Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『さよなら公演四月大歌舞伎 昼の部』 1等1階席後方センター

2009年04月18日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演四月大歌舞伎 昼の部』 1等1階席後方センター

『通し狂言 伽羅先代萩』
やっぱり通し狂言はいいなあとつくづく。もっと歌舞伎座で通し狂言を掛けていただきたいです。

今回観た全体の印象としては仁左衛門さんオンステージ。たぶん今、仁左衛門さん絶好調なんだと思うのですが、芝居全体としてはそれはどうなのか?という感じも若干…。仁左衛門という役者を見るという部分では仁左衛門さんファンにはかなり美味しい今月と思いました。

正直なところを書くとこの日、肝心の玉三郎さんの政岡が弱かったかなあと…。体調がよくなさそうで動きも台詞も弱く絶好調の時の玉三郎さんのいつもの吸引力があまり無し。それでも凛とした風情はとっても素敵でした。それと吉右衛門さんの仁木が妖気がなく、また詰の甘さがありそうにも見えずちょっと仁木はニンぽくないかなと…。とはいえ、力のある役者が揃ったし子役も可愛いし上手いしなので、かなり面白く飽きずに観れました。

戯言を言わせていただければ、政岡は絶好調の玉三郎さん、八汐は仁左衛門さんそのまま、栄御前は芝翫さん、仁木は幸四郎さん、勝元を吉右衛門さんで観たかったなあ、と思いました。

「花水橋」
足利頼兼@橋之助さん、姿がとっても良いです。立ち回りはさすがに捌き方がしっかりしてて上手い。ただ、酔い風情、殿らしい鷹揚さがもっと欲しいかなあ。

絹川谷蔵@染五郎さん、どんだけ着込んでいるんでしょう?というくらい着込んで体を太くしております。それと拵えをキツメにしてました。個人的にそこまで着込まなくてもいいのでは?と思うが、どうなんだろう?染五郎さんは声を太く作ってきちんと線が太く見えました。立ち回りは勢いもあるし大きさもあって頑張ってました。でもやっぱり頑張ってます感が少々…。見るからにどすこいな雰囲気は残念ながらあまり無いかな。

ここ、役が反対では?と言う声が多いです。確かに私もそう思います。そのほうがそれぞれがニンにあってすんなり演じてこれたんじゃないと。でも、お互い色んな役を経験するという意味では二人ともそれぞれしっかり演じてきたので良し。

「竹の間」
政岡@玉三郎さん、若いですね。雰囲気が若い。凛としていて意思の強さあり、母性の部分より乳人としての役割を自分にきつく課しているという風情。品格がありつつ、乳人の立場をわきまえた存在。ここは終始受けの芝居。今回は2004年松竹座で演じた時より、かなり弱々しさが強い感じを受けました。松竹座の時は八汐との対決で見せる気丈さとそのなかで見せる立場の弱さを体全体で演じていてそのメリハリがとても良かったと思うのだけど…。乳人としての「母性」を感じさせる優しげな雰囲気も若干以前より足りない感じ。ここで乳人として鶴千代をどうにかして守らなくちゃ、という心情が前に出てこないと、と思うのだけど薄く感じた。う~ん、足をかなり引きずっていらしたので、体調が悪かったかな?と思うしかない。この場で観客を政岡が可哀相と心情的に味方に付けなければいけないのだけど八汐に取られちゃってたなあ。

八汐@仁左衛門さん、見事に芝居を自分のペースに巻き込んできた。当たり役だけあって自在。きちんと女形としての柔らかさ、格の大きさを見せるなかに嫌らしい性根をみせていく。その憎々しい表情のなかにどこか愛嬌をもにじませる。かなりネチっこく非情さを見せつつも、虎の威を借りた底の浅さをポロッとのぞかせる、その間が上手い。敵役だが観客を見方につけてしまう場面も多々。押し出しがかなり強く、政岡をとにかく追い込んでいく。役とは別なところで仁左衛門さん、お膝がかなりきつそうで、座る場面でガクンと膝を打ち付けるような感じになっていてかなりハラハラ。女形の着物は長いし重いし、それを捌くのは大変なんでしょうね。にしてもお膝を悪くされている役者さん、多いですね…。

