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QALYという医療行為指標・幸福な「マーゴ」のエピソードー伊勢田『生命倫理学と功利主義』より

2010年02月16日 | 生命・環境倫理
伊勢田哲治・樫則章『生命倫理学と功利主義』(2006年)には、「クォーリー(QALY)」という功利主義的な医療資源の配分の仕方について論じている文章がある。

また、この本では、長岡成夫氏の論文に含まれている「マーゴ」という人のエピソードも印象深い。
両方とも引用する。
アルツハイマー患者のマーゴは、美術セラピー教室で、「同心円が四つ重なった絵」をずっと書き続けている。マーゴは、幸せに生きる生き方を知っているように見える。周りにも、幸福のいくたりかを分け与えているようにも見える。

生きていることの価値って何なのだろう。

適切な医療資源の配分のために、「生きている時間の質」を数値化する「QALY」という指標。


浅井篤氏の「QALYと医療資源配分」という論文から。

Quality-adjusted life-year(質調節生存年数)

>QALY は医療行為がもたらす効用の指標の一つで、QOL(quality of life)を考慮した生存年数の単位である。QALYでは完全に健康な状態を1、死を0とし、或る特定の医学的状態が持つ高揚を1から0の間の値で表現する。そして効用値に生存年数を掛けた値がQALY値となる。QALYを計算する際に使用される効用値は、さまざまな医学的状態のシナリオを人びとに示し回答者たちがその状態をどの程度好ましいと評価するかによって得られる。(194p)

>QALYは次のように算出される。脳出血に対する救急治療を行うと、後遺症とsちえ半身麻痺は残るが10年間生存できるとする。半身麻痺の状態のQOLが0(死)-1(完全に健康な状態)のうち0.7と評価されたとすると、脳出血のために半身麻痺で生きる状態は0.7の効用値を持つことになる。この場合QALYは0.7×10=7と計算される。この状態の人びとを 100人生存させる脳出血に対する救急治療は結果的に700QALYをもたらす。仮にこの700QALYを得るために1億円の医療費がかかったとすると、 QALY1単位あたり約14万3000円の費用ということになる。同様に内科的治療に反応しない心疾患に対する心臓移植手術は、患者を効用値が0.9と評価される状態で10年生存させることができる。このような患者を100人生存させる心臓移植手術は0.9×10×100=900QALYをもたらす。仮にこの900QALYを得るために10億円の医療費がかかったとすると、QALY1単位あたり約111万円の費用ということになる。

>脳出血に対する救急治療は心臓移植手術の約10分の1の値段(約14万3000円対111万円)で1QALYをもたらすことができる。限られた医療費のためいずれか一方にしか医療保険を適応できない場合、より多くの人びとが医療の恩恵に浴することができる配分を行う観点から前者が選ばれることになる。つまり「資源は可能な限り多くのQALYを入手できるように配分されるべきである」という考え方が、QALYに基づく医療資源配分理論の基本になる。(195p)


アルツハイマー患者のマーゴは、幸せに生きる生き方を知っている。


長岡成夫氏の論文に含まれている「マーゴのロゴ」のエピソードを紹介する。

アメリカのある若い医者がマーゴというアルツハイマーの患者に出会う。
マーゴはとても幸福そうに見えた。マーゴは、「同心円が四つ重なった絵」を書くのが好きだった。

その若い医者はマーゴを回想して「彼女の精神はその絵の中にある。自分が誰なのかを知っている。他人を自分の心の中に入れる方法を知っている。私にはそれが分かった。」と書く。


>『アメリカ医師会雑誌』は'A piece of My Mind’というコラムを設けており、1991年の或る号はそこで「マーゴのロゴ」というエッセイを掲載している。筆者ファーリックは、医学生だったときの研修の中でマーゴという患者に会った。マーゴは55歳のかなり進行したアルツハイマー患者で、家政婦の世話を受けながら自宅のアパートで生活している。徘徊を防ぐためそのアパートには各所に鍵がつけてある。ミステリー小説を読むのが好きだと言うが、順を追って読んでいるとは思えない。レコードで音楽を聴くことを好んでいるが、同じ歌を全く飽きないで熱心に聞き続けている。医学生の訪問者である筆者が訪ねてくれば、歓迎してくれて誰であるかは認識しているようだが、筆者の名前を口にしたことはない。筆者を最も困惑させたのは、その病気にもかかわらず、あるいはまさにその病気のために、マーゴが筆者の知る最も幸福な人の一人であるという点だった。「彼女の精神は衰えつつあったが、そこにはどこか優雅さがあり、そのためいつも楽しくくつろいでいられる。彼女が自分の抱える問題をどう認識していたかは分からないが、脳の悩み中枢に届いていないのは確かである。マーゴは自分というものの感覚をどのようにして保っているのか。新しい記憶を蓄積することはできなくなり、古い記憶が急速に消えていく中で、そこには何が残っているのか。マーゴとは誰なのか。」

>しかし、アルツハイマー患者のための美術セラピー教室で、マーゴが同心円が四つ重なった絵をここ5年間ずっと書き続けていたことを知る。その軟らかな色調といい、複数の円を選んでいることといい、まさにマーゴの性格を表しているものだった。「彼女は自分のアイデンティティを持ち続けていたのだ。彼女の精神はその絵の中にある。自分の精神を伝えることができるのだ。自分が誰なのかを知っている。他人を自分の心の中に入れる方法を知っている。私にはそれが分かった。どうしてそんな彼女を絶望的だと決めつけられるだろうか。」(133p-134p)