Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階センター

2008年06月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階センター

『義経千本桜「すし屋」』
この段だけだとやっぱり不親切だな、というのはあったけど、アンサンブルがよくて見応えがあった。またこの段の内容がかなり判りやすかったのにもビックリ。いつもは親子の情の部分だけが浮き出る形になることが多いように思うけど、今回は弥左衛門の以前の素性、そして維盛との因果関係がしっかりと前に出ていた。

弥左衛門一家の悲劇に到る流れがここまで明確に伝わってきたのは私が何度かこの段を観てきた限り、今回が初めて。たぶん歌六さんの弥左衛門に父性に訴えかけるだけでない手強さがあったということと染五郎さん@維盛とのやりとりの台詞がかなり明快であったこと、若い染五郎さんがやったことにより維盛の若さが強調され、守られる者として説得力があったことだと思う。重盛の存在をこの二人のなかで明確に存在させていた、というところに結構「おおっ」と感心した私であった。まあ、「すし屋」はここが主眼の段ではないのだけどね。歌六さんと染五郎さんコンビって何気に芝居の状況説明がうまいコンビだと思う。その良さが今回も出たなと思ったのでした。

それにしても歌六さんの人物像の解釈はいつも見事だなと思う。従来のキャラを演じながらもそこにもうひとつ付け加えてくる。戯曲の読み込みが深いし、それを表現する実力があるということなんだろうなあ。今回の弥左衛門も親としての情味があるだけではく、気骨のある人物像を明快に演じてきてとても良かった。

染五郎さんは今回、大健闘かと思う。特に前半がよかった。弥助と維盛のいったりきたりが自然だけどしっかり演じ分けていた。弥助のちょっと浮世離れした下男ぶりは可愛いし。なにより維盛の心情をしっかり伝えてこれたのがいい。姿形もほんと綺麗だった。ただ後半、助けられた維盛一家が再登場の時に存在感が薄れていたのが残念。風情だけで存在感をアピールするのは難しいね。後半はどうも叔父さんの権太を勉強させていただきますモード入っていた感もあるし。維盛という突っ込みどころ満載の役を納得させるだけのものを見せるには年季も必要ということでしょう。今回ここまでやれたのは十分。

お里の芝雀さんは一途で健気な娘はピッタリで、若手がやるとうるさくなるところを「健気な恋」にきちんと落せるところが上手い。報われない恋に説得力を持つ。にしても今月の芝雀さんは本当に可愛い。痩せたおかげで後姿だけでも、きちんと見せられるようになってたし。

おくらの吉之丞さんはもう言うことなし。おくらは存在感がへたすると薄くなるのだけど、しっかりと「母」が存在していた。

とはいえやっぱりこの段は権太の吉右衛門さんの上手さが際立ったかな。いつもよりリアルタッチの芝居だったように思う。個人的にもう少し愛嬌がほしいとも思うのだけど場面場面での心情がとても丁寧で「いがみ」の悪の部分と親のための「忠義」の部分の切り替えが上手い。じっくりと演じることで人物像の内面をストレートに伝えてくる。吉右衛門さんらしい丁寧な芝居が物語の人物像に沿った時に近頃は一際深いものを見せてくるようになったと思う。


『新古演劇十種の内 身替座禅』
楽しかった~。久々にこの演目で気持ちよく笑いました。

なんといっても右京の仁左衛門さんが絶品でした。仁左衛門さんはやはり玉の井ではなく右京のほうが似合う。久々にニザさま萌え~~(笑)なんてキュートなんだ、色ぽいんだ。男の可愛らしさが満載。玉の井が離したくないのもよーくわかります。それと踊りがすごく良かった。仁左衛門さんはいわゆる踊り上手な方ではないのだけど今回はひとつひとつ形が良いだけじゃなく舞踊なかで情景がふんわりと浮かぶ、とてもいい踊りだった。

段四郎さんの玉の井は強面ではあるけれど品のいい可愛らしい奥方だった。強く出ようとしてもつい旦那を甘えさせちゃう、そんな感じ。いわゆる押し出しの強さは無いので山ノ神というほどの怖さはないのだけど、今回のほけほけした仁左衛門さんの右京とはいいバランス。女形の拵えをすると亀ちゃんのお父さんだ~、とつくづく。いつもは顔は似てない親子かなとか思うのだけど目元が似てるのかな。