沖の井@福助さんが、八汐@仁左衛門さんにがっちり対抗し丁々発止と渡り合っています。福助さん、夜の部のお園に比べこちらはかなり良い出来。八汐の詰の甘い策略をしっかり論破していく。いかにもしっかり者という雰囲気の手強さがある沖の井、かなり好きです。仁左衛門さん八汐の大きさに負けない大きさをみせてきました。キッパリとしつつも、負けないわよ、な対抗心が楽しい。たぶん、この沖の井は八汐のことをどこか好かない感じを元々受けていたんだろうと思わせました(笑)。理を求めて図らずも政岡を擁護しているキャラではなく(時蔵さん、染五郎さんの沖の井はこちらのキャラでした)、明快に政岡寄りの心情が見え隠れ。

松島@孝太郎さん、地味ながら落ち着きのある佇まいがよく、場の押さえになっている。控えめながら出るとこはきちんと出て、八汐@仁左衛門さんに負けない強さもありました。局としての格も十分にあり良かったです。

「御殿」
政岡@玉三郎さん、やはり全体的に弱い、と感じてしまいました。「まま炊き」から「殺された千松に対してのクドキ」まで非常に細やかに心情を描写しているとは思うし、気を張りつつ丁寧に演じていたし、ダレるところは一切なかった。だけど私にはかなり物足りなかったです。もっとその場、その場での心情を前に出して演じていただきたかった。心情の緩急が今回なかなか前に出てきてないように見受けられました。個人的に大阪松竹座(2004年11月21日)に拝見した時の玉三郎さんご本人の政岡がとても気に入っていて、その時とどうしても比べてしまいます。

神経を張り詰めていた「竹の間」から「御殿」に移り、心情的にホッと一息つき、鶴千代と千松に対し、いつもの関係性が出る場。叱ったり、褒めたり、なだめすかしながらご飯の支度をしていく。そのなかで鶴千代大事な乳母としての心持ち、千松可愛いという母としてのちょっと子に甘えつつな心持ち、そういう柔らかな優しさが以前ほど出てなかったです。絶えず神経を張り詰めていることへの疲れが見えてました。現実的にはこういうのは十分アリだと思いますが後の悲劇を際立たせるためにも、もう少し自分達だけしか信用できないという三人の結束の強さのなかのほのぼのとした空気、そして母として子供たちに早くご飯を食べさせなくちゃという焦り、そういう空気を作っていただきたかった。

子役二人はとっても可愛くて、台詞もしっかりしているし、若君らしい我侭と鷹揚さ、千松の母のため、という一途さがきちんとあって泣かせてくるだけに、ここでの政岡には包み込むような母としての優しさ大きさがもう少し欲しかった。

そして栄御前の入り後、千松が弄り殺される場。玉三郎さんは鶴千代を打掛けに隠すやり方。ここでの政岡@玉三郎さんは千松を一切見ずに八汐だけを見ています。これは松竹座でも今回でも同じですが気持ちの持っていきようが微妙に違うように見えました。松竹座では悲痛さを耐えに耐え、泣くまいと必死に堪えるといった気迫といったものを感じた場。今回は内心の悲痛さを押し殺し、怒りを溜めていっている感じ。覚悟をしていたとはいえなぜ千松が殺されなければいけないのだ、という哀しみの怒りのほうが前に出ていたように思いました。

そして千松の遺骸と二人だけになった場。ここ、個人的に慟哭が足りなかったです。クドキの台詞がもうひとつ哀しみの気持ちと一緒になっていない感じ。気持ちが慟哭のほうに流れていかないというか。気持ちと台詞がブツブツと切れている感じで感情を一気に吐き出せてないというか…。なので息子に対する申し訳なさの母の気持ちより、そこをも気丈に耐えうる「烈女」の印象が大きくなる。だけど玉三郎さんはそこを表現したかったのだろうか?。それなら「竹の間」での芝居は少し違ってしまう。そうでないと思う。

ここでも比べてしまいますが、松竹座では全身をよじるようにして、そしてなんとも悲痛な声で嘆いていました。一気にただの「母」になった瞬間の崩れ、その悲壮感と哀れさが本当に見事だったと思う。私はこの政岡が見たかったんです。どうしよう、どうしよう、なぜこうなってしまったんだろう?そんな嘆き方だった。自分の言いつけを健気に守ってくれた息子に対するすまなさと誇りと、自分の立場の苦しさと、それが一気に吐き出されていました。弱い母の部分が一気に出てて、私は観ていてもうただ一緒に泣くしかなかった。そういう政岡を今回も観たかったです。

