Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

日生劇場『三月花形歌舞伎 染模様恩愛御書』 S席後方花道外

2010年03月13日 | 歌舞伎
日生劇場『三月花形歌舞伎 染模様恩愛御書 夜の部』2回目 S席後方花道外

歌舞伎初心者の友人夫婦を誘いチケットを追加しての観劇。初日に拝見して、これなら歌舞伎初心者を誘いやすいと思ったのと、ちょっと変わった趣向の演出、舞台構造の芝居でなかなか無いタイプの歌舞伎でもあり、映像に造詣の深い友人夫婦には観て欲しかったのです。友人は「ワクワクして楽しかった」、「歌舞伎初心者に絶好、次また歌舞伎を見ようって気になる」と言ってくれました。誘ったかいがありました。笑いあり、涙あり、スペクタクルあり、ベタでシンプルな現代風演出ながら芯の部分がしっかり歌舞伎で、初心者の入り口にはほんとにいい芝居だなあとつくづく。

初日はやはり初日感たっぷりでこなれていない部分も散見されましたが、今回はさすがに芝居にメリハリがつき、全体が締まったいい出来だったと思います。演出も人の出入りの部分など少し手直しして、物語展開がスムーズ。それでいて、それぞれのキャラの思い入れの部分が濃くなっており、心情がストレートに伝わってきました。

大阪初演に比べるとラブコメディのコメディ部分は抑え目ですね。また初日から比べても抑え目に持ってきて、本筋の部分をしっかり伝えようという感じになってきているのかしらと思いました。特に、友右衛門@染五郎さんとあざみ@春猿さんが大阪時の時よりキャラクターの軽みを抑えた芝居にしてきたような気がします。ラスト、「肝臓・腎臓・小腸、三つ合わせて肝腎腸!!」のオチを無くした時点で多少は笑いを減らす方向だったのでしょうね。

今回、席が後方花外だったので舞台も近いわりに全体がきちんと見え花道での役者さんの風を受ける非常に良い位置というだけでなく、観客の見物の雰囲気もよく見て取れました。演出家が後方から何をどうチェック入れるのかよくわかりました、芝居に対する客のリアクションが手に取るようわかるんですよ。これは意外な発見でした。今回私が観た回の客はたぶん、ほぼ歌舞伎を観たことない人たちが大半。出演者も市川染五郎という役者を知ってる程度の客多し(拍手の大きさで判断)。たぶん、あのポスターに惹かれてきた人とかBLに惹かれてきた人とかそんな感じかなあと。それで姿勢がじゃなく、気持ちが前のめりで見てる雰囲気。勿論、笑いどころは楽しそうに笑うんだけどほとんどすべてに真剣に見入ってる。笑いが少ない。わりと本気で恋愛模様に入れ込んで見てる…シルエットロマンスでも笑いがほとんどおきない!そして終盤に向けて観客がヒートアップしていくのがまざまざと。火事場は大盛り上がりだし、ラストは泣いている人多数。いやあ、これには正直驚きました。

役者さんたちの真剣度に観客が呼応して、また反対に観客の真剣度が役者さんに呼応して、その空気感が面白かったです。ツッコミモードで観ていた私もその空気に感化され、後半かなりマジメモードで観ていたような気がします。大阪初演でのツッコミ入れつつ楽しんでるほんわか笑いモードな空気感が好きだったのでそこを求めつつも、今回の恋愛模様と忠義をストレートにもってきた東京版もこれはこれで好きかも。とっても楽しい観劇でした!

今回はこういう雰囲気でしたが、日によって観客のノリで笑いが多い回もありそうです。この芝居、日々変化しその時々で違う完成形というものがない芝居なのかもしれません。だからリピーターが多いのかな。ハマる人はハマる芝居という気がします。

そういえば歌舞伎をよく観ている人でも勘違いしている人も多い「不義密通」。 今回も「不義密通」というわりに細川の殿と数馬がそういう関係に見えないので説得力がないという感想を時々見かけます。しかし江戸時代の「不義密通」は何も不倫のことだけではなく武家において職場恋愛(オフィスラブ)は固く禁じられていて、通じ合えば(寝ちゃったらってことネ)不義密通となり死罪に値しました。なので、染模様で数馬が細川の殿のお手つきじゃなくても友右衛門と通じ合ったことで「不義密通」と告発されても当然なのです。

古典歌舞伎では『熊谷陣屋』の熊谷夫婦や『菅原伝授手習鑑』の武部源蔵夫婦など、ご主人に不義密通の間柄をお目こぼししてもらい逃してもらったという恩義を抱えた夫婦。だからこその彼らの行動があるのです。他にも『仮名手本忠臣蔵』の勘平・お軽カップルもそうですし、歌舞伎の世界では「不義密通」のカップルは沢山いて「義」に悩んだり「義」のために行動を起こしたりします。そういう意味では『染模様恩愛御書』の本筋は王道中の王道なので、この芝居で歌舞伎に興味を持った人は次にこういった歌舞伎を選ぶといいかもしれません。

今回、『染模様恩愛御書』に関してはBL歌舞伎と称するからには「数馬が細川の殿のお手つき」というように捉えた脚本かもしれませんが、そう見えなくても問題ありません。

そういう意味では役者によってだいぶキャラクター造詣は変わりますよね。今回の門之助さんの細川の殿様は太っ腹だけどマジメで奥様一途な殿様にみえます。同じ台詞&立ち振る舞いでも大阪初演時の段治郎さんの殿様は数馬どころか友右衛門も食っちゃいそうにみえました(笑)。