Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『坂田藤十郎襲名披露 寿初春大歌舞伎 夜の部』 1等席1階花道寄り真ん中

2006年01月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『坂田藤十郎襲名披露 寿 初春大歌舞伎 夜の部』 1等席1階花道寄り真ん中

『藤十郎の恋』
坂田藤十郎は『大経師昔暦(おさん茂兵衛)』を演じるのに悩み、不義の心を知るため人妻お梶に偽りの恋を仕掛け、真相を知ったお梶は楽屋で自殺してしまう、といった藤十郎の役者の業を描く物語。いわゆるバックステージものですね。

今回の配役が個人的に面白かったです。昨年『大経師昔暦』に出演した時蔵さん、歌六さんがいて、またバックステージもの『夢の仲蔵 千本桜』で出演した芦燕さん、高麗蔵さん、友右衛門さん、宗之助さん、錦吾さん、鐵之助さんが大挙出演。昨年の『大経師昔暦』と『夢の仲蔵』を観ていると別な部分でもかなり楽しめるうまい配役。

しかしこの芝居、本物の女性が出てくるので本物女性も女形がやり、女形も女形がやるその妙な按配が不思議な感覚でした。髪型で判別できるようになっていましたがそれにしてもどちらがどちらか一瞬わからなくなるし(笑)こういう芝居を観ると歌舞伎を観るときは女形さんを「男が演じる女」として見ずに「女」として変換して見ているんだなあと思いますね。<私だけ?

さて、舞台の感想ですが、ああ上方だなあと思いながら見ていました。配役的には関東の役者さんが多いのにきちんとはんなりした空気が流れているんですよね。どこがポイントかなあと思ったんですがまずは衣装の色使いでしょうねえ。色の組み合わせが華やかで視覚的にまず上方がきちんと演出されている。そして酒宴の場というくだけた場でいきなり始まるので大阪弁のやりとりに無理矢理感がないのもまったりとした空気を上手く感じさせたのかも。舞台裏の楽屋風景はもう無条件で面白かった。ああいう役者さんたちの日常の一コマが切り取られているシーンてなんだかほんと好きなのよ。

藤十郎役の扇雀さんは非常に神妙に演じていたような感じでした。いつもの押しの強さがなかった。お父様の新藤十郎さんに教わった通りに演じてるんだろうなという印象。きちんと上方の雰囲気が出てはいたけど、まだなぞってるだけな雰囲気も。なんというか藤十郎という役者の華とか芸に対する執念、業など、そういう部分をあまり感じられず説得力があまりなかった。丁寧にやりすぎて印象が薄くなった感じなのかな。

お梶の時蔵さんは昨年おさんを演じているだけあって役にすんなりハマってとても良かった。離れの座敷では人妻としての色気と藤さまに憧れている可愛らしさがあり、楽屋で真相を知って傷つけられた悲しい表情に女としての意地がみえとても説得力ある造詣だったと思う。

袖崎の宗之助さんのキャラが「女形」として少し声を低めにとり男の部分をさりげなく出してるとこが可愛らしかった。というか『夢の仲蔵』の常世兄さんだーーと勝手に喜んでました。最近、宗之助さんは表情が豊かになってきてとても良くなってきたと思う。

霧浪千寿の高麗蔵さんの立女形としてのプライドの高そうな雰囲気がすっきりとしたお顔と相まっていいキャラ造詣。

『口上』
キンキラ襖が見たかったけど歌舞伎座での襖も上方らしい色合いと柄で華やかでした。総勢18名の口上は壮観でした。今回の襲名は何代目がつかない(ほんとは四代目)いわば新たに坂田藤十郎像を作っていくという70歳過ぎた鴈治郎さんだから許された襲名という感じがある。それを皆が暖かい目で見守り、今まで鴈治郎さんにお世話になった分、応援していきますよという雰囲気でした。口上って役者さんたちがただ並んで御挨拶するだけなのになんだか楽しい。今回お披露目の扇雀さんの長男、虎之介くんがとっても可愛らしかった。新藤十郎さんより拍手をもらっていました。

