Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『白鸚二十七回忌追善 二月大歌舞伎 昼の部』2回目 1等1階席センター

2008年02月10日 | 歌舞伎
歌舞伎座『白鸚二十七回忌追善 二月大歌舞伎 昼の部』2回目 1等1階席センター

『小野道風青柳硯「柳ヶ池蛙飛の場」』
2回目拝見でも不思議な味わいの歌舞伎で楽しい。

道風は書家というだけでなく官僚として有能な人だったんでしょうね。木工頭って?と思いまして調べてみましたら建築の指揮を取る部署のTOPだったようです。この演目では「番匠の荒仕事」もしてきたので力自慢でもあるということになっておりますがこれは史実ではなく大工=力仕事というイメージでの後付けの設定のような気がします。でもその飛躍した設定のおかげで優男風のお公家姿の道風が力士どもをやり込めるという楽しい演目となっています。

力士がなぜ登場するのかと思いましたら、前段で取り組みがあるのですね。浄瑠璃の脚本を見つけました。
http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/chrono/ononotou.html

道風の梅玉さんはお公家さんらしい柔らかさと品があるので、その風貌とかけ離れた立ち回りを見せるのが面白い味わいです。立ち回りもどことなく優雅。

駄六の三津五郎さんは反対に腰の入った鋭い立ち回りを見せてきます。その対比がまた面白いのです。池から這い上がってきた後、蛙飛びや、相撲の形をとった六法を見せてくださいます。


『菅原伝授手習鑑「車引」』
この場を様式美として表現した歌舞伎の演出にはほんと感心します。『菅原伝授手習鑑』は久しぶりに通し狂言で観たいです。

梅王丸の松緑さんの勢いのあるやんちゃな雰囲気がやはり良い。梅王丸はニンなんでしょうね。台詞もだいぶ聞かせられるようになってきたし。この日は少しお疲れだったか時々、腰があがってしまっていたのが残念。

桜丸の錦之助さんは優しげな雰囲気で丁寧に。もう少しふんわりとした艶が欲しいかなあ。あと。台詞のなかにもう少し後悔の念というものを前に出してくれるといいな。

松王丸@橋之助さん、台詞が良くなっていて重厚さが出てました。でもその代わりちょっと落ち着きすぎな感じも。兄弟と相対してる前のめりな感じとかがあるともっと良くなるんじゃないかなと。

時平の歌六さん、落ち着きのなかに妖気を持っている不気味さがあってかなり良いです。


『積恋雪関扉』
小野小町姫・傾城墨染実は小町桜の精@福助さんが会心の出来ではないでしょうか。本当に素晴らしい踊りを見せてくださいました。特に小町姫の愛らしい色気のある風情にはうっとり。福助さんの舞踊は華やかなのですが時に動きすぎなところでマイナスな要因を見せてしまうことがあったと思うのですが、今回その余分な動きが無かったです。かといって、柔軟性と華やかさという持ち味は消えていません。体全体で表現する、その部分が際立って品のいい風情が出たんじゃないかと思います。

また前回大人しいと思った傾城墨染にも艶ややかさが増して廓の情景描写の踊りが大きく華やかでした。また小町姫で見せた愛らしい色気とは違う傾城の色気をみせながらも品が落ちることがない。ここがほんとに良かった。小町桜の精は恨みの気が入り、ここもいい。決まり決まりでちょっと不安定だったり時々ピタッと形が入ってこない部分はあったものの、大伴黒主に向かっていく勢いはあったので良し。墨染実は小町桜の精の拵えの紅は完全に黒でした。

関守関兵衛実は大伴黒主@吉右衛門さん、前回より体がこなれてきたのでしょう、全体的に大きさとメリハリが出ていました。関兵衛での亡羊とした茶目っ気のおおらかさがとても素敵です。大伴黒主での押し出しの強さと存在感は独特。

良峯少将宗貞@染五郎さん、やはり品格があります。落ち着きが出て隠棲している貴人という風情がしっかりと出ていました。しなやかで端正さのある踊りも観ていて気持ちがいいです。

