Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『三月花形歌舞伎 夜の部』 3等A席上手寄り

2013年03月10日 | 歌舞伎
新橋演舞場『三月花形歌舞伎 夜の部』 3等A席上手寄り

3/10観劇

『一條大蔵譚』
初日に拝見したときは全体的にこなれてない感じでしたが芝居にまとまりが出てきたと思います。これでもっと空気感に密度が出てくるといいな。

一條大蔵卿@染五郎さん、やはり公達らしい品格があるのが良いですね。この品格があるからこそ一條大蔵卿の狂気に似た寂寥感が出る。作り阿呆と正気の境目がフト崩れる瞬間の怖さが染五郎さんの大蔵卿にはあります。生きていく術としての作り阿呆に呑まれてしまわないでいるその目的一途ゆえの孤独感と一途ゆえの狂気。染五郎さんはどこか狂気を纏うのが上手いのか図らずもその雰囲気が出てきてしまうのか。
「檜垣」はまだ吉右衛門さんをなぞるのに精一杯な感じ。望洋とした愛嬌や柔らか味がもっと欲しい。そのほうが後半もっと活きるのではないかと思う。また場の最後、花道に出た時に鬼次郎を見やり扇に隠しつつ本性をさりげなく垣間見せる瞬間は扇を顔を覆いすぎ。観客には表情をもっとしっかり見えるように扇は使うべきでしょう。
「奥殿」は出てきた瞬間の凛とした美しさが時々作り阿呆になる瞬間の怖さに繋がります。愛嬌を見せるのではなく阿呆の狂気を見せていく。この演じ方が面白かったです。大蔵卿の二重性が鮮明になり人物像の物語性が際立ってきて見応えがありました。またこの場は語りが舞踊立てに近いのですが踊り上手な染五郎さんですから身体の使い方が大きく美しいです。

鬼次郎@松緑さんはキビキビとよく動いていますし輪郭がしっかりしています。ただ台詞のなかの心情がまだ出ききらない感じ。特に受けの芝居に人物像ががうまく乗ってこない。人物把握が上手い松緑さんですが把握しきれてない感じがしました。難しいのでしょうね。

お京@壱太郎くんは台詞廻し、身体の使い方が非常に良いですね。若いのにたっぷりとしている。ただやはりお京の心情をしっかり出すまでには至ってない。基本の部分が上手いだけにもっと、と望んでしまいます。

『二人椀久』
初日から染五郎さんと菊之助さんの息が思った以上に合ってるなと思っていましたが今回、本当にピッタリと合っていました。そして確実に同じ方向を向いて踊ってる。この舞踊の世界観を共有している。そこに二人の情感が乗って舞台に恋に狂うという物悲しくも美しい空気感を作り上げておりました。これは染五郎さん、菊之助さんの当たり舞踊になる!二人でそこまで持ってきたと思います。振りのひとつひとつに想いが込められている、そういう情感を二人で出せていたというのが見事だったと思います。

椀屋久兵衛@染五郎さん、乗ってきたな、と。初日は振りを丁寧にこなす段階かなという印象でしたがすっかり身体に馴染ませてきていました。振りのひとつひとつに久兵衛の想いが表現されていた。まさしく体も心も彷徨う哀れな美しい男でした。松山太夫に恋い焦がれ彷徨う物狂いの物悲しい切なさ、のめり込むような松山大夫との戯れ、そして夢から覚めて狂おしいほどに求め泣く狂おしい静寂。触れればキレそうでどこか儚げな空気がピンと張った踊りでした。

松山太夫@菊之助さんは夢の中の女をしっとりとした艶とふっくらとした柔らかさで表現。あくまでも美しく椀久を見つめて惑わしていく。どこか切れてしまいそうな尖った久兵衛@染五郎さんをふんわりと受け止めていきます。濃厚な情感ではなくどこか可愛げな若さあふれる大夫です。拵えがいつもよりふわっと見えて綺麗です。お三輪の時とかなり違うような気がします。私はこちらの拵えのほうが好きです。