『伽羅先代萩』
素晴らしい舞台でした。これぞ義太夫狂言だよ、という濃密な空間がそこにありました。新藤十郎さん政岡を筆頭に役者のバランスもよく終始、緊迫感溢れたとても良い芝居でした。丸本物の大歌舞伎の醍醐味というのはこういうとこにあるんだよと突きつけられた感じ。

「御殿」
今回は藤十郎さんの芸の深さを思い知った。山城屋さんの台詞回しが苦手なんて言ってる場合じゃないよと。正直、ここまでのものが観れるとは思ってもみなかった。とにかく藤十郎さんの政岡は本当に見事だった。本行の文楽に近づけた演出ということだが、これが見事に歌舞伎として消化されていた。生身の役者が演じるからこその情感と義太夫のイキが絶妙に絡んだものだった。体に義太夫が染み込んでいるからこそ気持ち本位で糸に乗れるのだとつくづく思い知ったよ。柔らかさを生かした体の使い方のうまさもさることながら緩急の使い分けが絶妙な台詞廻しも本当に見事。

またすべて部分で政岡の乳母としてのそして母としての気持ち本位での芝居があった。型を型として見せてない。まま炊きではお茶のお手前の作法を丁寧にやるのではなく、焦った風に米を手で研ぎ水を入れ焚いていた。早く食べさせてやりたいという気持ちがよく伝わってくるものだった。また乳母としてまず何より鶴千代君を守るという姿勢を貫いていた。千松が短剣でなぶられるシーンでは今までだと打掛で鶴千代君を隠すのだが藤十郎さんはさっと部屋に入れ、まず守る姿勢を取る。その上で我が子がなぶられているのを必死で堪える。政岡の立場の辛さをここで見事に表していた。そして我が子の亡骸を前にしたくどき。ここがまた凄かったなあ。母としての悲痛さだけでなくそのなかに八汐への仇討ちを決意して見せたような気がする。その緊迫感たるや、手に汗握ってしまった。とにかく藤十郎さんの政岡は素晴らしいの一言につきる。

千松の虎之介くんと鶴千代の鶴松くんの子役二人が藤十郎さんの熱演に負けないくらいとても良かった。子供らしいけなげさがありつつ千松は武家の息子としての芯が、鶴千代は殿としての品格が、それぞれきちんとありそしてなにより二人ともしっかり気持ちが入っていました。将来が楽しみ。

八汐の梅玉さんが藤十郎さん@政岡とのバランスがとてもいい八汐でこれまた想像以上に良い出来。熱い政岡に対し、冷ややかに顔色をいっさい変えない冷淡極まる八汐。この攻めではなく受けの八汐がうまく藤十郎さん@政岡の対極に位置することになり、より対決の場に緊迫感が出た。またその押さえた部分にお局としての大きさと品格が出て、女同士の戦いではなく政治的対決がより鮮明になったように思います。

栄御前の秀太郎さんはふてぶてしさと、政岡が味方だと勘違いしてからの馴れ馴れしさの切り替えが上手い。ちょっと心配してた格の大きさもきちんと出ていました。

沖の井の魁春さんがきっぱりとした品格があり、八汐に相対する間がとてもよく政岡を気遣う部分が見えたのがさすが。

「床下」
短い場だけど幸四郎・吉右衛門兄弟対決、さすがに見ごたえがありました。

まず、荒獅子男之助の吉右衛門さんが出た瞬間、でかいっ。荒事の豪快さがあるだけではなく床下に潜み鶴千代君を守っていたという鬱憤したパワーがあり、、そして単なる荒事の記号になりそうな男之助を仁木を逃した悔しさを滲ませた台詞で男之助という人物としてきちんと造詣をして見せた。気合入りまくりでしたねー。

そして仁木弾正の幸四郎さん。すっぽんから出た瞬間の妖気たるや凄まじい。妖術使いとしての怪しさ、悪人としてのふてぶてしい笑いの凄み。幸四郎さんは今の役者のなかで随一の仁木役者だと思う。またゆらゆらと灯に照らされたその姿はいつもの倍増しで美しい。カッコイイよ~。最近、世話物に新境地を開いている幸四郎さんだけど、ぜひ実悪もやっていただきたい。

