Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『八月納涼歌舞伎 第一部』 2等2F席下手寄り

2005年08月20日 | 歌舞伎
『祇園祭礼信仰記 金閣寺』
舞台装置と衣装が華やかで登場人物も姫は姫らしく可憐で一途、悪役は悪役らしいふてぶてしさで、正義の人は知恵者で身が軽く、悪役実は正義の人の鮮やかな切り替えとそれぞれが「らしい」いかにも「歌舞伎」といった時代物。役者の魅力で見せる出し物の一つ。

今回はなにより大膳役の三津五郎さんが上手さを見せた。大膳という役は単なる悪役ではない。国を動かそうとする大きさ、そして邪悪だが姑息、子供っぽい愛嬌もあり、そして女をいたぶる部分に色気もなくてはいけない。かなり難しい役と思うのだがしっかり見せてくれた。それにしても、三津五郎さんがやるとなんとわかりやすくなることか。とにかく台詞が明快、かつどういう人物なのかという表情も明快。楷書の演技とはこういうことを言うのだと思う(楷書というと幅がなさそうなイメージだが、そういう意味の楷書ではない。名人の楷書だ)。三津五郎さんの大膳は不気味な大きさといったものは残念ながらまだ無いのだが、その代わり憎めない愛嬌ある色気が出ており、また見得の決まりが美しい。それと時代に張る声が本当に良い。太くてハリがあり調子もある。小柄でありながら荒事をニンにできるのはこの台詞術のおかげもあるだろう、見事だ。

雪姫の福助さんは前半がとても可憐で美しかった。佇まいに品があり切ない表情に哀れさが見えた。声が随分と復活してきたようで、まだ高音の伸びは足りないけど、可愛らしい声がだいぶ出てて一段と姫らしさが引き立った。おずおずと大膳の元を訪れる風情も愛らしい。ただ、後半が色気を出しすぎのような気もする。表情が豊かすぎるというか、大膳との立ち回りや踏みつけられる部分の表情に姫らしからぬ陶酔した崩れた表情が見え隠れする。それが福助さんの魅力でもあるんだけど、雪姫に関してはもう少し硬さのある色気が欲しいような…。あと旦那一途な情が少し薄いような感じがする。追い詰められてどうにかして、というより「私がなんとかしてやる」という意思の強さ。まあこれもありだけど。ここら辺は解釈方法だろうから好みの問題かな。桜吹雪が舞うシーン、桜が少ないと思ったのは私だけ?「桜が多すぎないか?」という感想が多いみたいだけど、雀右衛門さんの時はもっと多かった。かき集めてねずみを描くのだもの、多くなくちゃね(笑)ただ、桜の塊が落ちてくるのはいただけない。スタッフの人、もう少し頑張って!

正義の味方、此下東吉に染五郎。悪の大膳と正反対の役がこの東吉。爽やかで真っ直ぐ、そして智恵も回り、身軽でかつ武芸に秀でて強いというまさしくヒーロー。いやあ、これは染ちゃんのニンですな。爽やかで機知に富み、という役を体現する凛とした姿。声もだいぶ前に出るようになって爽やかな台詞回しがなかなか心地よい。張るときに少し割れるのが残念だが、ひゅっと裏返る声が前は聞きづらい台詞回しになりがちだったのに、その声できちんと聞かせるようになっている。それと義太夫のノリが非常にいいし、ひとつひとつの動作が丁寧で美しい、ちょっとした裾捌きがきれいに決まるし、見せる。こういう部分で目を惹くようになってきたのねえ。時代ものらしい重厚さがありつつ、颯爽とした真っ直ぐな若々しい正義感がある。んが、やはり足りない部分も。一生懸命勤めているゆえにか、ちょっと硬すぎる。あまりに真っ直ぐすぎてそれじゃ大膳を騙せないだだろうと。最初は大膳に取り入ろうとする愛嬌が必要なのでは?もう少し柔らか味があったほうがいい。へりくだる部分が中途半端なので本性を現す部分での落差の面白みが減る。大膳のほうに愛嬌があるからなおさらもっと可愛らしい愛嬌が必要なんではないかしらん。そこに色気が加わると最強。

橋之助さんの佐藤正清は押し出しが強くて姿はいいがもっと最初は憎たらしい部分がほしい。なんとなく人のよさが見え隠れする。悪役実は…の差があまりでない。この方は姿形はとても良いのでもっと悪の部分をしっかり出せるようになれば一皮向けて大きくなりそうなんだけどなあ。

狩野之介直信の勘三郎さん、はんなりした風情と華はさすがだと思うが絵師にはみえないかな。雪姫が助けなくちゃと思わせるような切ない雰囲気があまりない…実は強そうとかに見える。

『橋弁慶』
人気者若手二人の共演。初々しさはあるけどまだまだこれから、かな。

七之助くんの牛若丸は外見がとても「らしく」ていいけどもう少し隙の無さとかそういう緊張感が欲しいような。

獅童さんの弁慶は姿が大きいし声も良いし、見た目はバッチリ。キメの部分も頑張ってるのはわかる。けどぎこちなさのほうが目立つ。未熟でもそれなりの気迫が込められたものがあればいいのだが残念ながら伝わってこなかった。役者としての資質はかなり良いと思うのでもう少し頑張ってほしい。

『雨乞狐』
踊りの名手といわれる勘太郎くんの躍動感溢れる楽しい演目。120%の力を出し切ってやっているんじゃなかと思うほど一生懸命に踊る姿がすがすがしい。そしてひとつひとつの動作が本当に美しい。手先、足先にまで神経が行き届いている。また5変化する役どころでがらりと雰囲気を変える表現力も見事だ。しっとりしたものでもきちんと空間を埋めることができるのが天才といわれるゆえんだろう。小野道風、狐の嫁での踊りは芝翫さんのほうの血を感じた。お父さんにはない風情がある。