Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎 夜の部』3等A席前方センター

2006年10月07日 | 歌舞伎
歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎 夜の部』3等A席前方センター

『仮名手本忠臣蔵』
「五段目 山崎街道鉄砲渡しの場 ・二つ玉の場」
「六段目 与市兵衛内勘平腹切の場」

勘平の仁左衛門さんが大熱演。切腹の場で似てると思ったことがなかった十三代目にとても似ていてビックリしました。仁左衛門さん、とても若々しく悲哀のある美しい勘平。出の憂いを帯びた表情に後の悲劇を連想させます。どことなく運命として悲劇を背負っているかのようでした。反面、勘平の愚かしさという部分があまり見えてこないのが唯一残念な部分でした。まあこれは個人的好みではありますが。それにしても物語運びが非常に丁寧で場ごとの心境がひとつひとつ雄弁に語られ(表情、台詞ともに)追い詰められている様が見事。歌舞伎独自の台詞「色のふけったばっかりに」のところの表情がなんとも色ぽく、後悔とともに甘酸っぱい思い出として語られていたかのようでした。また、もうこのクラスの役者さんに対してわざわざ書くのも失礼かなとは思うのですが仁左衛門さんの体の線の美しさが本当に見事で惚れ惚れします。どの部分を切り取っても絵のように綺麗に決まる。崩れていてさえ美しい。

と主役の熱演は素晴らしかったのですがそれに比べ脇がどうも薄め。後半、こなれていくといいのですが…。

海老蔵さん定九郎、姿は本当にいいし、眼力のある凄みの利いた美しい顔もとてもいいんですが全体的にどこか軽すぎ。何がいけないのでしょうね。あっさりさらさらっと流れていってしまう。定九郎はニンだと思うのでもう少し悪党としての存在感をみせて欲しいです。

菊之助さんのお軽は勉強してきてるなというのはよくわかる。体の作り方もしなやかで綺麗だし、台詞回しもきちっとしている。しかしどうにも情が薄い。娘として、女房としての心のありようが滲み出て来ないんですよね。もうちょっと勘平らぶな雰囲気が欲しかった。

家橘さんのおかやは全然ニンじゃなくて、とにかく違う。いつもならおかやで泣くんだけど、泣けない。なんというか元気すぎるのかな?意地悪そうに見えてしまう部分が多々。娘を売り、旦那は殺され、絶望に陥ったがための狂乱が見えてこない。それこそ母として妻としての情があんまり見えてこない。物語る部分でキッパリしすぎてる部分もあるかなあ。おかやがどういう立場にいるか、はきちんとあるんだけど…。うーん、うーん。


『髪結新三』
「序 幕:白子屋見世先の場・永代橋川端の場」
「二幕目:富吉町新三内の場・家主長兵衛内の場・元の新三内の場」
「大 詰:深川閻魔堂橋の場」

戻り鰹の時期に初鰹の季節の芝居というのはどうなんでしょうね?

ある意味期待の幸四郎さんの新三は想像以上に悪人すぎ…。どっからどうみても愛嬌のある小悪党に見えないんですけど…あれでは凄みのある大悪党。特に序幕が凄みがききすぎです。もっとくだけてもいいんじゃないかなあ。あれでは騙されないよ、とか思いました。髪結いの場は思ってた以上に手捌きがお上手で見せ場にしてましたが…。ただ二幕目以降は面白かったです。なんというか演出の妙というか、それぞれの人物像がよく見え、またやりとりの間合いが非常に良く面白く拝見。二幕目は幸四郎さんも新三らしい可愛い男にかろうじてなっていて、頭の回転は速いもののちょっとおまぬけな雰囲気がなかなか。でもやっぱりニンではないよなぁとは思いました。幸四郎さんの初役世話物シリーズのなかで一番似合ってなかったかと(笑)まっ、でも楽しかったけどね。

家主長兵衛の弥十郎さんがかなり良かった。あの大きな体を小さく折ってお金を数えているとこなんてしっかり爺な体つき。なにより押し出しの強さ、狡猾な強欲ぷりがお見事。台詞の間がこれまた良いんですよ。とにかく上手い!似てない兄弟だと思っていた亡くなられた坂東吉弥さんを彷彿させるところがいくつかありました。血は争えないものだとつくづくと。

勝奴の市蔵さんは幸四郎さんとのバランスもよく好演。小悪党な下っ端風情とか、甲斐甲斐しいマメな部分とかさりげない存在感。

弥太五郎源七の段四郎さん、少々落ちぶれてきた親分風情といい、押し出しといい、ピッタリなんですけど。ただ台詞がまだ入りきっていらっしゃらなくて…。特に大詰めの最後の見せ場で…。客席のほうがらプロンプが飛んでましたが…台詞を教えてあげてたのはお客さんだったのかしら?

魚屋の錦弥さん、素敵でしたーー。粋の良い爽やかないい男ぶり。今回の座組みだからこそ観れた役かもしれないですね。今回の座組みのなかで個人的に一番わーい(嬉)な配役でした。

加賀屋藤兵衛の男女蔵さん、おー、こういう役でご出演とは!なかなか良い感じじゃないですか。

高麗蔵さんのお熊ちゃんはトウが立ちすぎていた…別な役はなかったんだろうか? ただ今回思ったのはお熊ちゃんは弱いお嬢様じゃなくて気の強さがあるお嬢様なんだなと。そういう部分がよくわかった。考えてみたら押し入れに閉じ込められて、メソメソしてるだけじゃなく押入れから出せ!とアピールできるくらいの強さはあるんだもんね。なんだかそこは際立った感じはしました。だから高麗蔵さんだったのか?んー、でもやっぱも少しお嬢様風情が欲しかったなああ。