倍保名と信太の森の白狐との間に生まれた子とという伝説をもとにした物語。最愛の恋人、榊の前を亡くし気のふれた保名が信太の森にさまよい、恋人の妹、葛の葉と出会い正気を戻す。その時に偶然助けた白狐がその後、傷ついた保名を葛の葉に化けて助ける、というお話。歌舞伎では「保名物狂の段」の舞踊と「葛の葉子別れの段」がよくかかります。現在、歌舞伎では通しでかかることはほとんど無いんじゃないかな。私は観たことがありません。

今回の文楽は完全通しではありませんが、安倍保名がなぜ狐との間に晴明をもうけるに至ったがよくわかる組み立てでした。やはり通し上演はいい。歌舞伎座でもそろそろ丸本物ものの通し狂言をやってくれないかなー、と思った次第。

本日は初日ながらかなり濃密でまとまりのあるものをみせていただき、非常に満足。今回は太夫さん達の声がかなりストレートに響いてきました。もしや初日周辺は声にまだ疲れがないせい?今までも同じ方々のを聞いてるはずなのですが、皆さん以前聞いたときより非常にハリのある良いお声に聞こえました。人形のほうは文雀さんが非常に良いものを見せてくださいました。

「大内の段」
話の発端が端的にわかり、あーなるほどここから始まったのかと。やはりね、何事にも発端があるんですよ。ここで道満の名が出てきて陰陽師とそれを召抱える大臣の勢力争いということがわかります。

「加茂館の段」
吉田和生さんの榊の前が可愛らしい色気があり、なんとなく菊ちゃん(尾上菊之助)ぽいなーと思いながらみてました(笑)玉女さんの保名はとてもすっきりとした品があり優しげな感じ。この保名と榊の前の若い恋人同士はとても初々しかったです。対する、桐竹勘十郎さんの加茂の後室が押し出しが強く悪女ぽい色気もありなかなかのど迫力で恐かったっす。しかし、結構残虐なお話でしたね。自害する榊の前が可哀想。目の前で恋人に死なれてはそりゃ保名も狂うわな。しかし、保名ってなんとなく地に足がついてなくてふわふわしててちょっとばかり弱い人なのね、だから運が無いんだわというのもよくわかった。

「保名物狂の段」
人形で踊りってどうなの?と思っていたのですがうわー、ちゃんと踊ってる。すごい。玉女さんの保名は本当に上品でまっすぐな感じ。踊りの形も非常に端正で美しかったです。扇の扱いも上手い。ただちょっとばかり色気が足りないなあと。柔らか味とかそういうものが薄いのね。あと物狂いの雰囲気も端正すぎてあまりなかったかな。でもこれを出すのは相当難しいでしょうねえ。歌舞伎でもその雰囲気を出せる人はいないですから。

桐竹紋豊さんの葛の葉姫が品のあるしなやかな娘らしい色気があり美しい姫という印象を残し、目を惹きました。また玉也さんの奴与勘平が力強くユーモラスな雰囲気がよかったです。

「葛の葉子別れの段」
今回なんといっても「葛の葉子別れの段」の女房葛の葉の文雀さんがかなり素晴らしかったです。紋豊さんの葛の葉姫もなかなか良かったのですが文雀さんの女房葛の葉が出てくると歴然と違う。同じ顔の人形なのにーー。女房としての成熟した色気があらわれている。そして子をあやすときの優しい手つきは人形とは思えない。心配げにちょっと首をかしげるなんともいえない楚々とした風情の美しさ。そして狐の本性を少しづつあらわにしていく人と獣の狭間の怪しさ。狐葛の葉に変身したの時の人間離れした美しさはなんだろう。そして何より子別れの場面では母としての情がほとばしる。もうこの場では胸が締め付けられ涙がじわじわと。本当に素晴らしかったです。ううっ、こう書いてても涙が出そう。また竹本綱太夫さんの語りがとてもよかったです。力強くそれでいて細やかな情も感じさせてくれました。

こうなると玉女さんの保名も優しげでとてもよかったのですが、格の違いがちょっと見えてしまいましたねえ。玉男さんだったら、保名の心情がもっと細やかでそれでいて迫力があって色気のあるものだったろうとつい想像してしまって。

「信田森二人奴の段」
大立ち回りの場でとても楽しかったです。与勘平と野干平のやりとりの語りの言葉遊びもわかりやすくてわくわくさせる段でした。