三人の手踊りのところは楽しいところですが、今回も三人の息があっていてとても楽しいです。この部分だけ舞台上の空気が暖かくなる感じ。

常磐津の演奏は前回拝見した3日の時のほうが揃ってたような。


『祇園一力茶屋の場』
物語本位のかなり締まった芝居でした。やはりいわゆる華やかなたっぷり感は薄いです。通し狂言のなかの一場ではなく、見取り狂言として、この場だけで物語を見せていかなければならない、その部分をクリアできていたのかどうか、全体の物語を知ってしまっている私には判断つきかねるのですが、でも『仮名手本忠臣蔵』という物語の流れのなかの場としては評価したい舞台でした。大きな流れのなかに巻き込まれた人物像として今回それぞれのキャラは立っていました。

由良之助の幸四郎さん、いわゆる押し出しの強さはありません。敵討ちへの執念をかなり強く持つ鋭い由良之助です。すべての行動において「敵討ち」の信念が垣間見られる。酔いにも決して深酔いはしないぞ、という強い意志がある。この段の由良之助にはほろ酔い加減の色気が必要と言われています。その部分が無いです。七段の由良之助はこういうものだ、というものをひっくり返してしまっています。「違う」、ついそう言いたくなるのですが、ただ、その代わりこの段での由良之助の行動はかなり理解しやすいです。

個人的に幸四郎さんの由良さんはやっぱり主君個人への想いが強すぎのような気がします(笑)。「家」やら「家臣」を背負って、の仇討ちじゃなくて、故人への想いがそうさせる感じで。だからそういう部分での大きさ、重さがなかなか感じられないのかなとか。

お軽の芝雀さん、かなり良いと思いました。元は腰元だった品と娘気分がどこか抜けない可愛らしさがありました。そして『仮名手本忠臣蔵』の「お軽」の性根は近年の「お軽」のなかじゃ一番だと思う。勘平への想いが終始、心の中にあります。そして残してきた家族も背景にしっかりあります。だから六段があっての七段だというものがスコンとイメージできる。今まで歌舞伎では通しでみても六段目と七段目にはどこか乖離があった。勘平とお軽のドラマが六段目で切れていた。しかし今回しっかり繋がっていました。勿論、今回の芝雀さんの芝居は巡業の時に比べたら格段に良くはなっているけどまだ未熟な部分が多い。とにかくまだ余裕がなく、全体のメリハリがあまりなかったり、台詞も押しっぱなしで抜け感がない。それでも「お軽」としての存在感はしっかりあったと思う。

補足:芝雀さん@お軽で七段目がすこんと納得いった理由のひとつ。

愚かさがあるお軽だった。そもそもお軽がどういう女性か。その部分が見えた。恋のためにどこか盲目で周りをよく把握できない短慮さがある。勘平共々、思慮が足りないカップルだったゆえ、遊女という立場まで落ちた女性である。そうなのだ、彼女は深く考えることをしない。由良之助の文を盗み読みしたのはいたずら心。文の内容の大事さを把握できるだけのものを持ち合わせていない。だから簡単に身請けの話を受けてしまう。勘平に会えるとそう思った途端、もう勘平に会えることでウキウキしている。そして兄、平右衛門が身請けの話を不審に思うその態度にもまったく察することができないのだ。無邪気すぎるその愚かさ。真相を知った後も、まずは勘平のこと。ただ恋する男のためだけにしか生きられない女。そのお軽が今月の舞台にはいる。『仮名手本忠臣蔵』のお軽の本質が、今更ながらみえた。文楽で観た時もここまではスコンとハマってこなかった。ようやく七段目のお軽の行動が綺麗に私のなかでハマった。今回、足りないピースを見つけた感じ。「芸を魅せる」部分での充実度は昨年の通し狂言での七段目には及ばないのは重々承知うえで、今回の「お軽」の性根の部分でのキャラの立ち上がりように、感動を覚えている私でした。

平右衛門@染五郎さん、奴のおおらかさは無いものの平右衛門の足軽としての苦渋、そしてお軽への真相をなかなか話せない優しさや母への想いといった家族思いの部分が真っ直ぐにある。また忠義一途ゆえに由良之助の本心を見抜くはしこさが台詞に滲む。やはり台詞の義太夫のノリが良くなっています。それと少しづつではありますが声を張るだけではない部分での工夫をしていました。ただ、声の伸びがまだなのと演じるので精一杯な部分がありワサワサしてしまう部分がありまだまだ改善していく最中なのだろうなという感じは多々。余裕のなさという意味では芝雀さん以上に余裕がなく、細かい部分で兄としてお軽を受け止め切れてない。こなすことで精一杯なんだろうな。でも「お軽の悲劇」を身の内で感じているという部分がしっかりあるのが好きです。