栄御前@歌六さん、こういう役は珍しいですが品よくしっかりこなされていました。ただ、栄御前という人物の腹に一物、といったいやらしさとか得体の知れなさのなかの抜け感といった味わいはまだまだかな。

八汐@仁左衛門さん、ここでも強烈。かなり非情な八汐ですがどこかしらに可愛らしさがある。そのバランスがとてもお上手です。

この場、幕切れで小槙が再登場します。企みの逆転劇。栄御前がなぜあっさり騙されたかが判りやすく、また八汐の企みもハッキリさせるので筋が通りやすくなります。絵面的にも華やかになりますので歌舞伎座でここを持ってきたのは正解じゃないかなと思います。

「床下」
男之助@三津五郎さん、この場だけのご出演。もったいないですねえ。小粒ながら声の通りもよく、形はもちろん綺麗ですし、存在感があってお見事です。

仁木弾正@吉右衛門さん、大きさと存在感がたっぷりの仁木で見応えあり。豪快で巨悪といった風情。が、異様さとか妖気といったものはあまりありません。目の拵えをもう少し強くてもいいかな?とか。

「対決」「刃傷」
対決の場の仁木弾正@吉右衛門さん、神妙に控えていても存在感が大きいです。悪人風情はしっかりあるのですがどこか懐が深い大きさを感じさせます。真っ直ぐな悪、というのも変な言い方ですが、吉右衛門さんの悪はスケールが大きいんですよね。この場のせせこましい、奸智に浅さのある仁木の人物像と齟齬を起こしています。白々しい受け答えにネチっこい嫌らしさがもっとあってもいいと思うんですよね。でもこの仁木なら隙を見せずにもっと大きくハッタリを利かすだろうという感じなんですよね。そこで悪のありようが少し中途半端になってしまっているというか、やり込められるところにかえって爽快感がありません。「刃傷」でも仁木は本来ならやはり異様さが必要かと思いますが、その異様さはなく、ひたすら大きいずっしりとした悪の華。でもこの場の吉右衛門さんの問答無用の存在感は仁木のキャラクターを無視してもいいくらい悪の凄みがきいてかっこよかったです。

個人的にはかなり怪しい人物ながらどこどなく抜け感のある、という感じは幸四郎さんのほうが上手いと思いますし、妖気漂うという部分もありますし、イメージ的には幸四郎さんが全体を通すとなると一番、仁木がニンかなあと。そして吉右衛門さんのニンは勝元だろうなと。懐の太さ実直さ役柄の重さなどバランスの良い素敵な勝元になりそうです。この配役でいつか観てみたいです。

細川勝元@仁左衛門さん、意地悪な八汐から打って変わって、爽やかな捌き役。「対決」さっそうと登場し、いかにも正義の味方という明るさやかっこよさがあります。場の雰囲気を一気に自分に引き寄せていました。そのなかでただ真っ直ぐに正義を振りかざすわけではなく、理をきちんと通していく聡明さをそのまま体現。台詞がいいんですよね、聞かせてくる。そこに場の空気を読むのがうまい、有能な捌き役といった風情が生まれていました。そのなかに少しばかりちょっといけずな雰囲気があるのが仁左衛門さんらしく、仁木をやりこめられることが嬉しそう。「刃傷」でも颯爽と登場し、瀕死の外記に温情を見せていきます。しかし、個人的にはこの場は愁い顔はあるものの明るすぎるというか少々鷹揚な軽さを少しだけ感じてしまいました。もう少しこの場では重厚さや哀を含んでいるといいなあ。

山名宗全@彦三郎さん、融通の利かないお役人といった風情。悪に加担しているといういやらしさがもっと前にでると面白くなりそうです。

渡辺外記左衛門@歌六さん、前の幕で栄御前を演じていたとは思えないほどガラリと変わって実直な老武士を演じます。いかにも自分の良心に恥じずに生きてきた雰囲気でお人よしな感じだけに鬼貫や弾正らにいいようにされてしまう詰めの甘さがみえます。それだけに訴えが認められない場に悲哀が漂います。