でも団十郎さんの玉の井がやっぱり今のとこ一番好きは変わらず。友人と幸四郎さんの玉の井が見たいという話になった。やってくれないかな。

太郎冠者の錦之助さん、柄にあってて楽しそうに演じているので気持ちいい。旦那様と奥方の間に挟まれてオロオロしている風情が似合うのね。台詞も明快だし太郎冠者としての輪郭がハッキリしているところが一番。ただ、舞踊のほうはもう少し頑張ってほしいところが。情景描写にもうひとつ足りない部分が。丁寧なんだけどね、もう一歩。

小枝@隼人くん、千枝@巳之助くんは頑張ってね~、という感じかな。まだまだ二人ともこれから、これから。


『生きている小平次』
不思議な芝居だった。怖がっていいのか面白がっていいのか(笑)人間の嫌らしい部分や弱い部分をストレートに見せた芝居だった。ただ、恐怖というものを見せるには個人的にはもう一押ししてほしかったな。小平次が生きているか死んでいるか、もっと判らないような演出だったほうが怖かったと思う。太九郎、おちか夫婦が逃げた後、もう一度、小平次が生きてるか死んでいるか判らない状況で彼らの目の前に現れ、というシーンを挟み込めば余韻がもっとしっかり残ったのではないかと思う。2幕目で幕を閉めず、そのままどこか宿場へ、という流れでやれば場面展開もだれないだろうし。それから三幕目にいけば、いい感じになりそう。あくまでも死んだか死んでないのか、わからないような演出のほうがこの芝居は活きると思う。

舞台美術の陰影の作り方は良かったな。私は幸四郎さんの照明の使い方が好きらしい。時間の経過がよくわかるし空気感というか湿度とかそんなものまで感じられる。また幸四郎さん演出の『暗闇の丑松』を見たいなあ。

あと2幕目の小平次@染五郎さんの出と引っ込みに思わず「ひゃあ」と声を上げそうになりました。あそこの仕掛けまったくわからなかった。どこから出てきたの?どこに消えたの?それにしても染ちゃん怖いよっ。生気のない染ちゃん怖いよっ。粘着質のヘビ系の幽霊だったな。こういうキャラを作ってくるとは思わなかったが、こういうぬたーとした情念系の陰湿な役も似合うなあ。太九郎に「おちかにとっては役者遊びだ」と言われてしょうがない単なる二枚目役者じゃない危うさを抱えている小平次でした。絶対、諦めないよね、付きまとって付きまとって、二人が死ぬまで諦めないだろうなあ、この小平次。面白いキャラ造詣をしてきて楽しかったですが、さすがに幸四郎さん相手だと線が細く、「友人」として同格に見えないところがまだまだだね。これ、カッコイイ染五郎さん好きには不評でしょうね(笑)ちなみに私は結構、好きというかツボだったり(笑)こういう変なキャラもまた色々やってほしい。

太九郎の幸四郎さんはとにかく上手い。無骨な江戸っ子気質の太鼓打ち。骨太で生命力が溢れているのでおちかが結局頼りにしている男はこちらなんだという説得力がある。そんな太九郎がだんだん精神の均衡を崩していく様を台詞の緩急、表情、で見せていく。心のなかの恐怖心が手に取るようにわかる。こういう芝居を余裕をもってみせてしまう巧さに感心してしまう。

おちかの福助さん、姿は綺麗だし上手いんだけどね…。うーん「おちか」というキャラを演じるには初手から強すぎな気がするなあ。『暗闇の丑松』のお米くらいに押さえてくれると良かったんだけど、今回は芝居が過剰すぎな気がする。今回、「笑い」はほとんど福助さん絡みの場面だった。確かに「女のしたたかさ」はあっていいと思うのだけどそれがあまりに表に出すぎてて、そのためについ笑ってしまう、という流れを作ってしまった感じ。やはり最初はオロオロと弱い女、であったほうが今回のストーリーには活きると思う。それが段々に開き直っていくからこそ「したたか」という部分が怖く感じるのだと思う。


『三人形』
古風なおおらかさのある舞踊。芝雀さん、歌昇さん、錦之助さんの三人がそれぞれにニンに合った役柄での舞踊なので見ていて楽しかった。もう少しこの三人に濃いオーラが出るといいんですが。それぞれに良い役者さんだと思うのですが大人しい感じは否めないかな。

このなかでは奴の歌昇さんが断トツに上手い。腰の軸がほんとぶれないし柔らか味もある。芝雀さんが雀右衛門さんにそっくりなので驚いた。芝雀さん、ほっそりされて動きが良くなったかも。錦之助さんは拵えが似合い美しいです。