『島の千歳』
今月の福助さんはやはりいつも以上に綺麗に見える気がする。振袖姿が可愛らしかった。踊りのほうは神妙に丁寧に踊っていてたおやか。きちんとした品もありました。

『関三奴』
勢いのある楽しい踊りで打ち出しにちょうどいい華やかさ。重い演目の『先代萩』の後だけに『島の千歳』と合わせて一服の清涼剤。

二人で踊る『関三奴』はほぼ同じ振り付けなのでつい見比べてしまう。橋之助さんと染五郎さんは踊りの質がまったく違うので合わせるのが大変だったんじゃないかなあ。で橋之助さんファンには大変失礼ながら染五郎のほうが踊りは断然上手ですね。染五郎の踊りは体の軸がぶれず、足捌き、手捌きが本当にきれいでとても丁寧。余計な動きをせず手先、足先きをしなやかに大きく先のほう出すので動きがまろかや。きちんと曲の音のど真ん中にいる楷書の踊りだった。また踏み込む時にしっかり腰が入ってるので足拍子の音も非常に良い音が出ていました。また毛槍の捌きも体との位置関係がとてもきれいで投げる時もきれいに放物線を描いていた。

橋之助さんは表情が豊かで奴の愛嬌を前面に押し出して雰囲気で見せる踊り。動きが細かいので一見派手に見えるけど、総じてちょっと雑。勢いはあるけど手先、足先の位置があんまりきれいじゃないなあ。それと踏み込みが浅いのか染五郎と一緒に踊っている時、拍子を踏む音があまり鳴っていない。染五郎ばかりがきっちり鳴らしているので踊りのリズムを染に任せているのかな?と思ったくらいだった。


5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
TBさせて頂きました。 (愛染かつら)
2006-01-24 03:57:10
毎度のことながら今回もTBさせて頂きました。

いやぁー、本当に藤十郎さんの政岡は凄かったですね。

翌日に昼の部も再見しましたが、やっぱり夜の部の藤十郎さんの方が個人的には好みでした。



ありがとう~ (雪樹)
2006-01-24 10:04:52
TBありがとうございます。さっそくTB返しさせていただきました。私も藤十郎さんは政岡のほうがとても良かったと思います。ほんといい芝居を観た~という満足感が。
染五郎、踊りよかったです (ぽん太)
2006-01-24 21:09:50
雪樹さん、政岡、本当に素晴らしかったですよね。

私も、心から感動しました。

今まで何人もの政岡をみました。もちろん、鴈治郎さんのもです。が、鴈治郎時代の政岡より、今回の方がずっとずっとよかったと思いますし、個人的には歴代政岡の中のベストの舞台でした。襲名ならでは、だったのかもしれません。



それと、『関三奴』の染五郎ったら、ほんに踊りがいいので、私はもうウットリでしたわぁ。打ち出しにあの踊りをみせてもらえるなんて、なんて贅沢なんでしょう!

踊り好きとしては、これからますます楽しみです。

トラックバックありがとう (もーもー)
2006-01-25 15:29:12
こんにちわ。

トラックバック返させていただきました。

吉様の荒獅子男之助、ホントにでかかったですよね。

キングコングみたいだった…。

染の踊り (雪樹)
2006-01-25 22:43:06
>ぽん太さん

今回の政岡はたぶん、ずっと忘れられない政岡になりそうです。私は政岡は芝翫さん、菊五郎さん、玉三郎さんしか観たことがないのですが、今回の藤十郎さんのが一番人間味溢れていたと思います。鴈治郎時代より良かったんですか~。今回観られて良かった。



染五郎の踊り、やっぱり良いですよねえ。観ていてとても気持ちの良い踊りをしてくれたなあと思います(^^)





>もーもーさん

TB返しありがとうございます!吉様、ほんとにでかかったですね~。あんなに気合入りまくりの吉様ってなかなか観られないですよね。キングコングとは言い得て妙(笑)