渡辺民部@染五郎さん、父想いの優しい青年といった風情です。自分が、ではなく介助して父に仁木のトドメを刺させる、という行動に破綻のないキャラクター。その一生懸命な爽やかさがいいです<あっ、たぶん贔屓目(笑)。染五郎さんは、どことなくオロオロした感じが上手いというか可愛い。


6 コメント

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物足りない感じ… (yokobotti)
2009-04-28 19:30:35
もっと、クドキは演じてもいいですよね。
とは言っても、玉三郎さんの前の舞台と較べてと言うのではなくて、私の場合は、最近見た政岡が、歌舞伎チャンネルで見た藤十郎さんの政岡なもので、その舞台との比較で見てしまいました。(私は、藤十郎さんの政岡、かなり好きです)
藤十郎さんの場合は、演じ方が全然違うので、比較は難しいのですが、昨年11月に菊之助さんが演じた政岡よりも、今回の玉三郎さんには、気持ちがなかなか入っていけませんでした。体調がお悪かったんですかね。一ヶ月演じられるんですもの…それはお辛かったと思います。
政岡 (雪樹)
2009-04-28 23:46:42
yokobottiさん

そうなんです、玉三郎さんのクドキ、今回かなり物足りなかったです。松竹座で拝見した時は若い母親ならではのとても切ない慟哭でした。体の使い方も見事で、印象的な政岡でした。観た日にもよると思いますが私が今回歌舞伎座で拝見した18日は玉三郎さん、かなり動きが悪かったですし、声も弱かった。決して会心の出来ではなかったと思います。舞台は生もの、一期一会ですからこういう時もありますね。

藤十郎さんの政岡も生で拝見しております。私、藤十郎さんの政岡も大大好きです。藤十郎さんは「母」心情がたっぷりとありましたね。台詞廻しということだけでいえば義太夫にきっちりと乗せた台詞は藤十郎さんのほうが時代がかっていると思います。ただそこに生な感触というかリアルの感情が乗っていました。藤十郎さんの上手さです。これぞ「芸」と思います。また拝見したい。

菊之助さんのは残念ながら拝見しておりません。お父様の菊五郎さんの政岡は何度か拝見しているのですがどうやらお父様の政岡とは違う趣のようですね。次回演じる時にはかならず観に行くことにいたします。
なるほど… (yokobotti)
2009-04-29 02:04:45
台詞廻しにおいては、藤十郎さんのほうが、時代がかっているということですね。時代の中の世話があり、世話の中にも、時代がかる部分があり、その辺り、難しいですが、面白いです。
雪樹さんのおっしゃること、私、一つ一つ腑に落ちることばかりです。
勉強になります。ありがとうございます。
線引き (雪樹)
2009-04-29 21:50:01
yokobottiさん

「時代がかる」と「世話がかる」の線引きって難しいですよね。ここからがこうでここからがこうと明確なものではないし、役者さんの芝居、個性などによってもそこがあいまいになったり。そこが歌舞伎の面白いところでもあるのかなと。だからついつい色々観たくなったりするんですよね。

私もまだまだ知らないことばかりです。ただのミーハーな歌舞伎ファンです。勉強不足の部分、勘違い部分がかなり多いと思います~。あまり信用なさらないほうが(笑)。勉強になります、なんておっしゃらないでくださいまし~。あくまでも私個人の意見ですから~。

それにしてもこうやって情報交換したり会話するのは楽しいですね。これからもよろしくお願いします。私、yokobottiさんのところにも書き込みしたいのですがなぜか出来ないんですよ。idの連動がうまくいかないのかな?
すいません! (yokobotti)
2009-04-30 22:05:58
私も、自分がブログを書いているMy Spaceの仕組みが今一つ分からないのです。以前もどなたか書き込みをしてくださったようなのですが、見ることができなくて…。

そういう使い辛さはあるのですが、直接、亀治郎さんにコメントを送れるところが、気に入ってます。

また、こちらへお邪魔したいと思っておりますので、いろいろご意見、お聞かせ下さいませ。
My Space (雪樹)
2009-05-01 13:13:12
あ、やっぱりあそこは仕組みが複雑なんですね。亀治郎さんのところにコメントを送れるとなるとやっぱり使いたくなりますね~。

もう少し簡単になってくれるといいんだけど。ちらにもコメント書けるようになるといいな。